第16話 危機一髪!? スライムの海を突破しろ!
スライムの海は想像以上に広く、ひいなの魔法でも、ひとっ飛びというわけにはいかなかった。
加速しようとしたひいなたちの前方に、ニゲコウモリの群。
「やばい、先回りされた!」
「避けられる!?」
ひいなにしがみついていた花乃華が、両腕をほどいてひいなの肩に乗せる。
「微妙!」
「じゃあ行く!」
「行く、って?」
ひいなの問いに、花乃華は、動きで答えた。ひいなの肩にかけた両手に体重をかける。一瞬バランスを崩したひいなだったが、エモーショナルスターロッドの魔力は何とか持ちこたえる。
花乃華は、体操選手の鉄棒の演技のようにして、体を持ち上げた。そして、すたっとひいなの両肩の上に仁王立ち。
「片づけてくる!」
どかん!
花乃華はひいなの肩を蹴って、空中に飛び出した。
「ひゃっ!」
ひいなの悲鳴をよそに、緑色の魔力の煙を残して、花乃華はダンジョンの壁へと跳んでいく。
そして、壁を蹴った彼女は、ニゲコウモリの群へと突っ込んでいく。
群がってくるコウモリたちめがけ、加速を乗せた回し蹴りを放つ。
「せいっ!」
文字通り、コウモリどもを蹴散らす花乃華。蹴りを食らったコウモリが、他のコウモリを巻き込んで吹っ飛んでいく。花乃華の前方に、ぽっかりと道が拓けた。
しかし、当の花乃華自身は、空中で勢いを失って止まってしまう。コウモリを追い払うことはできても、このままではスライムの海に墜落する。
花乃華を追って、ひいなはエモーショナルスターロッドを加速。
「捕まって!」
ひいなが声をかけるまでもない。花乃華は落下しながら振り返り、手を伸ばす。
バイク並の速度で飛行するひいなは、あっという間に花乃華に接近、彼女を捕まえるべくひいなも手を伸ばす。
がしっ、と、花乃華はひいなの手をつかんだ。もう片方の手で、エモーショナルスターロッドの柄を握ると、反動を使ってひょいとロッドに飛び乗った。
「すごいな、花乃華ちゃん。軽業師みたい」
「慣れれば意外といけるよ。魔力のコントロールができれば、壁だって上ったり走ったりできる」
「ほんとにぃ?」
「逆上がりとかと同じだよ、コツさえつかめば体で覚えられる」
「……あー、そういや私、自転車の乗り方ってこの飛行魔法で覚えた気がするなぁ」
「いきなりそういうこと言わないでよ。急に心配になってきた」
軽口をふたりで叩いている間に、次のコウモリの群が見えてきた。前方に、まだまだ待ちかまえているようだ。
「もう一回!」
同じ要領で、花乃華が飛び、コウモリを蹴散らし、ひいながキャッチ。
しかし、これを繰り返すのは、さすがに花乃華の消耗が激しそうだ。いくら雑魚相手だといっても、ミスはあり得る。一度落ちればただじゃすまない、というシチュエーションでの恐怖感は、たとえ花乃華でもぬぐい去れないだろう。
事実、花乃華の息が、いつになく荒い。
「まだなの……?」
さっきの軽口より、ずっと余裕のない声。
ちらり、と花乃華とひいなは下を見つめる。床を埋め尽くすスライムは、空中を飛ぶ魔法少女たちの気配に敏感に反応して波打っている。まるで、沸騰する海のようだ。
その果ては、まだまだ見えない。どれだけ巨大なクリーチャーなのか、と、あきれてしまう。
「ひいなに派手にぶっ飛ばしてもらった方が早かったかな」
「今さら言ってもしょうがないよ。このまま突っ切るしかない」
「……よし」
花乃華はロッドの上に立ち、意を決した、というような声を発する。
「ここは、わたしががんばる番だ。行ってくる」
「無理しないでよ?」
「でも、ひいながいなきゃ、ここまで来れなかった。次の道をつけるのは、わたし」
不意に、そんないじらしいことを言う。
ひいなは、その花乃華のつぶやきの重さに、戸惑う。
確かに、ひいなの飛行魔法でなければ、このスライムの海を越えようという判断はできなかっただろう。だからといって、そんなことに、過剰に恩を感じてもらっても困るのだ。一分一秒を争うようなことでもないし、先を争って攻略しなきゃいけないわけじゃない。一度戻って、気長に攻略したってよかった。
こんな無茶に、花乃華をつきあわせる必要はなかった。
ひいなは何か言ってあげたくて、だけど、ごちゃ混ぜの感情をうまく言葉にする術が見つからなくて、つかのま言いよどんだ。
その間に、花乃華は、ロッドを蹴った。
花乃華はダンジョンの壁をめがけて飛んでいく。壁に両足をつけると、そこに魔力の光が灯り、一瞬、花乃華を支える。
滑り落ちるより早く、花乃華は加速。まるで、壁が地面であるかのように疾走する。
そこから、壁を蹴って、コウモリの群に突っ込む。空中での軽やかな連続攻撃が、的確にコウモリどもの急所を貫いて、撃ち落としていく。
<キィィィィィィ!>
コウモリの絶叫をよそに、花乃華は反対側の壁に到達。そしてまた、壁を走る。
ひいなは、花乃華の拓いてくれたルートを、飛行魔法で突っ切っていく。ひいなの飛行速度も相当速いのだが、花乃華は、地上を走っているのと変わらないような速度で先に行ってしまい、追いつけない。
いちいちひいなが捕まえるより、花乃華ひとりで突っ走った方がいい、とでも言わんばかりの行動。
ひとりで戦える、と、その背中が主張している。
「花乃華ちゃん!」
「大丈夫!」
不安になって呼んだひいなの声に、花乃華は一言だけ返し、壁を蹴る。
「あっ!」
ずるっ、と、花乃華の足が壁を滑った。
不完全なジャンプをした花乃華の姿勢が、空中で崩れる。コウモリが、その隙を見て花乃華の首筋に、腕に、足に、襲いかかる。どうにかそれを追い払う花乃華。
しかし、そもそも、速度が足りない。
彼女の体は空中で失速し、落下していく。
「花乃華ちゃん!!」
ひいなの絶叫がダンジョンの狭い通路に響く。ロッドを加速させ、急降下し、花乃華の体を捕まえようとする。
しかし、花乃華は遠く。
アモルファスライムの触手が、瞬時に、花乃華の体を捕らえた。
「っ……!」
花乃華の押し殺した悲鳴。
彼女の傷ついた手足に、スライムの粘つく触手が巻き付き、皮膚を焼く粘液を浸出させる。そして、急速に触手を引き戻して、スライムは花乃華を自らの海の中に引きずり込む。花乃華の体が、あられもなく、スライムの中に取り込まれていく。
その海に落下する直前。
花乃華の、泣きそうな目が、ひいなを見上げた。
ひいなの脳裏が、白い光であふれる。
激越な感情。思考も、理屈も、すべて一掃してしまう強度。
花乃華を失いたくない。花乃華に辛い思いをさせたくない。
花乃華が傷つくことは、我が身を焼かれるよりも恐ろしい。
恐怖は、あらゆる生物の根源にある、もっとも強い感情だ。
「スレット・スラッシュ・サンダーボルトっっっっっっっっ!!!」
恐怖を原動力にした、それは、殲滅の魔法だった。
ダンジョンの暗闇が、ひび割れる。
闇を走る数限りない稲光が、壁を、床を、飛び回るコウモリを、そして陸を埋め尽くすスライムを、ことごとく刺し貫く。狙いも、射程も、関係ない。
それはただ、ひいなの目に入るものすべてを破壊するだけの魔法。
稲光が、蜘蛛の巣のごとく、ダンジョンを埋め尽くす。
<ギギギギギギギッギギギギィィィィィィィィィィ!!>
その場にいたあらゆるものの叫喚が、まるで、倒壊する巨塔の断末魔のように、あたりにこだまする。
絶叫のまっただ中にあって、目の前を焼き尽くす白光に視界を奪われながら、ひいなはただ、自らの魔力を解放し続けた。
雷光が消える。
後に残ったのは、コウモリの死骸、焼き尽くされたスライム、それらが転化した素材。
そして、スライムがいなくなって、深く窪んだ床の底に、花乃華が仰向けに倒れている。
横たわる彼女の周囲に、スライムの変わり果てた素材である青い結晶がきらきらと降り注ぐ光景は、まるでおとぎ話の眠り姫のよう。
ひいなは、花乃華のすぐそばにしりもちをついた。
「だっ!」
「……ひいな?」
横たわっていた花乃華が、目を開けた。
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