第十四話 見世物

「君がメルケル騎士爵のご子息か。私はビョルンの父、ネルソン・フォン・キーファーだ。今まで領を離れていたが昨日ここに戻ってきてね、なにやら面白そうだったので私も参加させてもらうことにしたよ」


 俺が重い気持ちで模擬戦の相手を待っていると、ビョルンの父と名乗るネルソンが笑顔で話し掛けてきた。

 スキンヘッドの辺境伯は別として、ネルソンも息子のビョルンと同じく黄色みの強い金髪だ。そして、キーファー家の特徴なのだろうか、辺境伯とビョルンも持っている明るめの蒼眼をこのネルソンも持っており、やはり身体は筋骨隆々だ。


 なんなんだよこの筋骨隆々一族。


「ネルソンは王都で騎士をやっていたが、この度帰郷して我がキーファー領の軍を纏めることになった。まぁ、子供相手に本気を出すような大人げないことはせんから安心してくれ」

「ビョルンは力任せな面がまだ直っていなかったけど、これからは私が直々に指導して、君と渡り合えるようにしたいと思ってね。その為に君の力量を私自身が直接確認したいと思ったのさ」


 辺境伯もネルソンももの凄い笑顔なのだが、実はビョルンが伸されたのを根に持っていたりするのだろうか。


「あのぉ、私は本当にただの子どもですので、お手柔らかにお願いしますね」

「安心してくれてたまえ。私も何れこのキーファーで領主となるのだから、子どもをいじめたなどと悪い噂を流されるのは御免蒙りたいからね」


 マジで頼みますよ。


 さて、ビョルンとやる時は軽い身体強化だけしか使わなかったけど、ネルソンとやるにはガッツリ身体強化を……肉体強化もするか? いや、必要以上に俺が動けるのを見せない方が良いだろう。身体強化だけ使うとしよう。

 多分、力だけなら張り合えるかもしれないし。でも、剣技では絶対に敵わない。それを補うための放出魔法が使えないのだから、動いてなんとか隙を突くしかないだろうな。


 程なくして支度を整えたネルソンが現れた。


「身体強化は使わないので安心してくれたまえ」

「ありがとうございます」


 子供相手に稽古をつけてやるか、程度の軽い感じでネルソンが言ってくれたので、俺は取り敢えず礼を述べた。念の為、ネルソンが魔術を使っていないか魔力反応の確認をしたが、反応はなかった。


 そもそも、俺が盗賊を捕らえたのはたまたまで、自分の力を認めてもらいたいなどの功名心は無いのだ。ここでムキになって自己主張する必要は皆無。

 それに、俺は剣士や騎士になりたいのではなく、冒険者になって旅とかしたいだけだ。騎士を相手に自分の剣技が通用するかどうか、そんなものに興味はない。ただ無事に終わってくれさえすれば良いのだ。


「さて、私の方は準備完了だが、休憩は要らないのかい?」

「お気遣いなく。私も大丈夫です」

「そう。では始めようか」


 何処か楽し気なネルソンだが、俺はこれっぽっちも楽しくない。ただただ、早くこの茶番が終わってくれ、と祈りたいくらいだ。

 とはいえ、ネルソンの表情そのものは楽しそうに笑っているが、目だけは笑っていなかった。それ故に、俺はこの茶番を適当に負けて済ませてはいけないのだと感じさせられた。


「それでは、模擬戦を開始いたします。――はじめっ!」


 審判役の兵士の掛け声により、俺とネルソンの模擬戦が開始された。


 意図せず始まった俺とキーファー辺境伯嫡男であるネルソンとの模擬戦だが、想定していた通り俺が稽古を付けてもらうような感じになり、俺は騎士の剣技に舌を巻いていた。


「うん、自分の早さを上手く使って意表を突く攻撃は良いね」

「……ありがとうございます」


 身体強化を使って気配を探知する魔法も極近距離に濃い濃度で展開して動いているのだが、俺の攻撃はネルソンに上手く躱され弾かれる。そして、俺も決定打どころか攻撃を身体には貰っていない……というか、ネルソンがあまり仕掛けてこないので、如何ともし難い状況が続いている。


「もう数年して君の身体がしっかり出来上がってきたら、私では太刀打ちできなくなるだろうね」

「それは無いと思いますが……」


 確かに、八歳の身体では地力が弱い。弱い身体を強化しも限界上限が低い。だからと言って、それを超える強化をしたら、俺の能力を晒す結果になる。日陰者の俺がこんな衆人観衆下で能力を晒すわけにはいかない。


 一瞬、やはり肉体強化も併用しようか、と考えたが、それは思い留まった。


 せめて俺の膂力がもう少しあれば、剣を受け止められることなく体勢を崩して隙きを作ったりできるんだけど、今の強化段階だとどうしても攻撃が軽くて受け止められちゃうんだよな。ネルソンはこれで身体強化の魔術を使ってないって言うんだから嫌になるよ。


「さて、今度はこちらから攻めさせてもらうよ」


 鋭い突きを放ってくるネルソン。俺は身体を捻りながら右に移動したが、ネルソンの剣が突きの軌道から横薙ぎに移行し俺を追ってくる。


「――チッ!」


 俺は咄嗟にネルソンの剣の軌道上に剣を差し込むが、勢いを完全に殺せずに押し込まれてしまう。

 俺は踏ん張るのを諦め、勢いに任せて後方に飛び去ろうとしたのだが、ネルソンが追従するように足を進めてくる。


 少し剣の角度を変えてネルソンの剣を逸らす。そこで身を屈めてネルソンの足を刈り取ろう。


 瞬時に次の動きを決めた俺は後退りを止め、合わさった剣の支点をずらしてネルソンの剣の軌道を変えると共に体勢を低くして踏ん張る。そして、一気に地面を踏みしめ前進する。

 僅かに身体が泳いだネルソンは、咄嗟に踏ん張ろうとしたようだ。だが、それよりも少しだけ早く俺の柄頭がネルソンの脛に入った。


「クッ……」


 小さく呻き声を出したネルソンだが、それでも踏ん張り体勢を整える。


 ここだ。


 ここを勝負どころと定めた俺は、ネルソンの背後を取るべく足を進める。

 それを察知していたネルソンは、殴りつけられて痛むであろう右足を軸に身体を反転してくる……が、俺は地を蹴りネルソンが反転し終わる前にネルソンの左側面を低い姿勢で抜け、予定通りネルソンの背後を取った。

 流石にネルソンもそこまで予想できなかったのか、それとも軸にしている右足が痛くて方向転換できなかったのかわからないが、とにかくネルソンの背後を取った俺は柄頭をネルソンの右膝裏へ叩き込む。


「なっ?!」


 膝カックン成功だ。


 体重の乗った右膝の裏を叩かれたネルソンは、ガクンと体勢を崩した。その際に大きく見せた左脇腹に剣を叩き付ければ俺の勝利は確定するだろう。……しかし、ここで勝ってしまうのは塩梅が悪い。王国騎士団で先日まで騎士として勤めていた人物に八歳の子供が勝利する、いくら辺境の地と言えこれは流石に拙い。

 咄嗟にそう判断した俺は、ガラ空きになったネルソンの左脇腹ではなく、剣で防げるであろう右脇腹を狙った。


 ――ガキーン


「チッ!」


 俺はさも悔しそうに声を漏らした。


「詰めが甘かったね」


 そう言って笑顔を見せるネルソンだが、蒼い瞳は笑っていない。


「戦闘は不慣れな物でっ――」


 まだ不十分な体勢で立ち上がり、身体をこちらに向けようとしているネルソンの左脇腹に、俺は野球の左打者のスイングの如く剣を振る。それに対しネルソンは回転しながら、野球の右打者のアッパースイングの様に剣を振り上げ、俺の剣を弾く。

 俺は右手に剣こそ握っているが、両手を上げた万歳の格好になる。

 そして、体勢を崩された俺の首筋にネルソンの剣が添えられた。


「そ、それまで!」


 審判役の兵士が慌てて模擬戦の終了を宣言した。


「いやー、危なかった。体勢を崩された時に左の脇腹を狙われていたら私の負けだったろうね」

「あの瞬間は何も考えられず無意識で動いておりました。私はまだまだ実戦経験が少なく未熟ですので、咄嗟の判断で最善の動きができる身体にはなっておりません」


 やはり、あそこでネルソンの左脇腹を狙っていたら俺の勝ちだったか。咄嗟に防がれる方を攻撃しておいて良かった。


「いや、八歳であそこまでやれる自体で凄いと私は思うよ。確かに、咄嗟の判断と言うのは実戦経験を積んで得るものだからね、それこそ経験を積めば君はもっともっと強くなり、立派な騎士になれるさ」

「ありがとうございます。ただ、私の攻撃は騎士や剣士が取るべき行動ではなく、邪道ですので、立派な騎士にはなれないと思います」


 そもそも、騎士になる気は無いんだけどね。


「確かに騎士の動きには無い珍しい動きだったね。それでも、君の動きを一度見ただけで防げるかと言われたら難しいだろう。――身体強化を使えばもう少し楽に対応できそうだけどね」

「身体強化を使われたら、打ち合っただけで弾き飛ばされて勝負になりませんよ」


 そもそも鍔迫り合いなどできないだろう。――俺ももう少し力を開放しなければ。


「ネルソンが身体強化を使っていなかったとはいえ、それでもあと一歩まで追い詰めるとは驚いたぞブリッツェン」


 笑顔ではあるが、僅かに頬が引き攣った表情の辺境伯が近付いてきた。


「この子は凄いですね。ビョルンをここまでに育てるのはなかなか苦労しそうです」

「ビョルンは力一辺倒だからな。ブリッツェンとは目指す方向性が違う。とはいえ、ブリッツェンと渡り合える力量になるのは厳しかろう。ビョルンが成長してもこのブリッツェンもまた成長してしまう・・・のだろうからな」


 辺境伯とネルソンが、次々代の領主となるビョルンの今後に心配の色を滲ませていた。

 辺境伯は、俺が『成長してしまう』という言い方をする辺り、孫の脅威となる俺に成長してほしくないと言う本音が見え隠れしている。


「それはそうと――皆の者、ネルソン相手に善戦したこのブリッツェンに盗賊を捕らえる実力があると伝わっただろう。これでも異を唱える者はおるか?」


 キーファー辺境伯が観戦者に向かい大きな声をあげるが、異論は無かった。


「え~と、私としては異を唱えられても構わないのですが」

「それだと君に追い詰められた私が安く見られてしまうからね。私としては困るよ」


 辺境伯の言葉に俺は否定的な言葉を呟いてみたが、その呟きを聞き取り、笑顔だけれど目が笑っていないネルソンにそう言われては何も言えない。


 ネルソンは実際に強かったけど、騎士の一般的評価はどうなんだろう? わざと負けておいたのは正解だったようだけど、それでも騎士をあと一歩まで追い詰めたのが高評価になったら面倒だな。


 俺はわざと負けたのは間違っていないと思えても、あと一歩まで迫ってしまったのは失敗だったのかもしれない、と少し不安になっていた。


「それにしても、八歳でここまで戦える人間はいないだろうね。今後が楽しみだよ。君は騎士爵の息子なのだから、当然騎士を目指すのだろうけれど、やはり王国騎士団に入るのかな?」

「いいえ。私は冒険者になって旅をしたいと思っております」

「何と! それは勿体無いなー」


 ネルソンから暗に将来有望だと言われたわけだが、冒険者を目指すのことをやはり否定的な言葉で返された。


「まぁ、君はまだまだ若いからね。騎士を目指したくなったら私に一言くれたら相談に乗るよ」

「ありがとうございます。そのときは相談させて頂きます」


 そんな相談をすることはまず無いのだが、ここは素直に感謝の意を表しておくのが一番穏便だ。


「さて、余興はここまでだ。館の方では食事の準備ができている。これから館に戻って食事と歓談を楽しんでもらいたい」


 辺境伯の言葉で余興と呼ばれた俺の出番は終わったようだ。


 あれ? 俺って見世物になっただけで表彰ってされてなくね? まぁ、元から表彰されたかった訳でもないし、別にいっか。


 少々腑に落ちなくもないが、わざわざ「俺の表彰はどうなったのですか?」などと訪ねても面倒なだけなので、俺の出番はこれで終りと思うことにした。


 その後、装備を外した俺はクラーマーと食事の用意された会場へ向かう。


 あ~、食事が終わってもそれで全て終了じゃないんだったな。


 そう、食事会の後はアーデルハイトとの歓談会が待っているので、俺の出番というかやることはまだ残っているのだ。

 アーデルハイトとの歓談会は嫌というより緊張してしまうので、それはそれで気が重い。


「ブリッツェン様、なにやら優れぬお顔色ですが、模擬戦でお疲れになられましたか」

「えっ、まぁ、そんな感じです」

「ブリッツェン様、もう暫しの間だけ頑張ってくださいませ」

「そうですね。ご心配をおかけして申し訳ございません」

「いえいえ」


 クラーマーとそんな会話をしながら食事会の卓に着いた俺は、取り敢えずは眼前にある料理に集中することにした。

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