太陽の子

星之ひかり

第一話 オオカミのポロ

 夏でも雪が消えることのない険しい山並みの向こうに動物国がありました。動物たちは同種族で村を作りそれぞれ役割分担をしていました。

 動物国の入り口に『オオカミ村』がありました。オオカミ族は安全を守る警備が主な仕事で各村の隊員と共に最強の警備隊を構成しています。『サル村』のサル族はお祭りや式典の運営、『クマ村』のクマ族は食料保管と配給、『シカ村』のシカ族は薬と怪我や病気の治療が仕事です。『リス村』には学校がありリス族の先生が子供たちに勉強を教えました。教室は種族ごとに分かれ違う動物が机を並べることはありません。

 動物国の動物たちは仲よく暮らしてはいましたが友だちやもちろん家族になることは許されない厳しい掟がありました。掟を破れば誰もが恐れる『八分』が課せられます。


 動物国に春がやって来ました。森の木々は芽吹き草原には可憐な春の花が一斉に咲き誇っています。谷川沿いにごつごつした岩肌を見せつける断崖絶壁がありました。その岩を割るように顔を出した山桜も満開です。自然のたくましさと美しさは渓谷をゴウゴウと音を立てて流れる雪解けの清らかな水にも溢れていました。


「よし、次!」

 オオカミ族のメタト隊長の笛がピッー!と渓谷にこだましました。

 青い制服も勇ましい警備隊が渓谷渡りの訓練をしていました。ロープは大木の枝から向こう岸の崖の上まで張られています。隊員たちはするすると木に登り手慣れたようすでロープを伝い向こう岸に渡って行きました。

 今日は各村から選抜された警備隊員の大がかりな合同訓練が行われているのです。各村の代表を前にメタト隊長も気合が入っています。

「そこ! もたもたするな!」

 メタト隊長が怒鳴り声を張り上げました。

「でも…」ともじもじしているのはサル族の中でも一番小さなフォンです。

「サルは木登りが得意なはずだ。恥を知れ!」

「すみません…」

 フォンはメタト隊長に大声で怒鳴られ今にも泣き出しそうでした。

「あの…」

 メタト隊長の目の前にのっそり現れたのはクマ族で一番大きなグレムリでした。

「何だ?」

「オイラは…」

「昼食係のグレムリだろ?」

 メタト隊長はいらいらと口を歪めました。

「これを…」

 グレムリは予定表をメタト隊長の顔の前に突きつけました。

「わ、わかった。時間だと言いたいんだな? 全員、終了!」

 メタト隊長がピッピッピッー!と笛を吹くとまるで映画が逆回転するように隊員たちが後戻りし始めました。

 メタト隊長は一糸乱れぬ隊員たちの動きを満足そうに眺めていましたが急に顔をしかめました。「ところでオオカミ族のポロはどうしたんだ? さっきまでそこにいたはずだが…」

「向こうに行きました…」

 フォンが川の上流をこそこそと指さしました。




「ちっ!」

 ポロは断崖から突き出たか細い木にしがみつき谷底へ落ちて行く蜂の巣を悔しそうに見送りました。黒い煙のようにも見える蜂の大群が巣を追いかけて飛んで行きます。

「ポロ…」とフォンは恐る恐る崖の下を覗き込みました。

 ポロはフォンを見上げました。ポロの掴まる木の枝は今にも折れそうです。

「やあ、フォン」

「そんなところで何してるの? 落ちたの?」

「ああ、落ちたおやつを見送っていたのさ」

 ポロは諦めきれず川面に顔を向けました。

「見送りは終わった? 訓練も終わったよ」

「じゃあ、昼飯ってことか。おやつは昼飯を食ってから考えるとするか…」

 ポロはゆさゆさと木を揺らしその反動で崖の上に飛び上がりました。その途端、か細い木は根っこから抜けて谷底に落ちて行きました。

 驚いたのは見ていたフォンの方です。

「ひえっー!」

「どうした?」

 ポロは制服についていた枯草をはたき落としました。

「だって木が、木が…」

 ポロは谷川に落ちて流れて行く木を目で追いながら豪快に笑いました。

「あははは! あの木は食いしん坊だな。蜂の巣を追いかけて行ったぞ」

「ポロはオオカミじゃなくて本当はサルなの?」

「そうだ。お前は賢いな」

 ポロはフォンの帽子をひょいと取り上げフォンの縮れた頭の毛をくしゅくしゅと乱しました。

「わーん! ポロがぼくの帽子を取ったよ…」

「返して欲しかったら早く来い。ぐずぐずしてたらお前の昼飯も取っちゃうぞ」

 ポロは自分の帽子を脱ぐとフォンに投げました。帽子は小さなフォンの顔をすっぽりと隠しました。その拍子にフォンはすってんころりんと転んでしまいました。

「わーん! ポロが、ポロが…」

「あははは! フォン、早くオレの帽子を持って来いよ。天気もいいから遠回りして吊り橋から隊舎に帰るぞ」

 ポロはフォンの帽子をポケットに捻じ込み瞬く間に森の中に消えて行きました。

「わーん!」と泣きながらフォンは起き上がりました。

「オオカミは神様の使者のはずなのにポロは悪魔の使いに違いない…」

 そう言いながらフォンは制服の袖で涙と一緒に鼻水も拭きました。

 

 風のように森の中を駆け抜けるポロはふさふさとした銀鼠色の毛のとてもハンサムなオオカミです。自由奔放、悪く言えば自分勝手。だけど天真爛漫なポロを嫌うものは誰もいませんでした。

 


 隊舎の台所でグレムリはのんびり後片づけをしていました。グレムリの隣にポロもいます。グレムリが洗剤で洗った食器をポロがすすぐ担当です。けれどポロは洗い桶の水に皿を浮かせ遊んでいました。

「あの…」

 グレムリは鼻が痒くてむずむずさせました。

「すごいだろ? こんなに皿を重ねても浮いてるんだ。よし、もう一枚…」

 ポロは皿を重ねるのに必死です。

「早く…」

 グレムリは我慢できず泡だらけの手で顔を掻きました。グレムリの顔は泡だらけです。

「ここにも洗いものがあるぞ」

 ポロがグレムリに水をピシャピシャかけました。

「帰らなきゃ…」

 グレムリは大きな体を縮こめました。

「んん? まだ泡がついてるぞ」

 ポロは楽しそうに水をかけ続けました。


「何してるの?」

 フォンが台所にやって来ました。やっと昼食を食べ終わり空の食器を運んで来たのです。

「おっ! ここにも洗いものだ」

 ポロがフォンにも水をピシャピシャとかけました。

「あーん、ポロが意地悪するよ…」

 フォンは持っていたトレーを放り投げグレムリの後ろに隠れました。

「フォンの口の周りが汚れているだろ?」

 ポロは面白がってグレムリとフォンに水をかけました。手でかけてもらちがあかないとポロは皿をどかし洗い桶を高く持ち上げました。

「わあっ…」とグレムリが目を瞑りました。

「助けて!」とフォンはグレムリの背中にしがみつきました。

 バッシャーン!

 洗い桶の底が抜けてポロは水浸しになりました。

「あははは!」

 ポロが大声で笑いました。フォンとグレムリもつられて笑いましたがグレムリが急に真面目な顔で言いました。


「今日は新月だよ」

「今日は新月か…」

 グレムリの背中に隠れていたフォンが慌てて顔を覗かせました。

「新月って何?」

「ものすごく美味しいものさ。じゃあな!」

 ポロは帰りざまにふさふさの尻尾でフォンの顔をひと撫でしました。

「あーん、ポロが…」と言いかけたフォンにグレムリがにっこり微笑み言いました。

「きれいになったよ」

 フォンの口の周りはすっかりきれいです。

「えへ」

 フォンはにっこり微笑みました。

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