Sランク冒険者㉑

「レオンさんの騎乗魔獣は一万もの獣人を殲滅させたんですよ?一介の冒険者には不可能なことです。Sランクは当然だと思うのですが……。クライツェルさんはどう思いますか?」

「相手は一万からなる獣人の軍隊なんだろ?街を壊滅させてもお釣りが来る戦力だ。指揮官の首を取るならまだしも、俺たちでも一万の獣人を殲滅させるのは物理的に不可能だ。Sランクになる実力は十分にあるだろうな。だが、俺はSランクにするのは、まだ早いと思っている」

「どうしてですか?レオンさんの実力は申し分ないんですよね?」


 クライツェルはレオンに視線を移すと――


「レオン、気を悪くしないで聞いてくれ。お前たちは冒険者になって日が浅い、ギルドとの信頼関係も薄いはずだ。普通はそんなパーティーをSランクに上げたりはしない。それに冒険者としての経験の少なさも否めない。それは冒険者ギルドが一番良く分かっているはずだ」


 冒険者ギルドがそう判断しているなら、レオンにとっては願ったり叶ったりである。

 だからこそ不思議でならなかった。それならどうしてSランクのパーティーとして認められたのだろうか。クライツェルの話が的を得ているなら辻褄が合わなくなる。


「なるほど。ギルドは私がまだ未熟で信頼するに足りないと判断しているのか。うむ、よいのではないか?まさにその通りだしな。だとすると……、私のパーティーは何故Sランクとして認められたのだ?話が矛盾しているのではないか?」

「国が圧力を掛けたのかもな。噂ではあるが、王国はサラマンダーを取り込むために奔走しているらしい。獣人の大軍を殲滅させるほどの力だ。王国が欲しがる気持ちも分からなくもないがな」


(うわぁ……、すんごい迷惑な話だな。放っておいて欲しいんだが……)


 レオンは困ったと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。

 Sランクにもなれば、国や貴族が取り込もうと画策をするのは広く知られている。当然、クライツェルにも経験のあることだ。それだけにレオンの気持ちが手に取るように伝わってくる。


「まぁ、余り深く考えるな。これもSランクパーティーの宿命みたいなものだ。だがな、女だけには気をつけろよ。中には自分の娘を近づけて繋がりを持とうとする貴族もいるからな」

「そ、そうなのか?それは困ったな」


 その発言とは裏腹に、レオンの表情が僅かに綻ぶ。だが……、隣りに座るフィーアの視線に気付いて直ぐに気を引き締めた。


「だが私は既婚者だ。貴族が娘を使って私を篭絡することもないだろ」

「そんなことはないさ。第二夫人や第三夫人だって有り得るだろ?」


(そうか、この国は一夫多妻制だったな。くそっ!なんて素晴らしい国なんだ)


 クライツェルの話を聞いていたフィーアが、さも不機嫌そうに口を開いた。レオンに新たな妻が出来ると聞かされては、流石に大らかに振舞ってはいられないのだろう。語気を強めて怒りを顕にする。


「私が何処の馬の骨とも知れない女をレオン様に近づけるとお思いですか?そのような輩は全力で排除するにきまっているでしょう?」


 フィーアの得も言われぬ気迫にクライツェルは思わず気圧される。僅かに身を引きながら顔を引き攣らせていた。

 レオンもそこまで言わなくてもいいのにと苦笑いを浮かべるばかりだ。


「うむ。フィーアがいれば問題はないだろう。だが排除は程ほどにな。何なら二、三人近づけても構わんぞ?」


 そう言ってちらりとフィーアの顔色を覗うと――


「ご安心くださいレオン様。阿婆擦あばずれれ女は全力で排除いたします。レオン様には一人たりとて近づけません」

「……そ、そうだな。当然だな」


(いやいや、お前が全力で排除したら相手は死ぬだろ……。抑、程々にしろって言ってるのに、何で返ってきた答えが全力なんだよ。少しくらい手を抜けよ、そして出来れば何人か回して欲しいんだが……)


 レオンは口では当然と告げるが、内心では酷く落ち込んでいた。

 だが自分の願望を伝えるわけにはいかない。そんなことを言っては間違いなく軽蔑され、信頼を失ってしまうからだ。

 レオンは小さく溜息を漏らす。そして、誰にも聞こえないよう小さな声で、「威厳を保つのも大変だな……」と、呟いていた。





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