第六話 皆でクマ退治

「クマを発見したようだが、やれるかシュヴァーン?」


 森での実習訓練は、各パーティの斥候が一時的に組んで偵察をしているのだが、斥候がクマを発見したことを教官に伝えると、教官はシュヴァーンにやれるかと聞いてきた。

 俺は皆の顔を見回すと、全員が力強く頷いているのを確認した。


「やります」

「では、今回のクマはシュヴァーンに任せる」


 斥候隊の一員としてクマを見てきたマーヤが、クマが大型であること、風下から近づけそうであること、少々気が立っていた様子であったことを教えてくれた。


「気が立ってる大型となると、正面からヨルクが抑えるのは厳しいだろう。それなら、風下から接近できることを利用しよう」

「具体的にはどうするんすか?」

「俺が背後から接近して足の一本を破壊して機動力を奪うのが一番かな」

「それだと、あーし達の訓練にならないよリーダー」

「自分も賛成しかねるっす」


 一番危険の少ない作戦を伝えると、ミリィとヨルクが異を唱えた。

 俺は自分の案をそのまま使ってもらっても構わないのだが、この様な反論は皆の向上心があるからこそだと思えるので、案を蹴られて臍を曲げるのではなく、素直に嬉しく思っている。


「代案はある?」

「エルフィ様とマーヤが弓で牽制して、ヨルクとリーダーがクマの目の前でクマの注目を引き付け、あーしとイルザでクマの背後から足を潰すってのはどーかなー?」

「あたしはそれで良いと思いますよぉ」

「他の皆は?」


 全員がミリィの案に賛成を示したので、実行に移すこととなった。


「最初の牽制だけど、手傷を負わせられるに越したことはない。振り回されると厄介な腕を封じるまではできなくても、少しでも傷を与えられるように二人は弓を」

「わかったわ」

「了承」


 先制の弓矢を放つエルフィとマーヤに先ずは指示を出す。


「攻撃を受けたクマの注意が後方に向かないように、俺とヨルクはクマの目の前に飛び出す。ヨルクは無理に攻撃を受け止めようとしないように」

「了解っす」

「イルザとミリィは、クマが立ち上がったら背後から足を潰す。序盤は一撃離脱で、焦らず回数を重ねて潰すことを忘れないように」

「頑張りますぅ」

「任せてー」


 タンクのヨルク、攻撃のイルザとミリィにも指示を出す。


「姉ちゃんとマーヤは、味方の動きを見て、もし外れても味方に当たらないように矢を放って、状況によって行けそうなら近接攻撃に移る感じで」

「近接に移行するのはこっちの判断でいいの?」

「姉ちゃん達に任せるよ」

「了解よ」

「ん」


 エルフィの口調が俺と二人っきりの際のものになっているが、全員が真剣に俺の指示を聞いているので誰も気付いていない、若しくは気にしていないようだ。


 うん。余計なことに神経を回していないのはいいね。


 最後によるヨルクと細かい打ち合わせをし、六人となった新生シュヴァーンの初戦である大型クマとの戦いの準備は整った。


 そして、皆がそれぞれの配置に就くと、いよいよ戦闘開始である。


 ――シュシュ


 矢の放たれた音が二つ重なって聞こえた。


「行くぞヨルク」

「はいっす」


 肩に二本の矢が刺さったクマが忌々し気に頭を振っているのを視界に捉え、俺とヨルクはクマの前に姿を曝け出した。

 すると、想定どおりにクマは四つ足で駆け出し、こちらへ突進してきたのだ。


 ――シュ、シュ


 再び矢が放たれた音が二つ聞こえると、更に二本の矢がクマの胴体に突き刺さった。

 それでもクマの足は止まらない。

 俺はそんなクマを視界に捉えつつ、イルザとミリィの隠れている姿を確認した。


「引くぞヨルク」

「ういっす」


 俺とヨルクは予め決めていたとおり、一時背走してクマを誘き寄せる。背走した先には太い幹の大樹が聳え立っているのだが、その大樹を俺とヨルクは左右に別れて避けた。

 すると、俺達に切迫していたクマは、これもまた想定どおりにその大樹にぶつかってくれたのだ。

 そんなクマだが、グワアとくぐもった声を漏らすと、怒りを露わにして二本足で立ち上がり、荒い鼻息で俺達を睥睨する。


「よいさー」

「えいぃ」


 何とも気の抜ける掛け声と共に、隠れていたミリィとイルザが飛び出し、ミリィがクマの左脚の膝裏に槍を突き刺し、イルザは右足の膝裏にメイスを叩きつけた。

 クマは再びグワアと悲鳴を漏らすと、後方に向かって腕を振り回す。


「引けっ!」


 俺は大声を出して二人を引かせると、クマの注意を引け付ける。


「ヨルク」

「はいっす。ほれほれこっちだ」


 俺とは反対側にいるヨルクが、何とも安っぽい挑発の言葉を口にしてクマの注意を引き付ける。

 それでもクマはまんまとヨルクに釣られるが、ヨルクはすかさず大樹の影に隠れ込む。それを追うようにクマが右脚を前に踏み出すと左脚にイルザがメイスを叩き込んだ。が、クマの体重が乗っていなかったので、思いのほかダメージを与えられなかった。


「手応えが無かったですぅ」

「イルザすぐ離れろ」

「はいぃ」


 俺はイルザに声を掛けながら、隠れるヨルクと変わってクマの前に姿を出した。


「少し削っておくか」


 盾持ちの前衛はヨルクなのだが、ヨルクの持つ小径のラウンドシールドでは、クマのような大型の獣の攻撃を盾で受け止めるのは無理だ。そうなるとクマの動きを完全に停止させられないので、長期戦になってこちらに負傷者が出る可能性が増える。そしてそれは想定済みだったのだが、ここはクマの動きを少し鈍らせることにした。


「ふんっ!」


 ――ガツッ!


 クマの懐に潜り込み、槍の石突をクマの顎に叩き込んだ。


「ミリィ、イルザ」

「はいよー」

「えい」


 ――シュ、シュン


 俺の槍での突き上げに、クマが棒立ちになった所で足を潰すミリィとイルザ、それに合わせるように空気を切り裂く矢の音が二つ聞こえた。


 グワアアアア


 堪らず、といった感じでクマが悲鳴を上げた。しかし、意識が朦朧としているのだろうか、クマはこれといった動きを見せない。


「今の内に足を潰せ」


 ここでクマの足を潰せれば、この後は皆で総攻撃をかけるだけだ。


「加勢いたしますわ」

「姉ちゃん、腕を潰して」


 遊撃手のエルフィが近接戦闘に加わり、マーヤもエルフィに続いた。

 とはいえ、今のクマは一時的な脳震盪かなにかで動きが鈍っているだけだ。ここで足が潰せなければ一からやり直しになる。


「ヨルク、クマがいつ正気を取り戻すかわからんからな。気を抜くなよ」

「ういっす」


「えいぃ」


 グワア


 俺の心配を他所に、イルザのメイスがクマの右脚を粉砕した。

 続いてミリィもクマの左脚を潰したようだ。


「機動力は奪えたけど、形振り構わずに前脚を振ってくるから油断するなよ」


 両後ろ脚を破壊されたクマは、力の入らない後ろ脚で踏ん張るのを諦めて尻餅を着き、ガウガウ呻きながらも前脚を振り回している。

 油断しなければそんな攻撃を喰らわないと思うが、万が一喰らってしまうと大怪我を負ってしまうだろう。

 ここは慎重を期して、安全重視でクマを仕留める。


「ヨルクはそのまま注意を引き付けて」

「ういっす」

「姉ちゃんは隙きを付いて腕を狙って」

「了解よ」

「イルザとミリィは警戒」

「はいぃ~」

「ほーい」

「マーヤはクマの動きが鈍ったら背後から首を」

「了承」


 皆でタコ殴りという選択肢もあったが、安全を重視しつつ最後まで連携を忘れないよう、しっかり役割を果たす布陣で挑む。


「はい――そりゃー」

「とう」


 エルフィが上手くクマの前脚を無力化し、マーヤが背後からクマの首にナイフを突き刺し止めを刺した。


「うん。なかなか良かったんじゃないかな」

「そうね。私は初めてシュヴァーンと一緒の戦闘に参加したわけだけれども、皆がしっかり自分の役割を果たしていて、共同戦闘の良さを実感できましたわ」

「でも、あそこでリーダーがクマに一撃入れたから、回数を重ねるって作戦が台無しだったっす」

「それは……ごめん」

「どーせリーダーは、あーしたちを気遣ってくれたんでしょー。でも、もー少しあーしたちを信用して欲しーよねー」

「それはあたし達がぁ、まだ頼りないからなのですぅ。リーダーに信用されるようにぃ、もっと頑張らないといけないわぁ」

「精進」


 俺が無難な評価を口にすると、エルフィも初参戦の感想を語った。口調はいつもの余所行き用だ。

 しかしながら、俺が早めに仕留める手助けをした行動が四人には不満だったようで、俺もあまり過保護にしないようにと反省をした。


「シュヴァーンは一ヶ月の実習訓練でかなり良くなっていたが、新戦力の加入で更に安定してきたようだな。そのまま解体もやってしまってくれ」

「わかりました」


 教官からはお褒めのお言葉を頂き、皆は意気揚々とクマの解体を始めた。

 エルフィには実家にいた頃に解体を教えており、俺が狩ったクマの解体も経験済みなので問題はなかった。


 この日の戦闘はこの一戦だけであったので、訓練終了後は反省会を行った。


「リーダー、自分ちょっと考えていることがあるっす」

「盾かな?」

「よくわかったすね? そうなんす。もともと盾で攻撃を受けながら剣で攻撃するつもりだったっす。なのでラウンドシールドを使っていたんす。でも、攻撃は皆に任せて、自分はもっと大きな盾で攻撃を受け止めた方がいいと思うっす」

「それは俺も思っていたけど、当の本人であるヨルクが納得しないなら無理強いになりそうで口にはしなかったんだ。でも、ヨルクがそう判断したのなら、そうするのが良いと思うよ」


 ヨルクの使っているラウンドシールドは、ラウンドシールドとしては最小といえる直径三十センチ程の小さい物で、パーティの盾役としてでは無く、あくまで自分を守る用の盾だ。

 そんな小さな盾しか持っていないヨルクに、俺はタンクとしての役割を振っていたのだが、役割を理解したヨルクは自分で大きな盾が必要だと結論付けた。


「ただ、大きな盾は高いっす。それで、パーティ資産から援助して貰えると助かるっす」

「ヨルクが使う盾は、パーティの皆を守る盾なのだから俺は問題ないと思うけど、皆はどうかな?」


 メンバーは皆コクコクと頷き、ヨルクの盾の購入にパーティ資金を使うことを了承してくれた。


 実習訓練で得た素材から貰えるお金は、俺を入れて五人だった頃から半分をパーティ資産として貯蓄して、残りの半分を五等分していた。

 こうしておけば、個々で貰える金額は少なくなるが、その分だけパーティとして必要な支出は個人負担がない状態で支払える。

 現状では、マーヤの弓矢などは消耗品なので、マーヤ個人が背負うのは負担が大きくなってしまうため、矢はパーティ資金で購入しているし、将来的には野営装備などもこの資金で購入する予定だ。



「これとか良いっすね」

「とはいえ、タワーシールドは流石に高いな」

「そーっすね……。今の自分には手が出せない金額っす」


 ヨルクの盾を新調するために武具屋にやってきたが、大盾であるタワーシールド、それも金属製の物はなかなかの値段であった。


「こっちの木製の物に革で補強したのだったら少し安いよー」

「すぐ壊れたら、また買い直すのにお金がかかる」


 ミリィとマーヤもパーティに関することなので、真剣に盾を探してくれている。


「安い物を買ってすぐに駄目にしてしまうよりぃ、少し高くても良い物を買った方が良いとあたしは思いますぅ」


 イルザの言い分は尤もだ。だが、まだ冒険者にもなれていない者が、手持ちの資金で買えない品を無理して買うのは如何な物かと思う。が、安物買いの銭失いはそれはそれで後々の資金繰りが厳しくなってしまう。


 すると、エルフィが俺に近付いて来て耳打ちしてきた。


「ここは先行投資ってわけではないけれど、あんたが資金提供してあげれば?」

「う~ん、自分達の資金で遣り繰りさせる方がいいと思うんだけど、それで安物を買ってすぐ壊れるよりは最初から壊れにくそうなのを買わせた方がいいかな?」

「これから伏魔殿に入るのでしょ? それを考えれば、素材報酬も増えるし大丈夫じゃないかしら」

「それもそうか」


 俺が援助できる資金を持っていないのであれば考える余地は無いが、ここで出せるのに出さず、後々何か起こっては後味が悪い。それなら先行投資しておくのは悪くないだろう。


「ヨルク、今回は俺が立て替えるから、しっかりした物を買おう」

「いいんすか?」

「かまわないよ。それより、買ったけど扱えませんじゃお話にならないからね。扱えるかしっかり確認してみて」

「了解っす」


 ヨルクが一通り盾を手に取り確認し終えた。

 十歳の割に身長が高いヨルクだが、それでも成人男性よりはまだ小さい。しかし、そんなヨルクでも扱える鉄製のタワーシールドがあったのでそれを購入した。

 円柱を半分に切った……とまではいかないが、かなり曲面のあるタワーシールドは、前方のみならず側面からの攻撃もかなり防げる作りなので、身体を縮めるとすっぽり盾に収まれそうだ。


「リーダー、ありがとうっす」

「礼はいいから、明日から教官に盾の扱い方をしっかり学んで、一日も早く実習訓練に出れるように頑張ってくれよ」

「はい、頑張るっす」


 専属の盾職として盾の扱い方を学んでいないヨルクは、明日から元盾職冒険者の教官から指導を受けてもらうことにした。

 ヨルクが抜けるシュヴァーンは前衛がいなくなるので、俺が前衛をする。そのため、実習訓練はクマなどと戦わないで済むように訓練をさせてもらう予定だ。


 まぁ、俺がガッツリやればクマが相手でも問題ないけど、それだとシュヴァーンの成長にならないからね。


 それから約二週間、シュヴァーンはヨルク抜きで実習訓練を受けていたが、予想どおり、俺がいるので何ら問題はなかったのであった。

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