第十四話 『俺達専用』の伏魔殿

 久しぶりの通常の森で、仮冒険者となってから初めての狩りはなかなか順調であり、獲物は小動物がメインであったがそこそこの数を仕留め、イノシシも一頭だが仕留めた。


「リーダー、イノシシ十頭の依頼がありましたけどぉ、一頭から受け付けていましたよぉ」

「それならこのイノシシを売ろーよー」

「賛成」

「初依頼っすね」

「一頭からでも大丈夫なら、ただ素材を換金するより依頼報酬も貰えてお得だな。まぁ、微々たる儲けだけど、その積み重ねが大事だしね」


 こうして、事後でも依頼を受けられるのだから、確実にこなせる依頼だけをしっかりこなしていけば、「あの若いパーティはなかなか有望だな」なんて噂になって、将来的にその評判が役に立つかもしれないしね。


 俺はそんな評判など要らないが、シュヴァーンの皆が正式な冒険者になって楽な生活ができるように、俺は俺にできる手伝いならしてあげたいと思っているのだ。


 その後冒険者ギルドへ着くと、イルザの言っていた依頼を確認し、まだ受け付けていたのでその依頼札を持って手続きをした。

 依頼報酬自体は一頭につき銀貨十枚で、一人あたりだと銀貨二枚となるが、それでも日本円に換算すれば一人二千円の上乗せだ。そして、依頼報酬以外に素材の換金額も加わるののだから、微々たる金額でも悪くない。


「今日は冒険者となって初めて依頼報酬を貰ったし、夕飯は外食にしようか?」

「賛成っす」

「美味しいものが食べたいですぅ」

「何にしよー」

「肉」


 マーヤの一言により、肉料理に決定した。


 まぁ、明日の朝食は今日狩ったウサギだから、また肉を食べるんだけどね。


 冒険者は自分で獲物を入手できるので、どうしても肉を食べる機会が増えるのだが、それでも肉が食べられる機会の少なかった皆は、『肉はもう飽きた』などと思うことはないようで、食べられるならいつでも肉を所望するようだ。



 ちゃちゃっと食事を済ませ、冒険者として初日を無事に終えられた。


 もとより、冒険者になるのがゴールではなかったのだから、これからも気を引き締めて頑張らなきゃね。

 まぁ、厳密に言えばまだ仮冒険者だから、正式な冒険者ではないんだけどさ。


 そんなこんなで、冒険者として初日を終えた夜に、『あたしは所属ギルド登録すらしていないのに!』と憤慨するエルフィを宥めるのが大変だった。



 冒険者として初の依頼をこなしてから数日後、エルフィと一緒にメルケル本家であるメルケル男爵家に来ていた。

 用件は、当然『伏魔殿に入る許可』を貰うことだ。


 応接室に通され、ソファーに腰掛けて待っていると、伯父であるメルケル男爵が姿を現した。


「待たせて悪かったな」

「こちらこそ、お忙しいところにお邪魔してしまってすみません」

「そう畏まるな」


 グレーの髪をオールバックにし、口髭がよく似合っている伯父は、父より十歳くらい上なので五十を超えて少々だろうか。四十歳で初老と呼ばれるこの世界に於いて、初老と言うにはやや薹の立っている伯父だが、まだまだ暫くは現役でやっていけそうな元気さがある。


「ゴーロから話は聞いているが、伏魔殿の件か?」

「はい、そうです。先日になりますが、冒険者学校を卒業しまして仮冒険者となりました。伏魔殿での実習訓練も経験しましたし。それで、生意気かもしれませんが、通常の森では少々歯応えが無いもので、可能でしたら伯父さんの所有する伏魔殿に出入りする許可をいただけないかと思い、本日お願いに参りました」


 言葉の駆け引きは苦手なので、俺は直球で願い出てみた。


「ハイナーに初等学園時代からブリッツェンの腕が立つとは聞いていたし、盗賊退治の件も勿論知っている。そのブリッツェンであれば問題は無いと思うが、こちらでは一切の責任を負わんぞ」

「それは構いません。逆に、伯父さんに迷惑をかけないように気を付けようと思っているくらいです」

「こちらに迷惑がかかることもそうそうは無いだろう。それよりも自分の心配をしなさい」

「はい。ご心配いただきありがとうございます」


 取り敢えず問題は無さそうだな。


「で、エルフィはブリッツェンの付き添いか?」

「わたくしも先日、ブリッツェンと一緒に冒険者学校を卒業いたしましたのよ伯父様」

「エルフィは神殿勤めをしていると聞いたが、其方も冒険者になったのか?」

「神殿でのお勤めの傍らに冒険者稼業も行おうと、少々欲張ってしまいましたわ」


 口元に手を寄せ「おほほほほ」などと、エルフィらしくないわざとらしい声を出しているが、穿った見方をしなければ貴族令嬢と思えなくもない。


「それで、エルフィも伏魔殿に入りたいと?」

「わたくしは既に十三歳ですので、伯父様の許可が無くても伏魔殿に入れますの。ですが、わたくしは弟と一緒でなければ伏魔殿に入る予定はございませんので、弟が伏魔殿に入るご許可を頂けるように付いて参った次第でございます」

「それなら許可は出す」

「ありがとう存じます」


 うん。ここまではトントン拍子に決まったな。


「それと、図々しいのは承知で、もう一つお願いがあるのですがよろしいですか?」

「何だブリッツェン、言ってみなさい」

「はい。仮冒険者の私と神殿勤めの姉が伏魔殿で活動すると、必要のない注目を集めてしまう可能性があります」

「うむ、ブリッツェンはどうにも成長が遅く、冒険者とは到底思えない小さな子供に見えてしまうのでむしろ目立つ。神殿で目立っているエルフィも人目を集めるだろうな」


 伯父さんの視線が僅かに上を見たのは、……俺の髪か。気を遣わせてしまったな。


「はい。それなので、一般開放していない伏魔殿に出入りできるようにして頂けないかと思いまして」


 実際は、人目を気にせず魔法が使いたいだけなのだが、それを言うわけにはいかない。

 そんな俺の都合を抜きにしても、俺達が一般開放されていない伏魔殿に入ることによる利点が伯父にはある。それは、俺達によって無人の伏魔殿での魔物の間引きが行われ、氾濫の危険性を減らせるのだ。たかだか子供が二人と侮るべからず。滅多に間引きが行なわれない伏魔殿に定期的に俺達が入ることで、討伐隊にかかる経費をかなり抑えられるだろう。それに伯父は気づくだろうか。


「う~む、確かに全ての伏魔殿を開放しては管理仕切れないので、我が領には立ち入り禁止の伏魔殿がある。氾濫防止のために定期的に領の軍を入れているが、全てをきっちり回っておれなかったはずだ。よし、伏魔殿一つをお前たち専用としよう」

「ありがとうございます」


 うん、流石領主だ。しっかり利点に気付き、ただ俺達を入れるのではなく、領地経営の一環として俺達を使おうとしてる。

 仮に俺達が死んでも自分の責任はなく、それでいて氾濫防止にもなる。無駄な経費を使わずに氾濫防止をしてくれるのだ、伯父にとっては得しかない話にしっかり乗ってきたな。


「くれぐれも無茶はするなよ。責任はお前たち自身にあるとは言え、姪と甥に何かあったらゴーロに顔向けできんからな」

「それは重々承知ですし、父にも自己責任であることは言われております。伯父さんにご迷惑はおかけいたしません」

「では、通行許可証は後日送っておく。何かあれば通行許可証を巡回中の衛兵に見せなさい。それで問題は起こらない」

「何から何までありがとうございます」


 こうして、俺は伏魔殿に入る許可を得た。


 俺達が帰る間際、伯父は冗談めかして『伏魔殿を平定しても構わんぞ』と言っていたが、それなら本当にボスを討伐して平定してやろう、と心に秘めた『いつかやってやるリスト』にメモしておいた。

 実際にボス討伐の目処が立ったら、その時は一応お伺いを立てるだろうが、取り敢えず目標が一つできたのは喜ばしい。



 それから数日、通行許可証の到着を待ちつつシュヴァーンと行動していた。

 シュヴァーンのメンバーには、二勤一休で活動すると既に伝えてある。

 休日の概念が少ないこの世界だが、『人生には減り張りが必要だ』と俺が力説して納得させた。

 実際、伏魔殿に入れなくても二勤一休でも生活できる収入は得ているので、身体が資本の冒険者をやるには休日は必要だと思う。


 まぁ、全てが建前ではないけど、俺が伏魔殿に入る時間を捻出するための措置であることは言えないな。



そんなこんなで、漸く伏魔殿に入る通行許可証が手元に届き、エルフィが自由に動ける時間が確保できたので『俺達専用』の伏魔殿にやってきた。


 正式な神官ではない仮神官や見習い神官は、公務員的な神官を目指す一般人であり、お手伝いさんなのだ。そのため、自分の都合の良い時間に神殿に赴き祈りを捧げたり奉仕や神官の手伝いをしているのだが、有望な者は将来を見込んで正式な神官のように扱われる。

 エルフィは一番の有望株であるので、当然ながら正式な神官のように扱われており、自由に時間が取れない。だが、エルフィは持ち前の外面とアホな割には達者な方便で、俺に合わせた二勤一休を勝ち取っていた。


「じゃあ、久しぶりの伏魔殿に入るよ」

「ここはどんな所なのか楽しみね」


 エルフィが「ここはどんな所か」と言ったとおり、伏魔殿にはいろいろな形態がある。

 冒険者学校が使用していた伏魔殿のような、森林形態が最も多く見かける形態だが、沼地や湖など水の多い形態があるかと思えば、逆に水の枯れた砂漠の形態であったりもする。また、常夏や寒冷地など気温が伏魔殿の外とは全く違う場合もあるのだ。


「よいしっ……、肌寒いな」

「凍える様な寒さではないけれど、外より断然寒いわね」


 境界を抜けると見慣れた森とは若干違う樹木が生え揃っているが、あまり違和感はない。しかし、気温は伏魔殿の外に比べるとなかなか低いようで、例えるなら、関東平野に住む住人が「そろそろ冬だな」と思う秋の終わり頃の気温だ。


「取り敢えずローブでも纏えば少しは誤魔化せるかな?」

「動きにくくなるけど、この寒さの中をこのままの格好でいるよりマシね」


 俺達の住む土地は四季の概念が一応あるのだが、冬でも雪が降るような気温にならない。ましてや今は夏の終りとはいえまだまだ暑い季節だ。

 そのため、一応は危険な森で肌を露出しない服装をしているが、それでも通気性はあっても保温性など考慮されていない服なので、この場に相応しい服装ではない。

 ちなみに、エルフィは修道服的な神官服を着用しているのだが、動き易さに重点を置いた魔改造が成されているため、深いスリットの入ったチャイナ服みたいなことになっている。


 魔道具袋もどきからローブを取り出し、それを纏った俺とエルフィの二人だが、それでも「多少マシ」程度にしか感じなかった。


「動けばそのうち身体も温まるさ」

「ここまで歩いてきて、それなりに温まっていると思うのだけれど……」

「き、気の持ちようだよ。さぁ、早く獲物を見付けて狩ろうぜ。姉ちゃんの好きなアルミラージはいるかなー」

「そうよ! アルミラージを沢山狩るわよ!」


 単純なエルフィは、簡単に態度を一変させた。


 姉ちゃんはチョロくて扱い易いな。そんな失礼なことを思いながら、周囲を索敵しつつ『俺達専用』伏魔殿の中を進み始めた。

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