第二話 父さまが死んじゃう?

 ポロの家に黒い法服を着た長老たちが集まりました。

 ポロの父、オオカミ長老を中心にテーブルを囲む長老たちは一様に気難しい顔をしていました。「オオカミ長老殿、起きてもよいのか?…」

 最初に口火を切ったのはシカ長老でした。

 オオカミ長老は「ご心配なく」と微笑みました。

「それで…」

「オオカミ長老殿の一存で決めるというわけにもいかない話ですぞ。これは動物国全体の一大事じゃ」

 シカ長老を押し退けて早口で言ったのはサル長老です。

「それもそうじゃの…」

 クマ長老が鼻をぴくぴく動かしました。

「しかし何しろ千年も昔の話で本当なのか誰もわからん話だ。きっとただの昔話なんだよ」

 投げやりに言ったシカ長老は外しためがねを法服の端で拭きました。

「いいえ、古文書にもちゃんと書かれていますからこれは確かな話です。現にポロは…」

「しー!」とシカ長老が指を立てリス長老の話を遮りました。

「それは極秘中の極秘だ。壁に耳あり障子に目ありと言いますよ」

 シカ長老はめがねをかけると大袈裟に部屋の中を窺いました。

「みんなで見に行くのはどうかの…」とクマ長老が突拍子もないことを言い出しました。

「お花見にでも行くような言い方をしおって…。そんなお気楽な話じゃないぞ!」

 そう言ってサル長老は口をもごもご動かしました。

 シカ長老が顔をしかめて言いました。

「この歳で冒険の旅になど行けるわけがないよ」

「私は学校の授業を休むわけにいきませんので無理です!」ときっぱり言ったのはリス長老でした。

 サル長老とシカ長老そしてリス長老がぎろりとクマ長老を睨みました。

「春の配給は何だったかの…」

 クマ長老が目を白黒させました。

 言いたいことを我慢してサル長老の顔が真っ赤です。とうとう我慢できずサル長老は早口で捲し立てました。

「ポロは千年に一度しか生まれないという伝説の白いオオカミじゃ。だから新月の日にオオカミ色に薬草で毛を染めているとここにいるみんなは知ってるじゃないか。さっさとポロに言うべきじゃ。『いのちの水』を手にれる好機なんじゃぞ!」 

 心の思いが口に出てサル長老は慌てて口を押さえました。他の長老たちもサル長老に続きました。

「伝説では白いオオカミだけが『いのちの水』を手に入れられるんだ」

「『いのちの水』には死んだ命だって生き返らせる力があるのです」

「ワシらもおこぼれにあずかれるかの」

「若返るかもしれんぞ」

 長老たちの目の色が変わりました。

 オオカミ長老が言いました。

「遥か昔、『いのちの水』を巡り諍いが絶えず『魔の山』に封じたのですよ。千年であろうが万年であろうがこのままそっとしておくべきです。諍いが起きて命を救うべきが命を脅かすことになれば本末転倒です」

 長老たちはここぞとばかり言い張りました。

「しかし伝説が本当なら白いオオカミが生まれたことにも何か意味があるのじゃよ。天の啓示があるのに何もせず諦めるなんてもったいない話じゃ」

「とにかくポロに『いのちの水』の話をするのはどうだ?」

「取りに行くか行かないかはポロが決めるということですか?」

「決められるかの…」

「自分の父親が明日をも知れぬ重い病だと知れば行くしかないのじゃ…」

 オオカミ長老が悲痛な顔で言いました。

「あの子には母親がいません。私がいなくなれば独りぼっちになるのです。その日が来るまで今は悲しませたくありません」 

 長老たちが口々に言いました。

「ポロなら大丈夫だ」とシカ長老。

「みんなで見守ります」とリス長老。

「明日は我が身じゃ」とサル長老。

「悲しいの…」とクマ長老が鼻をグスンと鳴らしました。

 サル長老が力強く拳を振り上げました。

「だから『いのちの水』を手に入れるしかないのじゃ! そうすれば生きられるんだぞ!」

「だけど『魔の山』は『ウサギ村』にあるんだ。ウサギ族は凶暴らしい…」

 シカ長老がぷるりと身震いしました。

「ウサギ長老の顔だって知らないぞ」とサル長老。

「『魔の山』に入った途端、きっと食われちまうの」

 人ごとのように言ったのはクマ長老です。

「それは迷信です。ウサギ族は亡くなった動物たちを手厚く葬ってくれているのです」

「『ウサギ村』から帰って来たものがいないから本当のところはわからんぞ」

 サル長老の言葉に目くじらを立てリス長老がぼろぼろの古文書を掲げました。

「古文書によればウサギ族は太陽の子、白いオオカミの僕となると記されてあります」

「だけど誰がポロにこの話をするんだ? あるかないかわからない『いのちの水』のために危険な旅に出かけろなんて…」

 シカ長老が腕組みをして長老たちも見渡しました。


「父さまが死んじゃう?…」

 部屋の前でポロは長老たちの話を聞いてしまいました。ポロの頬を知らず知らず涙が伝いました。

 ポロは足音を忍ばせ家の外に飛び出しました。何処をどう走ったかわからないまま走り続け気がつくと屏風のように続く断崖の川岸に立っていました。

 ポロは大木の枝にひょいと飛び乗るとするすると木を登りました。張られたロープを伝いいとも簡単に向こう岸にくるりと着地しました。我慢しても手で押さえても涙が溢れます。

「しっかりしろ!」

 ポロは自分の頬をパシッ!と叩きました。

 

 崖の上の隊舎は誰もいない時間です。

 ポロは玄関ドアに八つ当たりして足でバンッ!と蹴り開けました。休憩室も兼ねた食堂はそれほど大きな部屋ではありませんが誰もいない部屋を見ていると独りぼっちの淋しさがポロの胸に込み上げて来ました。ポロは力なく椅子に座ると声を殺して泣きました。


「ポロ?…」

 台所から顔を覗かせたのはグレムリでした。

 ポロは慌てて涙を拭い素知らぬ顔で言いました。

「愚図だな。まだいたのか?」

 笑ったつもりがポロの顔は悲痛な面持ちです。

「どうしたの?」

 グレムリはポロの隣に腰かけると優しい眼差しでポロを見つめました。

 ポロは元気を装いグレムリを見つめ返しました。

「なんでもないさ。ただ遠くに出かけるから別れの挨拶をしに来たんだ」

「どこへ?」

「ちょっと『魔の山』まで行くんだ」

「あそこは…」

 グレムリは顔をしかめました。

「知ってるさ。凶暴なウサギ族が住む『ウサギ村』にあるんだろ?」

「うん…」

 グレムリはぷるりと身震いしました。

 ポロは真剣な顔で言いました。

「誰も近づかない危険なところだとしてもどうしても行かなきゃならないんだ」

「ちょっと待って…」

 そう言ってグレムリは台所へ行きました。

 その途端、またポロの頬を涙が伝いました。ポロは「止まれ!」と心の中で言いながらごしごし目をこすりました。覚悟を決めたポロは警備隊の制服を脱ぎ丁寧にたたむとその上に帽子を乗せました。

 

 程なくグレムリが包みを二つ持って戻って来ました。テーブルの上に置かれた警備隊の制服を見てグレムリも制服を脱ぎその隣に並べました。

「グレムリ?」

「オイラも行くよ」

「えっ?」

 ポロは驚いた顔でグレムリを見ました。

「お供…」

 グレムリは自分を指差しにっこり微笑みました。


 ポロが玄関ドアを勢いよく引くとドアノブにフォンがくっついて来ました。勢い余ったフォンは床にころころと転がりました。

「わーん、ポロが…」

 フォンはポロの顔を見ながら嘘泣きしました。

「フォン、お前はそこで一生泣いてろ。オレは相手をしていられないんだ」

 ポロはさっさと外に出て行きました。


「元気でね…」

 グレムリは丁寧にお辞儀をしました。

「新月は?」とフォン。

「んん?…」

 グレムリは首を傾げました。

「ポロがものすごい速さで『サル村』を通り抜けて行ったんだ。だから追いかけて来たんだよ。新月を食べるんでしょ?」

「んん?…」

 グレムリは顔をしかめました。

「ぼくにも新月を頂戴よ」

 フォンはにこにこ愛想笑いして両手を出しました。

「ここにはないよ」

 グレムリはくるりと背を向けポロを追いかけました。

「待って。ぼくを仲間外れにしないでよ」

 フォンは慌ててグレムリを追いかけました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます