第三話 千年の秘密

「あーん、冷たいよ〜」とフォンが甘えて言いました。フォンはグレムリの背中におぶさり大きなやまぶきの葉を傘代わりにしていました。

「だからついて来るなと言っただろ…」

 ポロはいつ止むともわからない雨に顔を濡らしながら真っ黒な雨雲を睨みつけました。 

 降り出した雨をもろともせず山道を進んでいた三匹でしたがついに雨足が早くなり立ち往生してしまいました。

 木の陰にいても大粒の雨が容赦なく叩きます。

「ポロみたいに雨が意地悪するよ」とフォンが首を縮めました。

「しばらく休んだ方がよさそうだ。雨宿りできそうな所を探そう」

「あそこに洞穴があるみたい」

 見つけたのはグレムリの背中のフォンでした。

「小さいよ…」とグレムリが呟きました。

「待ってろ。見て来るよ」

 ポロは木の枝を圧し折ると洞穴に近づきました。

 

 洞穴の入口はおびただしい蔓草が絡まり塞がっていました。

「痛そうだな…」

 ポロは蔓草の棘に気をつけて中を覗きました。洞穴はかなり深いようです。ポロは蔓草を押しやり顔を突っ込むとクンクン匂いを嗅ぎました。暗い穴の中は乾いた土の匂いがするだけで危険なものが潜んでいる気配はありません。

「よし、大丈夫そうだな」

 ポロは慎重に洞穴の中に足を踏み入れました。

 

 いつの間にかポロの後ろにグレムリとフォンがいました。

「わーい!」

 ポロを追いかけフォンが洞穴に飛び込みました。とフォンの足に蔓草が引っかかり蔓草の塊が落ちて来ました。クレムリが体を盾にフォンをかばいました。蔓草の鋭い棘が容赦なくグレムリの背中を引っ掻きました。

「うっ!…」

 グレムリが顔をしかめました。

「大丈夫?」

 フォンが心配そうにグレムリを見ました。

「どうした!」

 ポロが慌ててグレムリに走り寄りました。

「大丈夫…」

 グレムリは背中の痛みを隠しにっこり微笑みました。

 

 三匹は雨でぐしょぐしょです。身震いしても毛は濡れたままでした。おまけに足は泥だらけです。 

 ポロは手早く落ちていた小枝を集め焚き火をしました。

 焚き火を囲む三匹は笑顔になりました。

「あったかいね」

 フォンは嬉しそうに焚き火で制服を乾かしました。

「うん…」

 グレムリは焚き火に手をかざしました。

「なんだか腹が空かないか? 飯にするか…」

 ポロが鞄からグレムリが作ってくれたおにぎりの包みを出しました。

「オイラも…」とグレムリは腰に巻いた風呂敷包みに手をやりました。

「ぼくは持ってない…」

 フォンがしょんぼり肩を落としました。

「フォン、お前の分もあるさ。グレムリのは取っておいて今はこれをみんなで分けよう」

 ポロはフォンとグレムリにおにぎりを渡しました。

「いただきます」と三匹が大きな口を開けたその時です。焚き火がふっと消えて真っ暗になりました。あまりの衝撃に三匹は声も出ませんでした。


「お前たちは何処から来た!」

 きんきん声が洞穴に響きました。

「正体不明のものに答えようがないぞ!」

 そう怒鳴りながらポロは手探りで近くにあった小枝を拾いました。

 洞穴の奥にぽっと薄暗い灯りが点くとゆらゆらと不気味な影が壁に映りました。

「おばけだ!」とフォンが叫びました。

「怖い…」

 グレムリはぎゅっと目を瞑りました。


「お前たちは誰だ!」と影の主が言いました。

「お前こそ誰だ!」

 ポロは立ち上がり勇敢にも洞穴の奥へと歩きました。

「止まりなさい!」と美しい声が命令しました。

 ポロは命令を無視して前へ進みました。


「ポロ…」

「助けて…」

 後ろから情けない声がしました。ポロが振り向くとグレムリとフォンは槍を持つ黒衣のウサギたちに取り囲まれていました。

 洞穴の奥から提灯を持つ侍女を従え裾の長い黒衣をまとったウサギが現れました。面紗で顔を隠し宝石のついた杖を持っています。ウサギ族の長老、ルーナです。

「お前たちはウサギ族だな!」

 ポロは剣のように小枝を構えました。

「ウサギ族? ぼくたちは食べられちゃうの?」

 フォンの目から大粒の涙がぽろぽろと落ちました。

「うう…」

 グレムリは恐いのでずっと目を瞑ったままです。

「お前たちはここで何をしているのだ。ここは神聖な神殿であるぞ!」 

 ルーナは面紗から見える吊り上がった目を見開き凄んで見せました。

「ただの洞穴が神殿だって? 住んでいた獣はお前たちが追い出したのか? それとも食っちまったか…」

 小枝を握るポロの手に力が入りました。

「よかろう…」 

 そう言ってルーナが徐に面紗を外しました。すかさず侍女が提灯の明かりでルーナの顔を照らしました。真っ赤な口が耳まで裂けた見たこともない恐ろしい顔です。

「ひえっー!…」 

 フォンは目をまん丸にしてグレムリの膝に倒れ込みました。

「わあー!」

 グレムリは恐ろしい顔を見たわけではありませんがフォンを抱いたままひっくり返りました。

 ウサギの兵士たちは地面に転がるグレムリとフォンに槍を突きつけました。

 ポロが怒鳴り声を上げました。

「二匹に手をだすな! オレたちは怪しいものじゃない。『魔の山』に行く途中、ここで雨宿りをしただけだ」

「『魔の山』に行くだと?」

 ルーナは驚いた顔で聞き返しました。

「そうだ」

 ポロはこくりと頷きました。

 ルーナが眉を吊り上げて言いました。

「『魔の山』には誰も入れない。それにここは誰も近づかない『ウサギ村』だと知らないのか? すぐに帰るのだ!」 

 ルーナは杖で洞穴の入口を指しました。

「帰るさ。『魔の山』で用事を済ませたらな」

「『魔の山』は我々ウサギ族の…」

 ルーナの言葉を遮りポロが言いました。

「ウサギ族よ。オレが伝説の白いオオカミだとしたらお前たちは僕となり道案内をしてくれるんだろ?」

 ルーナはもちろん倒れていたグレムリとフォンもポロに注目しました。

 

 ポロは小枝を投げ捨てると大きく息を吸い勢いよく身震いしました。銀鼠色が水滴と共に飛び散るとまるで魔法のようにポロの毛は真っ白になりました。ポロの体はキラキラと神々しい光りを放っています。

「大神さま…」

 ルーナはすぐさま跪きました。

「…千年の間、代々予言を受け継ぎ太陽の子である白いオオカミのお越しをお待ちしておりました。わたくしはウサギ族の長老、ルーナでございます」

 槍を持っていたウサギの兵士たちも地面にひれ伏しました。

「太陽の子ってどういうこと? ポロはオオカミの子でもサルの子でもなかったんだ…」

 フォンは目をぱちぱちしました。

「んん…」

 グレムリは苦笑いしました。


 ポロとグレムリ、フォンの三匹は洞穴の奥へ案内されました。 

 洞穴から続く通路は所々で二手に分かれ右へ左へと曲がりながら進みました。

「まだ歩くのかな…」

 フォンがほとほと嫌になった時、目の前がぱっと明るくなりました。そこには洞穴の中とは思えない立派な神殿がありました。大理石の円柱が並び床に敷き詰められた石が美しい紋様を描いています。

「大神さま、こちらでございます。さあ皆さまもどうぞ」

 ルーナは先程とは打って変わり低姿勢です。それに耳まで裂けていた口でも吊り上がった目でもない美しい顔です。

 

 ポロはウサギの兵士たちが厳重に守る祭壇に目を止めました。青い水が入った瓶が金台に置かれています。

「あれが『いのちの水』なのか?」

「さようでございます。この神殿は『魔の山』の真下にあり霊妙不可思議な力が『いのちの水』を守っているのでございます。神殿への秘密の入り口である洞穴をよく探し当てられました。さすが大神さまでございます」

 ルーナが合図すると侍女のウサギが金台に乗った『いのちの水』を仰々しくポロに差し出しました。

 ポロは何のためらいもなくその瓶を掴みました。

 ルーナは目を見張り言いました。

「わたくしは奇跡を目の当たりにして感動しております。この『いのちの水』は選ばれしものでなければ持つことさえ許されないのでございます。わたくしたちのような修行を重ねた巫女も例外ではございません。これこそ千年の秘密なのです。天の使者、太陽の子でなければ瓶に触れた途端、大火傷を負うことになったでしょう」

「何?」

 ポロは瓶を持ち替え手のひらを広げました。火傷はありませんでしたがグレムリとフォンはそろりとポロから離れました。


 ルーナが気取って言いました。

「ところで『いのちの水』を携えたものは来た道を帰ることができないことはご存知ですか?…」 

 ポロは首を横に振りました。隣でグレムリとフォンもばらばらと首を振りました。

「…これも千年の秘密です。帰りは少々遠回りすることになりますがご安心ください。わたくしがご案内致します」

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