第三十八話 専用伏魔殿の討伐開始

「では、その様な手筈でお願いします」

「準備はしておく。ボス討伐日が決まったら必ず連絡をするのだぞ」

「わかりました。それでは、失礼します」


 予定どおり、俺はメルケル男爵である伯父を訪ね、『悲願』とまでは言わないが、目標の一つである伏魔殿の平定許可を願い出たのだ。

 専用伏魔殿の平定について、当初は若干渋られもしたが、結果的に許可は貰えた。

 伯父も『冗談で伏魔殿の平定をして良いと言ったが、本当にやろうとするとは思っていなかった』と苦笑いだったが、ボス討伐後の残党刈りで多くの冒険者が獲物を仕留めて冒険者ギルドで素材を換金するのは、素材の流通量が増えるので経済が活性化され、領主としては有り難い話であり税収が増えるという実利もある。

 ただ、それを俺とエルフィの二人でできるのかを伯父は気にすると思っていたが、そんなことはなかった。なぜなら、伯父は領主の特権で冒険者ギルドから俺の活動の報告を受けていたようで、俺が魔物の換金をかなり行っている事実を把握していたようだ。


 王国の機関であるギルドの情報を領主が得ようとするのは越権行為のようだが、実は全く問題が無い。

 というのも、ギルドはある意味フランチャイズのような作りだからだ。


 王国が企業主で領主にギルドの看板を貸しているような感じであり、領主はギルドで得た利益を王国に税金という名目で看板代を支払っている。そのため、各地にあるギルドはそれぞれ領主が経営者なので、情報を得ることになんら問題が無いのだ。


 余談だが、フランチャイズの看板代である税金はかなり高いらしい。だが、王国に納める税金は固定税率なので、利益が出過ぎることを懸念する必要もない。むしろ、大きな利益が出せれば王国から助成金が多く出たり、素材の物流も増えるので、領主からすると冒険者ギルドの活性化は願ったり叶ったりなのだ。


 そんなわけで、伯父は自分の甥である冒険者『盗賊狩りの坊っちゃん』の俺と、姪である『銀の聖女』エルフィを高く評価している。若干身内贔屓で評価を高くしているのだろうが、それは許可を得る後押しになったので良しとした。

 しかし、俺が『盗賊狩りの坊っちゃん』などと呼ばれていたことを初めて知り、物凄く恥ずかしかったので、その呼び名が定着しないように全力で神に祈った。



 メルケル男爵邸を後にした俺はシュヴァーンの四人と会い、別行動を取ることを低姿勢で謝りながら認めてもらった。その条件として、旨い物を食べさせろというので、俺が大盤振る舞いをしたのは言うまでもない。

 これは皆の優しさでもある。俺に飯を奢らせることで、自分達は対価を貰ったので文句は言わない、という彼らのメッセージなのだ。これは素直にありがたいと思う。


 その後、俺が帰宅するとエルフィは既に帰宅していた。


「どうだったの?」

「伯父さんには了解を貰って、残党刈りの手配もしてくれるって。シュヴァーンの方も納得して貰えたよ。そっちは?」

「良かったわね。こっちも、やるならしっかり結果を残せと言われて、無期限で休暇を貰えたわ。ただ、年明けには王都に向かわなくてはならないから、それまでにどうにかしろですって」

「それは俺も考慮しているから、そんなに時間をかけないようにするよ」


 メルケルムルデの司祭ヨーンは、自分の功名心で何かを言うような人ではない。これは、エルフィに箔を付けさせようとしているのだろう。

 王都にある神殿本部は、従軍神官として出兵することもある。その際に『聖なる癒やし』の使い手は派兵対象になることが多く、どうせ出兵するなら冒険者として名を挙げておけばエルフィが粗雑に扱われない、とか考えたのだろと思う。


「それで、具体的な日程だったり作戦とかは?」

「ボスを目指して即討伐ってなると残党刈りの人員が集まらないし、残党の数も多いでしょ? だから、序盤はできるだけ魔物の数を減らすのが目標だね」


 情報の伝達に時間のかかるこの世界で、『明日集まって』『りょ~か~い』みたいなことはない。なので、告知と口コミで情報が広まるのを待つ時間が必要になる。

 流石に、軍を動かすような大事であれば早馬や鳩を飛ばしたりと、可能な限り早い伝達手段を使うが、今回は軍の力は使わない。


「それはわかったわ。で、ボス討伐はいつ頃になる予定?」

「一ヶ月後の十一月の末だね」


 今は十月の末なので、約一ヶ月後にボス討伐を行う予定だ。


「十二月一杯に終わらせれば良いのでしょ? 何を焦っているのよ」

「だって、あの伏魔殿は寒いから、あまり長期間入りっぱなしはちょっと……。それに、十二月になると雪が降り始めるでしょ」


 そうなのだ、メルケル領は温暖な地域であるため、秋であるこの時期でもかなり暖かく、冬でも雪とは無縁の土地だ。しかし、専用伏魔殿の中は気候が違うので、既に肌寒くなっており、十二月になると雪が降ってくるのだ。それは去年確認している。


「そうね。確かにあの寒い中で動くのはキツイわよね」

「動くのもそうだけど、雪の降る中テントで寝るんだよ。それがキツいと思うんだ」

「あ~、それは嫌ね」


 十二月に寒冷地で行動するのが嫌だという意見が一致したところで、十一月の末にボス討伐をすることが俺とエルフィの二人の中で決定した。




「う~、早くお湯を出してよ」

「いやいや、家に着くまで散々歩いたんだから、いくら凍えたといえ身体もすっかり温まったでしょ?」

「身体の芯から冷えたのは簡単に温まらないわよ。いいから早くお湯を出して」

「自分で出せばいいのに」

「出せるなら出しているわよ! なんなの? 嫌味?!」

「悪かったよ……。はい」

「最初から素直に出しなさいよ。まったく! ――あぁ~、生き返るぅ~」


 俺とエルフィは予定どおり専用伏魔殿に入り、日々魔物を駆逐して回っていた。

 当初は何も問題など無かったのだが、今日は予想外の事態が起こった。それは、予想より早く初雪が降ったことだ。しかし、予想の根拠は去年の初雪が十二月の序盤であったことだけなので、驚く程早かったわけではない。ただ、最悪の想定として十一月中の初雪は覚悟していたのだが、実際に降られると気分はダダ下がりだ。


 そんな俺達は、冒険者ギルドに立ち寄ることもなく直帰して、水場で身体を温めている。とはいえ、湯船があるわけではないので、俺が魔法で生んだお湯を大きめの盥の中で胡座をかいているエルフィにかけ流している。


「姉ちゃん、俺もそろそろお湯を被りたいんだけど」

「あんたの身体は温まっているのでしょ? あたしはやっと温まり始めたところなの」

「いや、水場で裸になっていれば、温まった身体も冷えてくるって」


 さすがの寒さに、俺の小さな相棒は更に縮こまって皮の中に引き籠もってしまった。……いや、引き篭もりはいつものことだ。


「仕方ないわね。ここに座ってお湯を掛けなさい」


 エルフィは胡座をかいていた足を解いて膝を抱えるように座り直すと、盥の後方に隙間を作り、俺にそこへ座れと言う。


 これって、姉ちゃんの背後から抱き着くような体勢になるんだよな。以前なら問題なかったけど、今だと身体が反応しちゃうし。……困ったな。


「ほら、早くしなさい」


 エルフィが振り返ると俺の腕を掴み引っ張る。俺は体勢を崩して意図せずエルフィの背後から覆い被さることとなった。

 仕方ないので、俺は意を決してエルフィの背後に腰を下ろした。


「ほら、早くお湯を出しなさい」


 体勢を崩したことで止まったお湯を早く出せと催促するエルフィに、俺は大人しく従うしかなかった。


 あ~、この体勢だと当然だけど当たるよね。姉ちゃんが何も言わないからいいけど、何か気不味いし、腕の置き場も困るな。


「もっとくっつかないとあんたにお湯がかからないでしょ」


 エルフィはそう言いながら手持ち無沙汰だった俺の腕を取り、自分の腰の辺りに導いた。


 あっ、これは拙い。


 エルフィを背後から抱き抱える格好になり、すべすべな肌に触れた俺は、咄嗟に拙いことになると確信した。


「ん? あたしのお尻の下にあったモノ・・が固くなったわよ? 何かしら?」

「姉ちゃん、申し訳ないけど気にしないで貰えるかな……」


 姉ちゃんはわかっていて言ってるのか俺には判断できないけど、できれば気付かないていでいて貰えると助かるんだけどな。


 縮こまっていた引き篭もりの相棒が、お湯を浴びて暖かくなり血の流れが良くなったのだろう、少しだけ元気になった。

 俺は自分に念を押す。他の何でもない、あくまでお湯のお陰で血行が良くなっただけなのだ、と。決して、浴場で欲情したとは認めたくないのである。


「何か、そこも温かいわね」

「いや、そう言うのいいから……」


 なにこの人? 天然なの? マジ勘弁して欲しいな。


 心がざわつく水浴びならぬ湯浴びだったが、すっかり身体が温まったエルフィは、満足した様子で部屋に戻って行った。


 そしてその夜、俺がエルフィをオカズに賢者となったのは言うまでも無いだろう。

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