第五話 白鳥

「そこまで!」


 教官から終了の声を聞いたシュヴァーンのメンバーは、肩で息をしながらその場にへたり込んだ。

 シュヴァーンとは白鳥を意味するらしく、白鳥のように努力は見せずに優雅に振る舞おう、とヨルクが言い出して付けられた彼らのパーティ名らしい。


 カッコつけのヨルクらしいと思うが、若い内は形振り構わず頑張った方がいいのに……というか、白鳥って優雅に見えてその実、水面下では必死なんだよな。それなら、皆も見えない努力をしっかり頑張ってもらおう。


「お前達は三人が身体強化を使えるにも関わらず、それを連携に使えないのは勿体無いぞ」


 なんと、シュヴァーンの四人はイルザを除いた三人が身体強化の魔術を使えるのだ。そのため、皆良い動きをするのだが、パーティとしての動きは噛み合っておらず、残念ながらバラバラなのであった。

 なんと言うか、各々の我が強く、自分が自分がと動いているように感じる。


「取り敢えず、向こうに行ってパーティで話し合え」


 教官はそう言うと、次のパーティを指導するためにシュヴァーンを移動させる。


「シュヴァーンのリーダーはヨルクだよな?」

「そうっす」

「なぜ指示を出さないんだ?」

「指示とか良くわからないっす」


 気になったので聞いてみたらこれである。


「俺が見た感じ、個々の動きは悪くないと思うけど、パーティとしては確かに機能してないと思う」

「でも、四人がかりなら仕留められるっす」

「う~ん、少し休んだら動けるか?」

「少し休めば大丈夫っす」

「あたしも大丈夫ですよう」

「あーしも」

「マーヤも」

「わかった」


 俺が相手となり、少々烏滸がましいが対戦しながら指示を出してみようと思う。



「もう大丈夫っす」

「それじゃあ、俺が獣役になるから攻撃してきて。そうそう、指示は俺が出すから」

「危ないですよぉ~」

「うん、だから身体強化は使わないでね」


 俺は少しおどけてみせ、皆をリラックスした状態にしてあげようとした。

 一応、大まかな説明をし、皆に所定の位置に立ってもらって訓練を開始する。


「そんじゃー行くよ。まずマーヤは牽制で矢を放って」

「ん」

「ヨルクは盾を構えて俺の進路を塞ぐ」

「ういっす」

「ミリィはヨルクの影から槍を伸ばす」

「おー」

「マーヤはすぐ動く。イルザは横からメイス」

「ん」「えい」

「マーヤはそこからナイフ」

「や~」

「よし」


 大雑把だが、それぞれに役割をもたせて連携を意識させてみた。

 俺の見立てでは、小柄で素早いマーヤの動きが一番良く感じたので、最初に弓を使わせ、その後は接近して最終的に止めを刺す動きをさせたのだ。

 ヨルクは盾として足止め役、ミリィはヨルクの影から攻撃をさせ、怯んだところを身体強化が無くてもメイスを軽々と振れるイルザが攻撃する。それで仕留めきれなかったのでマーヤの出番となった。


「こんな簡単な役の割り振りでも、どうにかパーティとして機能したと思わないか?」

「自分が仕留めなくていいんすね」

「あたしは役立たずなので邪魔しないようにしてましたから、役割があるのが嬉しいですぅ」

「動き回れないのは何か嫌だけど、動き回るよりこの方が連携してる、って気がしたよー」

「弓だと皆に当たりそうで難しかった。けど、牽制か。いいかも」


 それぞれが思い思いに感想を口にしていた。


「こんな感じで、事前に大まかな役割を振って、後は臨機応変になるね」

「あの~」

「何んだいヨルク」

「ブリッツェン様がリーダーになって指示をしてくれないっすか?」

「でも、リーダーはヨルクだろ?」

「それは自分しか男がいなかったからで、指示とか無理っす」

「まぁ、引き受けてもいいけど、それは暫定的だからね。ヨルクは俺がどんな指示を出しているか覚えてね」

「了解っすリーダー」


 なぜか俺がシュヴァーンのリーダーになってしまい、皆からリーダーと呼ばれるようになっていた。



 翌日、俺も含めた五人で教官からの指導を受け、問題ないだろうとのことで、早々に森へ入ることが許された。


「リーダーが入った途端に森入りが許されたっす。流石っす」

「もともと皆の実力なら入れてたと思うよ。まぁ、連携の練習で本来ならもう少し時間がかかったと思うけど」

「でもぉ、その連携が課題だったのでぇ、それを一日で合格にしたのはリーダーのお力ですよぉ」


 まぁ、そう言う事にしておこう。



 更に翌日、シュヴァーンとして初めて森の実習訓練にきていた俺達は、一匹のはぐれオオカミを視界に捉えていた。


「役割は打ち合わせ通りだ。マーヤが先ず弓矢で先制攻撃。これは当てられるなら当てていい。オオカミの視界にはヨルクだけが入るように。オオカミが向かってきたらミリィはすぐにヨルクの背後に。そして、オオカミが飛びかかってきたらすかさず槍を叩き込め。イルザは無理はしなくていいから、隙があれば側面からメイスを叩き込んで。マーヤは先制の矢を放ったら距離を詰め、オオカミが逃げたら逃がさないように矢を飛ばす。わかった?」

「了解っす」

「頑張りますよぉ」

「やってやるよー」

「了承」

「焦らずやろう。じゃあ、配置について」


 こうして、シュヴァーンの初戦が始まった。


「よし、マーヤいつでもいいぞ」

「ん」


 ――シュン!


 キャン!


 ――ドサッ!


「あれ?」

「倒れた」


 何と、マーヤの放った矢に反応したオオカミが振り返ったのだが、それが幸か不幸か脳天に突き刺さったようで、その一撃でオオカミが倒れてしまったのである。

 まさかの結末に、皆が唖然とした表情をしている。


「まぁ、パーティとしては不完全燃焼だったけど、こんなこともあるさ。気を抜かず次を頑張ろう」


 その後は他のパーティと共に、監視として同行していた教官から解体の指導を受けた。

 メインとなるオオカミの毛皮を損傷させないように綺麗に剥き、本来なら食肉にしないオオカミだが、授業なので食べると仮定して解体していく。

 ちななみに、教官の人数の都合で四パーティに教官が二人付いて、一パーティに一人の教官が付いて実習、三パーティに一人の教官が付いて待機、という感じで森の中で行動する。


 授業中に得た素材は、仕留めたパーティに冒険者学校から報酬が出る。しかし、冒険者が貰える換金額よりは若干少ない。だが、それでも臨時収入には違いないので皆は大喜びだ。


「今日の訓練は終了だ」


 教官から本日の実習訓練の終了が告げられた。

 四つのパーティが交代で狩りを行う都合上、どうしても待ち時間が長くなってしまう。


「今日はマーヤが一発撃っただけで、自分たちは何もできなかったっすね」

「ごめん」

「マーヤの所為じゃないよー」

「こんな日もあるのですぅ」

「解体も冒険者には必要な技術だからね。それを学べたのだから良しとしようか」


 今日は俺達シュヴァーンは瞬殺だったのだが、他のパーティの狩りは尽く時間がかかってしまい、結局シュヴァーンの二戦目は無かったのだ。



 翌日からも実習訓練は行われ、シュヴァーンは順調にパーティの本分である協力して戦うことを学んでいった。


 それから約一ヶ月――


「シュヴァーンも漸く伏魔殿での実習訓練となるけど、言っておいたとおり、俺は姉ちゃんとパーティを組んで森の実習訓練を受けるよ。皆なら四人でも十分に連携して戦えると思うから、伏魔殿での実習訓練も問題ないさ」


 座学と基礎訓練を終えたエルフィは、二ヶ月目から通常の森での実習訓練となる。その際にたとえ二人であっても複数人でのパーティを組む必要があるので、俺がもう一ヶ月森は実習訓練を受けることにして、エルフィとパーティを組む。


「その件っすけど、自分達はリーダーがいてなんとか連携が取れているので、その状態で伏魔殿に入るのはまだ早いと思うんす。なので、エルフィ様も含めて、もう一ヶ月は一緒に森で実習訓練を受けようと思うんす」

「それだと、金貨一枚を無駄にしないか?」

「無理して伏魔殿に入っても、多分もう一ヶ月やることになりそうな予感がするっす。それなら、リーダーとエルフィ様と一緒にやりたいっす」


 何だかこっちの都合に合わさせてるようで悪い気がしたのだが、イルザとミリィ、マーヤの三人もそうしたいと言うので、シュヴァーンはエルフィも含めて六人でもう一ヶ月通常の森で実習訓練を受けることとなった。


「あたしの都合に皆を巻き込んでしまったみたいで何だか申し訳ないわね」

「俺もそう思うけど、皆がそれでいいと言ってるからね、その気持ちを無碍にはしたくないんだ」

「こんなことなら、最初からブリッツェンと一緒に冒険者学校に来ていれば良かったわ」

「そういうことではないと思うけど……」


 シュヴァーンの方針をエルフィに伝えると、エルフィは相変わらずズレた反応をしてみせた。



 翌日はパーティを決める日で、その後は親睦を深める時間となっていた。

 エルフィとイルザは時間のあれば二人で一緒に神殿に行っていたので、既に顔見知りであった。そして、アンゲラに憧れているイルザが俺に憧れたように、エルフィにも憧れを抱いているらしい。


「これからはエルフィ様と一緒にぃ、パーティ活動ができるのですねぇ」

「私の所為で伏魔殿に行けなくなってしまってごめんなさいね」

「そんなことはございませんよぉ。あたしはエルフィ様とご一緒できることの方が嬉しいのでぇ、感謝の気持ちで一杯ですよう」

「そう仰っていただけて、私も感謝の念に堪えません」


 イルザとエルフィはこんな感じで、和やかに遣り取りをしている。ただ、エルフィが余所行きの仮面を被っているため、些かお硬い口調なので俺としては違和感を覚える。


「自分はエルフィ様を知らなかったっす。でも、リーダーのお姉さんなだけあって、やっぱ凄い人なんすね」

「二人のお姉さんのアンゲラ様わー、王都の神殿本部に行ってるってイルザに聞いたよー。凄いねー」

「『メルケルの聖女』と呼ばれてる。イルザが言ってた」

「う~ん、アンゲラ姉さんは凄いと思うけど、エルフィ姉ちゃんは……、普通かな?」


 他のメンバーも俺達姉弟が優れていると認識しているようだけど、ぶっちゃけ魔法が凄いのであって、俺達はその恩恵を授かっているだけだ。それでも、姉さんだけは一角ひとかどの人物だと俺も思うし、魔法がなくても普通に凄い人だね。


「ところでリーダー、エルフィ様はどのような動きをするんすか? それによって皆の動きも変わったりするっすか?」

「姉ちゃんは弓も使えるけど、基本は剣を手に速度を活かす動きをするから、遊撃手として自由に動いてもらうのがあってるね。だから、皆は今まで通りの動きで問題ないよ」

「了解っす」


 その後も少し話し合いを行い、この日はお開きとなった。



「イルザは可愛いわよね。あんな妹が欲しかったわ」

「でもイルザは、あんなおっとりさんでも何気に力があったり、あの温和な笑顔でのんびりしてるように見えるけど、頭の回転が早くて動きも意外とキビキビしてて、可愛いだけじゃない優れた部分もあるんだよ」

「何よあんた、随分とイルザがお気に入りのようね。そういえば、お姉様と似た雰囲気でお胸も……。ぐぬぬ、何だかイルザが少し憎くなってきたわ」


 やはり、姉ちゃんは胸に……。


「そんなこと言うなよ……。それに、別にイルザだけがお気に入りってわけじゃないよ。ミリィは少々ズボラな性格だけどムードメーカー的存在で、機敏な動きや視野の広さを持ってる。マーヤは眠そうな目は伊達ではなく、普段はボーッとしていて口数の少ないのんびり屋さんだけど、獲物を見つけた時の機敏な動きは目を瞠るものがあるね。弓の腕もかなりのものだし」


 エルフィは「意外としっかり見てるのね」などとジットリとした視線を俺に向けつつ言ってきたが、実際に行動を共にして一ヶ月も経っていてそんなことすらわかっていなければ大問題だ。

 ちなみに、細身のヨルクは身体強化の魔術を使えばしっかり力を発揮するので、タンクとしての役割は問題なくこなせている。


「あんたはどんな動きを担当してるのよ」

「俺は指示だけ出して、戦闘にはあまり関わらないようにしてるよ。まぁ、状況次第でヨルクと前線維持に協力したりとか、弱い所の補佐をすることもあるけどね」

「それで、あたしは遊撃手だっけ? 隙を見つけて攻撃すればいいのかしら?」

「そんな感じだけど、まずは皆の動き方を見て覚えて欲しいんだ。勝手に突っ走られたら皆も困惑すると思うから」

「それくらいわかってるわよ」


 プンスカ、とでも言い出しそうな顔をしたエルフィは、プイッと顔を背けて「ブリッツェンはあたしを何だと思ってるのよ」などとぶつくさ言っている。


 なんだと言われても、アホでポンコツな姉だと思ってるし、少々心配なんだよな。と思っても、それをおいそれと口に出す程俺もアホではないのだ。


 一応、エルフィとシュヴァーンの顔合わせや方針が決定したことで、いよいよ明日はエルフィを加えた六人で初の実習訓練となる。


 新生シュヴァーン、楽しみだな。


 これからのシュヴァーンのことを考え、俺は楽しい気分で眠りに就いた。

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