教国⑥

「これは酷いな」


 先遣隊としてトビの村に派遣されていたロインはぼそりと呟いた。

 トビの村の門扉は無残に打ち破られており、村の中には死体が散乱して地面が赤黒く染まっていた。

 壊れた家屋や、そこかしこに散らばるアンデットの残骸が激しい戦闘の後を思わせる。

 村の中を馬で一通り見て回った兵士が近づいてくるが、その表情は暗い影を落としていた。 


「ロイン隊長、やはり村の中に生存者はいません」

「そうか……」


 アンデットは生者の存在を許さない。

 村の門が破られているのを見て想像は出来ていたことだが、ロインは余りの惨状に言葉がなかった。

 北の主要都市、ラントワールの街に救援の要請が来てから既に五日が経つ。

 村人から詳細の聞き取りと部隊の編成で一日、そして村まで来るのに片道四日。襲ってきたアンデッドの規模を考えると村が落とされても不思議ではなかった。

 だが、それはあくまでアンデッドが本当に毎夜襲ってきたらの話だ。

 救援要請に来た村人の話では、既にかなりの数のアンデットを村人が討伐している。にも関わらず、アンデッドが同規模、もしくはそれ以上の規模で翌日も現れるなど考え難い話であった。

 先遣隊が出されたのも村人の話に信憑性が薄いと判断されたからだ。

 多くの人間が動けば同じように多くの金が動く。軍隊を派遣するにしてもタダではないのだ。

 先ずは先遣隊が村の様子やアンデットの死骸を確かめ、それらを報告して本体が動く手はずになっていたが、村の惨劇を見ても既に手遅れなのは言うまでもなかった。

 直ぐにラントワールに早馬を飛ばして報告をしたとしても、本体が到着するまで一週間以上は優に掛かる。

 何より問題は村が滅びた後もアンデットが出現するのか、そして大量のアンデッドがどうやって生まれているかだ。

 ロインは顎に手を当て思案するが、先ずは目先の問題を解決するのが先決であった。


「部隊の半数で遺体の埋葬をする。作業は必ず日が暮れる前に終わらせろ。それと井戸の水は飲むなよ。汚染されている可能性が高い」


 部隊の兵站を担う兵士が、井戸に横たわる遺体に目を向けて眉間に皺を寄せた。

 水は部隊の生命線と言っても過言ではない。村で水の補給が出来ないのは部隊にとっては大きな痛手だ。


「残りは俺について来い。一緒にアンデットの足跡を辿って何処から来ているのか調査をする。それと陽が落ちる前に必ず村を離れるからそのつもりでいろ。誰か異論はあるか?」


 反論する者は誰もいない。

 当然だ。村に生存者がいるならまだしも、壊滅した村を防衛しても意味はなかった。

 先遣隊はあくまで情報収集が目的の部隊だ。

 馬の疲労を軽減するため、最初から装備は必要最小限に抑えられている。アンデットが押し寄せる村に留まるのは命を捨てるようなものだ。

 静かに命令を待つ部下を見渡し、ロインは高らかに声を上げた。


「では行動に移るぞ!」


 号令と共に部隊が速やかに半分に分かれた。

 有事の際に迅速に行動ができるように、部隊がどのように分かれるかは予め決められていたことだ。

 二十人からなるロインの部隊は半分が村の中に入り、もう半分がロインの下に留まっていた。

 村に入る部下の背中を見送り、ロインは馬の手綱を握り締めた。


「先ずは残ったアンデットがいないか村の周辺を確認する。それが終わったらアンデットがどこから来ているか調査の開始だ」


 部下が頷くのを確認してロインは馬の腹を強く蹴った。


「よし、いくぞ!」


 馬を走らせるロインの後を部下が付き従う。

 周囲に目を凝らしながら村を大きく一周したところで、ロインは馬を減速させた。 

 村の周囲に魔物やアンデッドの姿はない。

 後はアンデッドの足跡だが、それは直ぐに見つかった。と言うよりも、村に来る前から検討はついていた。

 育成途中の若い麦が踏み荒らされて倒れているのが、村に来る途中の丘の上から、はっきりと見えていたからだ。

 倒れた麦の近くに馬を進めると、眼下には夥しい数のアンデッドの足跡が見えた。先遣隊は一直線に伸びる足跡を辿りながら畑の中をゆっくりと進む。

 次第に畑はなくなり広大な草原に出るが、やはり短い草木が薙ぎ倒され、真新しい痕跡が北の方に続いていた。

 ロインは草原に潜む魔物やアンデッドに警戒しながら、注意深く馬を歩かせた。もちろん後続の部下もそれは同じだ。

 片手には手綱を、空いたもう片方の手には剣を握り締め、いつ魔物やアンデットが飛び出してきても対応が出来る様に最新の注意を払っていた。そして森の入り口まで来ると馬の脚がピタリと止まる。

 ロインが目にしたのはまさに森を貫く道だ。

 生い茂る草木がへし折られ、一本の道がどこまでも森の奥に続いているのが見えた。

 しかし、太い木々は無傷のまま天高く聳えているため、道の上空には鬱蒼と緑が生い茂り、太陽の光が森の中に差し込むのを頑なに拒んでいた。

 まるで森に空いた黒い穴が、ぽっかり口を開いて侵入者を待ち受けているようにも見える。


「アンデットはこの森から来ているのか……」


 ロインの呟きに近くの兵士が相槌を打つ。


「そのようですね。確かこの森はエンジャの森と呼ばれていたはずです。魔物が多いため人間は寄り付かないと聞いたことがあります」

「魔物が多いか……、これ以上は危険だな。村にいる部隊と合流するぞ。急ぎラントワールに戻り報告をする」


 アンデットは発見できなかったがもう十分だ。

 壊滅した村と無数のアンデットの死骸、これらの情報だけでも軍が動くに値する。更にアンデットが何処から来ているのかも分かった。

 後は報告をして任務は終了だ。

 村に戻ろうと草原に向き直ったロインは、最後に何気なく森の奥を一瞥した。


「ん?」


 不思議そうに暗闇を見つめるロインに近くの兵士が首を傾げる。


「何か気になることでも?」

「いや、森の奥に薄っすらと人影が見えた気がしたんだが……」

「人影?」


 兵士が森の奥に目を凝らすも、人間は疎か魔物や動物の影も形もない。アンデットも然りだ。


「何も見えませんが……。ここ四日間は殆ど寝ていませんし疲れているのでは?」


 確かに任務を受けてからは寝ている時間など殆どなかった。それこそ幻覚を見ても可笑しくないほどだ。

 ロインは目頭を押さえて軽く背を伸ばした。


「そうだな。早くラントワールに戻ってぐっすり眠りたいものだ」

「確かに」


 同意する部下を従えてロインはトビの村に戻る。その様子をメアは膝を抱えて座り込み、ただ森の奥で静かに見つめていた。



 

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