報酬

 街の喧騒に紛れて住民の囁き声が聞こえてきた。

 あれから既に何日も経っている。報酬のことは既に街中に知れ渡っているのだろう。ねたそねみがレオンの足取りを重くしていた。

 さり気なく周囲を見渡すと、路地裏の暗がりに隠れるうように、数人の男がレオンに鋭い視線を向けていた。

 報酬を狙う強盗にしても素人丸出しである。不審すぎて何もしない内に捕まるのではと、逆に心配になるほどだ。


(噂話もいいが、俺に聞こえないように話せよ……。あと隠れてこっちを見てる目つきの悪い奴らは強盗か?なんか分かり易いなぁ)


 レオンは半ば呆れて軽く溜息を漏らすと、冒険者ギルドに急ぐことにした。

 ギルドに入ると視線がレオンに集中する。尤も、その多くは羨望の眼差しではなく、嫉妬からくる冷ややかな視線であった。

 冒険者になったばかりの新人が大金を掴むのが許せないのだろう。不機嫌な顔を隠そうともせずレオンのことを睨んでいた。

 本当なら嫌味の一つでも言いたいのかもしれない。しかし、レオンが貴族との噂があるため、何も言えずに唇を噛み締めている。

 そんな中で、ニナは駆け寄り笑顔でレオンを出迎えた。


「レオンさんおはようございます。数日前にお伝えしましたように、今日は報酬の受け渡しを行います。ギルドマスターのお部屋までご案内しますね」


 ニナの言葉を聞いて、レオンの表情に暗い影が落ちる。


(なに?報酬はカウンターで渡すんじゃないのか?お偉いさんには会いたくないんだが……)


「カウンターで受け取ることはできないのか?」

「高額な報酬になりますので、私たちでは取り扱いができません」

「そうなのか……。では案内を頼む」

「それでは私の後に付いてきてください。奥様とお子様もご一緒で構わないとのことです」

「了解した」


 レオンは頷き返し、ニナの案内で四階の一室に来ていた。

 変わった部屋に思わず周囲を眺めてしまう。物珍しそうに棚に並んでいる瓶に視線を向けていると、ギルドマスターのバーナスが笑みを浮かべていた。


「初めましてレオン・ガーデン。私はギルドマスターのバーナス、後ろに立っているのは弟子のディックだよ。棚に何か珍しいものでもあったのかい?」

「瓶に入っているのは魔物の臓器だろ?何かの役に立つのか?」

「ああ、あれかい。あれは希少な魔物の臓器で薬になるんだよ。この国では薬草しか使われていないが、他の国では一般的な薬として使われているところもある。瓶には保存の魔法が掛けられているから、保管温度や陽の光に気を付ければ、蓋を開けない限り劣化はしないよ」

「なるほどな。それで窓の鎧戸を締め切っているのか」

「私の部屋に興味を持つなんて珍しいね」

「少し気になっただけだ。それよりも報酬を頼む」

「まぁ、そんなに急ぐこともないだろ?お茶でも飲んでゆっくりしていきな」


 レオンが僅かに視線を逸らすと、いつの間にかディックがお茶を入れている真っ最中であった。

 程なくしてグラスが三つ運ばれてくる。

 レオンはテーブルに置かれたお茶の色を見て顔を顰めるも、嗅いだことのある匂いに首を傾げた。


(ん?この匂いは薄荷ハッカじゃないか?懐かしいな。昔は寝落ち防止に、炭酸飲料に薄荷飴ハッカアメを溶かして飲んでたけど、あの爽快感がなんとも言えないんだよな)


 グラスを手に取って少し飲んでみると、口の中に炭酸と薄荷ハッカの爽快感が広がっていく。

 ほんのり甘味を帯びた飲み物は、昔よく飲んでいた炭酸飲料によく似ていた。

 冷えていないのが残念ではあるが、それでも十分に美味しい。甘味を抑えているため後味がすっきりしている。

 バハムートがテーブルのグラスに手を伸ばしているのを見て、レオンはバハムートをテーブルの上に座らせた。

 するとバハムートは小さな手で器用にグラスを持ち上げ、出されたお茶を美味しそうに飲み始めた。

 時折、「けぷっ」と息を吐き出すのがなんとも可愛いらしい。

 隣に視線を移すと、フィーアは既にお茶を飲み干していた。


「美味しいな。あの器具で炭酸を作っているのか?」

「炭酸?なんだいそれは?」


(そうか、炭酸という言葉は知らないのか……。突っ込んで聞かれても俺も詳しく知らないし、適当に誤魔化した方が良さそうだ)


「私の祖国で似たような飲み物がある。それが炭酸と呼ばれていた。尤も、作り方は知らないがな」

「ほう。似たような飲み物があるのかい。それは是非飲んでみたいものだねぇ」


 バーナスはレオンの顔を覗き込むように見る。

 その表情は出身国を教えて欲しいと暗に訴えかけていた。


「悪いが私の祖国を教えることはできんぞ」

「やはり駄目かい。まぁ、そこら辺のことは耳にしてるし期待はしとらんよ。さて、じゃあ報酬を渡そうかね」


 バーナスは振り返り、後ろに控えるディックに目配せをする。

 ディックは心得たとばかりに一礼し、ソファの後ろに隠してある袋をテーブルの上に置いた。

 流石に金貨1000枚ともなると袋の大きさも違う。丸々と膨らんだ袋からは、硬貨のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 レオンは袋の口を開いて中身を確認すると、直ぐに閉じて袋を手に取った。

 その様子を見たバーナスは訝しげに話し掛ける。


「金貨の数を確かめないのかい?」

「確かめる必要があるのか?」


 さも当然の様に告げるレオンに、バーナスは面白そうに僅かに笑みを浮かべていた。


「初対面なのに随分と私のことを信用してるんだね。私が盗んでたらどうするんだい?」

「別にどうもしない。お前がその程度の人間だと分かるだけで十分だ」

「まったくひねくれてるねぇ。でも、そういう奴は嫌いじゃないよ。金貨は1000枚確かに入ってる。安心しな」

「そうか、では貰っていくぞ」


 レオンは片手でバハムートを抱き抱え、もう片方の手で金貨の入った袋を持ち上げた。

 金貨の入った袋は予想よりも大きく目立つ。マントの下でインベントリに収めようとも思ったが、袋が消えたら怪しまれるだろうと、レオンは普通に手に待ち扉に足を向けた。

 手には想像以上に金貨の重量感が伝わってくるが、袋は丈夫な革製で破れることはなさそうに見えた。

 レオンは部屋を出る際、一度バーナスに振り返る。


「バーナス、茶は美味かったぞ」

「またいつでもきな。茶くらい出してやるさね」


 レオンはバーナスの声に微笑み返すと、扉の向こうへと姿を消していった。

 部屋にはバーナスとディックの二人だけが残され、バーナスはいつものように向かいのソファにディックを促した。


「変わった坊やだったねぇ」

「変わっていると言うよりは、随分と態度が大きいのではないでしょうか?ギルドマスターのバーナス様に、傲岸不遜ごうがんふそんな態度をとるのはいささか問題がございます」

「私は気にしないよ。それにサラマンダーを召喚できるなら、少なくともそれだけの実力はあるさね」

「そうかもしれませんが、他の冒険者に示しがつかないのでは?」

「あの坊やが、つまらないことで虚勢を張るとも思えないね。私らが黙っていれば、他の冒険者に知られることもないだろうよ。それに、うちの旦那は召喚したサラマンダーを制御できずに死んじまったけど、あの坊やは制御に成功している。それだけでも魔術師としての実力は既に私より上かもしれないね」

「…………」


 ずっと憧れていた嘗ての英雄よりも上、その言葉にディックは何も言えなくなった。

 それと同時に神を呪いたくなる。長年魔法の研鑽を積んでいる自分より、なぜあんな若造が魔法に愛されているのかと。

 しかし、こればかりはどうにもならない。どんなに努力をしても才能だけは手に入れることができないのだから。

 運が悪かったと諦めるより他ないと、ディックは深い溜息を漏らすことしか出来なかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る