第二十五話 絶望感に包まれたエルフィ

 ◇ ◇ ◇


 ブリッツェンは一人で突撃して行ったし、オークが来るまでは少し時間があるわよね? こんな状況は珍しいし滅多にないのだから、少しエドワルダとお喋りをしてみましょう。


「妖精様、ブリっち大丈夫?」


 あら? エドワルダから話し掛けてくるなんて珍しいわね。丁度良かったわ。


「ん~、寝不足で少し体調が悪いみたいだけれど、それでも問題はないと思うわよ。エドワルダは心配?」

「オーク強い。ボクは一対一じゃないと勝てない」


 へー、魔法を使えないのに、エドワルダは一対一ならオークを仕留められるのね。

 この子、こんな小さな身体……って、一部小さくない部分もあるけれど、今はいいわ。この体格に見合わない力があるのも、それはそれで才能よね。

 それに、魔法も使えないのに索敵ができるのも何気に凄いのよね。

 マーヤもそうだけれども、眠そうな目をした子は索敵能力が標準装備でもされているのかしら?


「エドワルダは一対一ならオークを何体倒せるのかしら?」

「分からない」

「そう」

「妖精様はオークを倒したことある?」


 ああ、あたしがオークと戦いたがらないから、オークと戦ったことがないと思っているのね?


「勿論あるわよ。ただ、気持ち悪いから戦いたくなないの。でも、それで避けていてはいけないものね。今日は戦うわよ」

「おー」


 感情の篭っていない声だけれど、この「おー」は『すごーい』とかそんな感じなのかしら?

 表情が変わらなくて言葉に抑揚のない子と会話するのはなかなか大変ね……。

 そうだ、あれを聞いておきましょう。


「そういえば、エドワルダは誰かとパーティを組むつもりなのかしら?」

「ブリっちと一緒がいい」

「でも、ブリッツェンは現状ここで冒険者をやっているわよ」

「上流学院を卒業したら、ボクもここ、くる」


 随分とブリッツェンに入れ込んでるのね。


「でも卒業までまだ三年以上あるでしょ? それまでにブリッツェンがここを出ていくかもしれないわよ」

「分からない、後で考える。でも、ブリっちとずっと一緒がいい」


 そうね、まだ先の話だものね。


「妖精様は冒険者、続ける?」

「あたしは来年で成人するのよ。そうしたら、来年からは王都の神殿本部に行くことになっているの。だから、冒険者は続けられないのよね。残念だわ」

「妖精様、王都に来るの?」

「そうよ」


 何かしら、エドワルダの表情は読めないけれど、少し嬉しそうな感じに見える気がするわ。


「王都に来たら、一緒に伏魔殿、行こ?」

「王都での生活がどうなるのかわからないのよね。でも、落ち着いたらたまにはいいかもしれないわね」

「その時は一緒に行く?」

「そうね、行けそうなときがあるのであれば、その時は一緒に行きましょう」

「約束」

「絶対に行けるとは限らないわよ? 行けるようであれば、と条件が付くけれど、それでもいいかしら?」

「分かった、それでいい」


 うん、気の所為ではないわね。エドワルダは無表情のままだけれど、嬉しそうにしているわ。

 ブリッツェンは表情の読めないエドワルダの感情が少読めるようだけれど、あたしも少しは読めるようになってきたわよ。フフンだ。


「妖精様、オークが見えてきた」

「ブリッツェンはまだのようね。エドワルダ、弓の準備を」

「ん」


 できることならあの醜悪なヤツらと戦いたくなかったのだけれど、これは戦わないわけにはいかないようね。


「まだ距離があるわ。もう少し様子を見ましょう」

「分かった」


 あの醜悪なヤツらが近付いてくるのを待つのなんて嫌だけれど、かといって突っ込んで行くのはもっと嫌なのよね。ここは、ブリッツェンの指示どおりに弓でどうにかするのが一番だわ。


「あっ」

ようやく来たようね。――エドワルダ、弓はもうしまっていいわ」


 ブリッツェンならあっちを片付けて駆け付けてくると思っていたけれど、一度はアレと戦う覚悟を決めたのだから、こうなると何だか悔しいわね。



 ◇ ◇ ◇



 エルフィの覚悟など知らぬ俺は大急ぎでオークを倒し、エルフィとエドワルダに向かっているオークの群れに突っ込んで行った。



「これでお終い……っと」


 ――ブギャー


 五体のオークを仕留めた俺はエルフィとエドワルダの許へ急行し、彼女らが戦闘状態になる前になんとか五体のオークの群れに迫り、全てを仕留めることができた。


「ブリっち凄かった」


 遠巻きに戦闘を見ていたエドワルダが駆け寄ってきて、労いの言葉を掛けてくれた。

 普通に考えたら、「凄かった」は戦闘を見た感想なのだろうが、エドワルダは戦闘後にいつも「良かった」や「安心できた」等の言葉を言うので、それは俺の中では『お疲れ様』と変換されるのだ。


「ブリッツェンがわざわざやらなくても、あたしが仕留めるつもりだったのに」

「ん? それなら討伐証明部位の剥ぎ取りは姉ちゃんに任せようか?」

「――! むしろ、それが一番やりたくないわ……」


 オークを毛嫌いしているエルフィが、自分がオークを仕留めるつもりだったなんて強がりを言うものだから、オークの討伐証明部位である鼻を剥ぎ取る作業を任せようとしたらものすごーく嫌そうに顔を歪めていた。

 そもそも俺……というか、オークから距離を置いておきながらそんなことを言っても全く真実味がないというのに。


「ブリっち、肉はこの袋に入れていい?」

「大丈夫だよ。その魔道具袋はどれくらい入るかわからないから、取り敢えず食べ切れるくらいの量だけ入れるようにね。俺は討伐証明部位を取ったら魔石を回収するから」

「分かった」


 魔道具袋に元から入っていた物以外も入れて良いと知ったエドワルダは、オークの肉を入れても良いのか訪ねてきた。

 エルフィは相変わらず距離を置いた場所で顔を歪めたままだ。


「さて、先に倒した五体の回収に行こうか」

「なによ、回収してきていないの?」

「だって、そんな呑気なことをしていたらここに転がってるオーク達が姉ちゃん達に襲いかかってきちゃうでしょ。だから回収は後回しにして、倒すだけ倒して急いでこっちにきたんだよ」

「オークの五体くらいあたしとエドワルダで片付けられるのだから、しっかり回収してきて欲しかったわね」

「はいはい、そんな離れた場所から言われても説得力がありませんよー」


 エルフィが「ムキーッ」とか言っているが、取り敢えず相手にしないことにした。


 その後、倒したまま放置中のオークの回収に向かうとオークは俺が倒したままの状態であったので、先程と同じように討伐証明部位を取り、続いて魔石を切り取った。


「ブリっち、焼く?」

「昼食にはまだ早いね」

「でも、消えちゃう」

「あー、それなら大丈夫だよ。魔道具袋の中は時間が止まっているから、肉は袋に入れた状態のままなんだ」

「おー」

「それでも伏魔殿の外で魔道具袋から中身の魔物の肉を出したら消えちゃうから、それは気を付けてね」

「分かった」


 エドワルダのこの素直さは凄く好感が持てる。


「あっ、そうだ。伏魔殿の中で魔物の肉を焼いたり、何らかの加工をして魔道具袋に入れておけば、伏魔殿の外でも食べることができるよ」

「本当?」

「本当だよ。でも、気付かないくらいの速度でゆっくり小さくなっていくから、出すのは食べる時だけにした方がいいよ」

「ん、ありがと」


 エドワルダの持っている魔道具袋の収容量がわからないから、あまり食材を溜め込ませないようにしないとかな? まぁ、エドワルダなら姉ちゃんみたいに魔物の肉をアホ程溜め込むことはないだろうけど。


「それより、早くここから移動しましょうよ」

「そうだね」


 オークの死骸に囲まれて会話をする俺とエドワルダに、エルフィが眉根を寄せてこの場を離れることを進言してきたので、素直にその言葉に応じてこの場を離れた。


 その後は再び探索を開始し、順調に得物を仕留めていた。

 しかし、順調に仕留めてはいたものの、なぜか今日の得物はオークばかりだったので、戦ったのは俺だけであった。

 エドワルダはオークに嫌悪感がないので戦わせてもよかったのだが、流れでそのまま俺一人が戦う羽目になっていたのだ。


 現在の時刻は昼食にしては少し遅い時間に差し掛かってしまっているが、食いしん坊のエルフィが珍しく「そろそろお昼にしましょう」と言ってこない。

 それもひとえに、『オークを食べたくない』、これに尽きるのだろう。


「お腹減った」


 エドワルダがポツリと呟いた。


「そろそろお昼にしようか」

「ん」

「…………」


 テンションが上がったような雰囲気を纏ったエドワルダ、この世の終わりとでも言いた気な絶望感に包まれたエルフィ。

 ここは弟としてエルフィのテンションを上げてあげたいのだが、腹も減ってるし、何れは通らねばならぬ道であるのだから早めに通ってしまおう、ということで、エドワルダによりオーク肉が調理される運びとなった。


「姉ちゃん、二人で苦手を克服しようぜ」


 ちょっと爽やかな感じでサムズアップした俺だったが、エルフィの渋面はオークに対してではなく、俺に対して向けられた。


 ちょっと爽やかさを演じただけなのに、そこまで嫌そうな顔をしなくてもいいんじゃないかなぁ……。


 エルフィから向けられた凍て付くような視線に、俺はかなり落ち込んだのであった。

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