第四話 『いのちの水』の行方

 ポロたち一行は意気揚々と歩き出したのもつかの間、『魔の山』の北側の万年雪が残る平原で季節外れの吹雪に見舞われました。日はとうに西に傾き夕暮れが迫っています。

「このまま進んでは危険でございます」

 ルーナにそう言われても何処にも休む場所などありません。

「オイラが…」とグレムリが両手を広げました。

「わーい、グレムリが守ってくれるの?」

 フォンはグレムリのお腹に抱きつきました。

「ありがとう」とポロもグレムリの腕の中に入りました。

「失礼いたします…」

 遠慮がちにルーナがグレムリの膝の上に乗りました。

「任せて…」とグレムリは三匹を優しく包み込みました。

「あったかい」とフォン。

「本当でございますね…」とルーナ。

「敬語はもういいよ」と面倒臭そうにポロが言いました。

「本当に? 実は肩が凝りそうだったのよ…」とルーナが苦笑いしました。

「何だか眠くなってきた…。グレムリ、オレは起きてるからな…」

 ポロは眠らないでおこうと目をごしごし擦りました。

「みんな、おやすみ…。ララル〜ララル〜」とグレムリが優しい歌声で子守唄を歌いました。たちまち三匹は眠ってしまいました。

 

 夜半になると吹雪はますます強くなりました。零下の寒さはまるで体を刺すような寒さです。グレムリの手足の感覚はなくなっていました。グレムリは三匹を寒さから守るため思い切り腕を伸ばし体を丸めました。

「これでよし…」

 グレムリはにっこり微笑み目を閉じました。


 一晩中、吹き荒れていた吹雪は東の空が白々と明るくなる頃、やっと止みました。けれどまだ空には厚い雲がまるで魔物のようにうごめいています。また雪が降るのか北風もピューピューと吹いています。

 雲間から朝日が顔を出しました。晴れているうちに出発するのが賢明です。

 グレムリは急いでみんなを起こしました。

「起きて…」

 目を覚ました三匹は目の前に広がる一面の銀世界にびっくりです。

「わあ、雪がキラキラしている」

 フォンは雪の上に飛び出しはしゃいで走り回りました。

「きれいね」とルーナもうっとり雪の上を歩きました。

「ここに雪だるまがいるぞ。いや、しろくまだ。あははは!」

 笑ったポロがすぐに真顔になりました。腰まで雪に埋まったグレムリのようすがなんだか変です。グレムリの体のあちこちに氷柱が下がっていました。

「どうして雪を落とさなかったんだ? 冷たいだろう?」

 グレムリは黙ったままです。

「いつまでしろくまでいるつもり?」

 ポロはグレムリの体の氷柱を取ろうとしましたが毛にしっかりくっついた氷柱はちょっとやそっとでは取れません。

 グレムリは首を横に振ると太陽を眩しそうに見上げました。

「お日さまが融かしてくれるって? グレムリ、ありがとうな。父さまに『いのちの水』を飲ませたら一緒に温泉に行こう」

 ポロがかっこよくウインクしました。

「うん…」 

 グレムリは弱々しく頷きました。一晩中、三匹を守っていたのですから疲れたに違いありません。

「寒いんだろ? お日さまが溶かしてくれるのを待ってなんていられないよ。やっぱり雪を落とさなきゃ…」

 ドーン!

 グレムリが雪の上に倒れました。

「グレムリ!」

 ポロはグレムリの頭を抱きかかえました。グレムリは辛そうに目を閉じています。

「どうしたの?」

 ルーナが戻りグレムリの腕を取り脈を診ました。

「ひどい不整脈よ。体も冷え切ってるみたい」

 フォンがおろおろと言いました。

「グレムリは死んじゃうの?」

「死ぬもんか!」

 ポロはフォンを睨みつけました。

 グレムリの後ろに回ったルーナが「きゃー!」と叫び声を上げました。

「どうした!」

 グレムリの背中を見たポロは言葉が出ません。毛が凍りついた背中のあちこちに血が滲んでいます。

「背中が傷だらけだわ。怪我をしていたのに氷点下の寒さに晒されて…」

 ルーナはグレムリの雪を慎重に落としました。グレムリの背中は毛がむしれ皮膚どころか肉が見えています。

「グレムリ…」

 ポロはルーナを押し退けると震える指でグレムリの雪を摘みました。見れば見るほどグレムリの背中は悲惨な状態です。

「壊死してるわ」

 ルーナが目を背けました。

「こんなに無理をしてオレたちを守ってくれたのか…」

 ポロの瞳に涙が盛り上がりました。

「わーん! グレムリが死んじゃうよ…」

 フォンはぽろぽろと大粒の涙を流しました。

「雲行きが怪しいわ。とにかくグレムリを休める場所を作りましょう」

 ルーナの提案で三匹はグレムリを囲み雪室を作りました。


 雪室の中は北風も防げ暖かでした。それでもポロとルーナ、フォンの心には冷たい風が吹いているようでした。ぐったりしたグレムリを目の前に三匹は成す術もなくただ見守っているだけです。

「お前の祈祷で何とかしろ!」

 ポロがルーナを睨みつけました。

「非科学的な方法でどうにかできるものではないわ」

「じゃあ、どうするの? グレムリが本当に死んじゃうよ…。あーん!」

 フォンがまた泣き出しました。

「グレムリを助ける方法がないわけじゃないわ…」とルーナ。

 ポロが真剣な顔で言いました。

「どうしたらいいんだ。教えてくれ。グレムリのためなら何でもするぞ」

「『いのちの水』よ。それしか助けられないわ」

 ポロは眉を吊り上げました。

「ダメだ。これは父さまのために取りに来たんだぞ!」

「だったら仕方ないわね。このままグレムリがどうなるかただ見てればいいわ」

「何だと? それでもお前は巫女と言えるのか? 何とかしろ!」

「雪があって薬草も探せないし『ウサギ村』まで運べば治療ができるでしょうけどわたくしたちの力でグレムリを運ぶのは無理だわ。それに『いのちの水』を持っているから来た道は戻れないでしょ? 『いのちの水』をここに捨てる?」

「なんだそれ…」

 ポロは思い切りルーナを睨みつけました。

 フォンが泣きながら言いました。

「薬もなくて治療もできない…。それじゃグレムリはどうなるの?」

「それは…」とルーナが黙り込みました。

 ポロはグレムリの顔を横目に鞄に手をかけました。

「半分だ。半分だけ『いのちの水』をグレムリに飲ませる」

 ポロは鞄から瓶を取り出しました。 

 薄っすら目を開けたグレムリが弱々しく言いました。

「ダメだよ…」

「いいんだ。父さまと同じくらお前のことも大切だから…」

「ポロ…」

 グレムリの瞳に涙が盛り上がりました。

 

 ポロに支えられグレムリは『いのちの水』を飲みました。

 ゴクンゴクン…。

『いのちの水』を飲むや否やグレムリの体は不思議な青い光に包まれました。毛に張りついていた氷柱は一瞬で溶け全身の毛がゆらゆらと波打ちました。背中の傷口は見る間にふさがり毛が生え元通りになりました。

「グレムリ!」

 ポロは嬉しくてグレムリに抱きつきました。

「よかったわ」とルーナもグレムリに抱きつきました。

「ぼくも入れてよ」

 フォンがポロとルーナの間に割り込みました。

「みんな、ありがとう…」

 グレムリの頬をぽろりと涙が伝いました。

 嬉しいはずなのにみんなの目から涙が溢れ四匹は泣きながら笑いました。

 



「さあ、ここを行けば眼下に『オオカミ村』が見えてくるはずよ。一本道だから楽勝でしょ?」

「だけど…」

 フォンがびびりながら後退りました。先頭にいたフォンの前には岩山の断崖絶壁に沿うように細い崖の道が続いています。崖の道のずっとずっと下にごつごつした岩の間を谷川が勢いよく流れているのが見えました。

「んん…」

 グレムリは下を覗き慌てて目を瞑りました。

「よし、オレが先頭だ。グレムリ、お前も一緒に来るんだ」

 そう言ってポロはグレムリの腰の風呂敷を掴みました。

「まだ…」

「心の準備なんて必要ないよ。ただ出発すればいいだけさ」

 ポロはぐいっとグレムリを引っ張り崖の道を歩き出しました。

「下を見ないで前だけ見るんだ。オレだけを見てついて来い」

 グレムリは言われた通りポロの背中をただただ見ながら足を前に出しました。けれど余りに恐すぎてどうやって歩くかわからなくなりました。

「やっぱりダメ…」

 グレムリは足を踏ん張りました。

 グレムリが歩いてくれないとポロも前に進めません。ポロが調子をつけて言いました。

「右、左、右、左…」

 グレムリはポロの号令に合わせ屁っ放り腰ながら歩き出しました。


「どうするの? ここにずっといるつもり?」

 ルーナが呆れたように言いました。

 フォンはルーナの足にしがみついて歩こうとしません。

「だって…恐いんだもの…」

 フォンの瞳に涙が盛り上がりました。

「じゃーね!」

 ルーナはフォンの手を外し崖の道に走り出ました。

「嫌だ。置いてかないでよ…」

 フォンが地団駄を踏みました。

「ここまで来たら手をつないであげるわ」

 ルーナが両手を差し出しにっこり微笑みました。

 フォンが勇気を出してルーナの元に行こうとした時です。ドーン!と鈍い音と共に岩山のずっと上から大きな岩が落ちて来ました。バラバラと細かい石も霰のように落ちて来ます。

「助けて!」

 逃げようとしたフォンの体がぐらりと揺れ崖の道から落ちそうになりました。

「フォン!」

 ルーナは素早くフォンを押しました。フォンはその場に尻もちをつきました。ところがルーナは落ちて来た岩が当たり崖の道から滑り落ちてしまいました。

「ポロ!」

 フォンが叫び声を上げました。

「やっと来たのか?」

 のんきに振り返ったポロは息を呑みました。岩と共にルーナ落ちて行きます。

「グレムリ、あとは独りで頑張れ!」

 ポロはそう言うと崖の岩肌から顔を出す木を次々に飛び移りルーナを追いかけ谷底へ飛び降りました。


「ルーナ!」

 ポロはごつごつした石の間にルーナを見つけました。ルーナは岩の下敷きになっています。ポロは無我夢中で流木を岩の下に挟み込み岩を退かしました。

「しっかりしろ!」

 ポロは血だらけのルーナを抱き起こしました。ルーナの鼻先にそっと指を当てると微かですが息を確認できました。

 思わず鞄を開けようとしたポロの手が止まりました。

「ダメだ。これは父さまの…」

 ポロは空を仰ぎ苦しそうに顔を歪めました。

  

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