middle6「殺人者」

 フューネラルは人殺しである。

 少なくとも、彼自身にはそういう自覚があった。


「80点取るなら、まぁこうするしかないんですよね~」


 夜には若干早い時間の入り江。

 フューネラルはそこに一人で居座っていた。

 どうせ村では既に村八分を喰らっているので、今更うろつく必要はない。なら、いつ来るか分からない人魚の出待ちをここでした方がいい。

 そう判断してのことだった。

 あれ? 村八分って余所者にも使っていい言葉だっけ?

 まぁ、いいや。


「アナタもそう思いませんか?」

 

 傍らで、もう歌い始めている人魚にそう声をかける。

 人魚から、返答はない。


「いけず~」

 

 気安く、そう笑う。

 そう、フューネラルは『仕事』をしにきたのだ。

 すでに人魚がUGNでは放置できない存在であることはわかっている。だが、仕事仲間は揃いも揃って足並みが揃わず、皆が皆どこか懊悩を抱えているようにフューネラルには見えた。

 これから、彼女と殺し合わなければいけないかもしれないのに。

 だから、一人でここに来た。

 別に、フューネラルは何とも思っていないから。

 そうでなければ、いけないから。

 それが、対ジャーム戦闘員の……彼の仕事だから。 

 

「俺、アナタにはそんなに興味ないんですよ。魚って食うのはともかく、触るのは苦手なんで」

 

 返答がないことはわかっている。

 だって、散々声をかけても無駄だったから。


「話できない人も苦手なんで」


 フューネラルの知るコミュニケーション手段は、少なくともそれしかない。

 会話こそがコミュニケーションの基本であり、他人と自分を繋ぐ唯一のよすがである。だから、フューネラルは会話によるコミュニケーションに拘っている。

 まぁ、上手いか下手かは、この際脇に置くが。


「藤村さんは、とりあえず意思疎通を試みてから処遇を判断するって言いましたけど、上役の関東支部の人からもう俺、許可貰っちゃってるんですよね」


 独り言を延々と続ける。

 どうせ返事の返らない独り言を。


「相手がジャームなら気にしないでヤっちゃっていいって」


 仕込み杖に手を掛けたまま、淡々と。

 

「殺してもいいって」


 目を細め、歌い続ける人魚にそう告げる。

 

「いや、まぁ、ジャーム相手だって原則は捕縛が基本なんですよ。それで、後は処理班に引き渡して、その後は運が良けりゃ医療班のホワイトハンドさんあたりに任せて、とりあえず治療して、その後はカウンセリングしたり、話し合ったりして、それで大丈夫そうなら、場合によっては監禁くらいで済ますんですよ。だから殺すって本当は最終手段のはずで、気軽にやっていいことじゃないんですよね。当たり前の話なんですけど」


 何より、取り返しがつかない。

 ジャームとオーヴァードの厳密区分は難しい。あとから診断結果が覆ることすらある。だからこそ、殺すのはあくまで『仕方がない』時だけ。出来る限りは捕縛し、状態が良ければ隔離・監禁、それも望めないなら凍結が妥当である。

 しかし。


「でも、そんなの毎度守ってたら命がいくつあっても足りないんですよ」


 それが、現実である。

 ジャームは、それ単体でもベテランエージェント数人程度なら平気で薙ぎ倒す。一般エージェントなら数十人でも、一方的に虐殺されるという事も珍しくない。

 危険なのだ、単純に。

 それだけの力を持っているのだ。

 タガの外れたオーヴァードというのは……それだけで、いくらでも日常を塗り替えられる存在なのである。

 僅かな善意が隙を生み、その隙が最悪の結果を招くことも珍しくない。

 そもそも、何とか捕縛できたところで……凍結施設や収容施設などの人員や予算にも当然限界がある。故にこそ、実際的な問題として……精密検査や精査なしでのジャーム殺害は黙認されているのが現状である。

 通常の人間の精神異常者による凶行は、どんな凄惨な結果を招いても最大限配慮される国にも関わらず……である。

 理想だけでは、日常は守れない。


「だから、俺みたいな鉄砲玉使うんですよね」

 

 フューネラルは人殺しである。

 本来なら極刑を受けて然るべきと言えるほど、既に殺人の罪を犯している。

 それでも、彼は娑婆にいるし、平然と『日常』を謳歌している。

 何故かと、言えば簡単な話だ。

 彼が殺してきたのは、ジャームだけだからである。

 いや、正確にいえば……UGNがジャームと判断した個体だけだから……である。

 だが、そんなジャームだって……元が動植物や無機物でない限り、本来なら普通の人間だ。戸籍もあり、真っ当な国民としての権利も持っている。人権がある。それでも、いくら殺しても御咎めなしなのは……一重にUGNによる超法規的措置がまかり通っているからに他ならない。


 それを、彼は自覚している。

 フューネラルは……自覚している。

 彼は、自覚的殺人者である。

 司法取引の上、堂々と殺人を犯して許される立場にあるだけで。


 ……まぁ、UGNに参画するオーヴァードなら誰もがそうであるとも言えるのだが、フューネラルは中でもジャームの殺害技術を買われてUGNと結託している立場のイリーガルである。

 つまり、最初から『殺し』を期待されて雇いあげられているオーヴァードなのだ。

 現場が躊躇したときでも、しっかりと『動く』ことを期待されている。

 少なくとも……今回の現場ではそうだった。

 だからこそ、こういう時に弾丸としての仕事を全うする義務がある。

 それを、彼は自覚し……自責で行う覚悟がある。

 いつかジャーム化治療が現実のものとなり、レネゲイドの真実が白日の下に晒された暁には……大量殺人犯として、死刑台に登る覚悟が。

 だからこそ彼は……イリーガルでありながら、対ジャーム戦闘員としてUGNに大金で雇われ、日頃から便利に使われていた。

 いざという時に……簡単に、切り捨てられる人員だから。


「アナタ、まだ人間扱い出来ないんですよ」


 そう、人魚に声を掛ける。

 人魚から、返答はない。


「だって、戸籍とかまだないし。UGNが準備してないし。するわけもないし。それどころか、コミュニケーション不可で手当たり次第に『ワーディング』バラ撒いてるわけで、挙句に一般人の日常にまで介入してる。いやまぁ、向こうから勝手に寄ってきただけみたいだから、事故とは思ってますけどね」


 あくまで軽い調子で、それこそ明日の天気でも話すように喋り続ける。

 人魚から、返答はない。


「でも、アナタ、レネゲイドビーイングみたいじゃないですか。見た目まぁ半分だけですけど、女性ですし。割と眼福ですよ。俺、こんな美人に半裸で歌って貰う機会なんて、お金払わない限りまずありえないんで」


 おどける様に肩を竦めて、ケラケラと笑って。

 人魚から、返答はない。


「とりあえず、レネゲイドビーイングって、この国だと割と手厚く扱って貰えるんですよ。さっきの赤毛の女の子いたじゃないですか。ほら、ツンデレの。いや、デレたところ見たこと無いんで俺からするとただのツンツンですけど」


 スコルピオの事を示唆する。人魚とコミュニケーションを取ろうとしていた少女。

 人魚と同じレネゲイドビーイング。

 人魚から、返答はない。


「あの子、北米本部でもそんな悪い扱いじゃないと思うんですよ。本当に悪い扱い受けたら『ああ』はなってないと思うし。つまりね、UGNってレネゲイドビーイングの皆さんには結局配慮する組織だと思うんですよ。いや、全部が全部とはいいませんけどね。勿論、完璧でもないですし」


 夕暮れ時、紅い日差しが差し込む入り江の洞窟。

 漣と人魚の歌声が響く岩陰で、フューネラルは続ける。

 人魚から、返答はない。


「えーと、つまり何が言いたいかって言うとですね」

 

 それでも、フューネラルは人魚に視線を送りながら。


「アナタが意志疎通出来るってわからないと、アナタを『人扱い』は出来ないんで、『害獣扱い』で乱暴しなきゃなんですよ」


 そう、静かに呟いた。


「いや~、ストレートな脅迫でごめんなさいね~」


 結局、争点はそこでしかない。

 この人魚が意志疎通が可能であるか否か。

 フューネラルの『仕事』においては、そこだけが問題だ。

 意思疎通が出来るなら、藤村の言うように『人』として扱う事が日本支部では望ましい。お優しい日本支部長はきっとそれを喜ぶだろう。

 だが、意思疎通が出来ないなら、対話が出来ないなら、何を言っても無駄なら。

 それは、つまりはコミュニケーションが取れないオーヴァードということであり。

 そして、一切のコミュニケーション手段を持たないオーヴァードの理性など、確認しようがないということであり。


「もしも、何かの理由でしらばっくれてるだけとか、喋れないとか……理由があったらそれも教えてくださいよ。でないと俺達……」

 

 つまり、そう言ったオーヴァードのことを……UGNでは、どう呼称するかと言えば。


「ジャームへの配慮は、ちょっと手段が限られちゃうんで」


 要は、そういう事でしかなく。

 意思疎通不可能で、無差別に『ワーディング』をバラ撒くレネゲイドビーイング。

 それに対する対処法など、僅かしか存在せず。


「俺の仕事って、無い方が良いんですよ。だから、仕事させないでくれる方が色々楽に済むんですけど」


 だからこそ、フューネラルは一応尋ねる。

 それも含めて仕事であり、歯に衣着せぬ物言いもまた自分の仕事であるから。

 無遠慮、無配慮、無神経。

 その全てを含有させた言葉で、何の躊躇もなくフューネラルは尋ねる。

 今まで一度も無かった返答が今度こそ来るか、最後に確認するかのように。


「なんか言う事……あります?」


 人魚から、返答は――。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DX3rdリプレイ集「Live in sink」 うみぜり@水底で眠る。 @live_in_sink

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ