第十三話 茶番

「おい、ブリッツェン」

「すみません、今行きます」


 司会らしき人から壇上に上がるように言われても俺が姿を現さないので、キーファー辺境伯が俺の名を大声で呼んだ。

 俺が慌てて声をあげると、俺に向かってあちこちから視線が飛んできた。

 こんな子供が賞金首を捕らえたのか、などの言葉が飛び交っているが、なんと言うか、とても居た堪れない気持ちになる。


「漸く来たかブリッツェン」

「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 満面の笑みで俺を迎えてくれた辺境伯に、俺は一言詫びを入れ頭を下げた。


「皆の者、このブリッツェン・ツー・メルケルは、我がキーファー初等学園の一年生であるが、賞金首を含めた六人の盗賊を捕らえた猛者である」


 辺境伯は、ブリッツェンはワシが育てた、と言わんばかりのドヤ顔で皆に俺を紹介しているが、猛者とか言うのは恥ずかしいから止めて頂きたい。


 それはそうと、ちょくちょく俺の気分を害する言葉が聞こえるが、言いたいことがあるならハッキリ言え、と思う。


「辺境伯、本当にこのような子供が盗賊を捕らえたですか? にわかには信じられません」

「そう思うのも仕方あるまい。まぁ、そう言われると思ってな、この後にブリッツェンに余興をしてもらう。その時にでもブリッツェンの腕前を確認してくれ」


 この展開を想定していて、辺境伯は俺に戦闘の支度を整えておけと言ったのだろう。いい迷惑だ。……まぁ、わかっていたことだけど。


「そういう訳だ。頼んだぞ」

「畏まりました」


 何が、そういう訳だ、だよ! 凄く面倒臭い。


「メルケル卿は一人で六人の盗賊を捕らえたのですか? 凄いですね」


 椅子に腰掛けていたアーデルハイトが腰を上げ、慈愛に満ちた優しい笑顔で俺に近付いてきながら語りかけてきた。


 近くで見るとより一層綺麗だな。いやいや、綺麗などという陳腐な言葉では言い表してはいけない! 今こうして俺の前に佇む女性は、地上に舞い降りた天使……いや、女神そのものだ!


 アーデルハイトを間近で見た俺は、その御姿みすがたにすっかり魅入ってしまっていた。


「どうかなさいましたか?」


 小首を傾げたアーデルハイトを見て我に返った俺は、アーデルハイトに魅入っていた事実を悟られた気がして恥ずかしくなった。


「い、いえ、何でもありません。ただ、私は片田舎の在地騎士爵の子でありますので、アーデルハイト様のような公爵夫人といった高貴なお方と言葉を交わす機会が今までございませんでした。で、ですので、少々緊張してしまいまして声が出ませんでした」


 恥ずかしさを誤魔化す言葉が寧ろ恥ずかし過ぎる、恥の上塗りのような言い訳をしてしまった。


「盗賊を六人も倒せるメルケル卿が私と話すだけで緊張するのですか?」

「凄く緊張しています。それこそ現状の緊張と比べましたら、盗賊と向き合う緊張など無いに等しいです」


 何言ってんだ俺は?!


「あら、私はそんなに恐ろしいですか?」


 笑顔のまま僅かに頬を膨らませたアーデルハイトが、ぷんぷんとでも言い出さんばかりの可愛らしい雰囲気で顔を近付け言い寄ってきた。


「と、とんでもございません。むしろ、私はアーデルハイト様ほどお美しい女性を目にしたことがございません。ですので、アーデルハイト様を前にした私が緊張で身動きが取れなくなるのは、ひ、必然でございます」

「あら、お上手。メルケル卿はお若いのに、何処でそのような言葉を覚えたのかしら。うふふ」


 相手を思い遣るような笑顔を、真に楽しそうな笑顔に変えたアーデルハイトを見て、笑顔だけでもいくつもの表情を持っていて凄いな、などと思いつつ、またもや俺はアーデルハイトに魅入るというか見惚れてしまった。


「メルケル卿は非常に興味深いお人ですね。――伯父様、後ほどメルケル卿をお借りしてもよろしいですか?」

「ん? ブリッツェンには後ほど他の子ども達と一緒にシェーンハイト様との談話相手を、と思っておりましたが、アーデルハイト様がそう仰るのなら、その時間を充てましょうぞ」

「ありがたく存じます」


 俺が呆けている間に、なぜか俺がアーデルハイトに貸し出される事態になっていた。


 まぁ、俺が公爵夫人様と会話する機会なんて金輪際無いのだろうから、この機会に思い出作りをさせてもらおう。


 一目惚れから一瞬で失恋した俺だったが、この機会を利用して思い出作りへ気持ちを切り替えたのだった。――我ながらなかなか逞しい。




 表彰という名目で壇上に呼ばれた俺は、結局褒美も貰わず一度会場を退出した後に戦闘準備を整え、領主館に隣接する領軍の訓練場に来ていた。


「ブリッツェン、魔術の使えないお前に合わせて身体強化の魔術を封印してやる程、ぼくはお人好しじゃないからな。全力で叩き潰してやるよ」

「ビョルン様、コイツが六人の盗賊を捕らえられる訳ないじゃないっすか」

「ブリッツェンが汚い手を使って名誉を得たのだと、皆様に知らしめてさしあげましょうビョルン様」


 キーファー辺境伯の嫡孫であるビョルンと、そのビョルンの腰巾着であるゲーロとインゴが俺の相手をするようだ。


 まぁ、これは想定通りなんだけど、怪我をさせないで済ませられるかちょっと自信ないんだよな。一応、ビョルンは辺境伯の孫だから、見せ場も作ってあげる必要もあるだろうし。はぁ~、マジ面倒……。


 程なくして、審判役と思われる兵士が姿を現し俺達を呼んだ。

 今回は刃引きされた練習用の剣を使うのだが、そもそも剣は切ることより叩きつける使い方をするので、刃引きされていても皮膚に傷が付くか付かないかの差しかない。とはいうものの、上手く斬りつければ皮膚どころか肉まで切り裂くのは可能なので、全く無意味ではないのだが……。

 どちらにしても、俺は刃を立てて使うつもりはないのでどうでもいいことだった。


「それでは模擬戦を開始する。身体強化の魔術が使えるなら準備せよ」


 審判役の兵士が悪気もなくそう言う。すると――


「コイツは魔術が使えないんっすよ」

「ブリッツェンは落ちこぼれですから」

「お前ら、弱い者いじめは止めておけ」


 ここぞとばかりに奴らは俺を扱き下ろしてきたが、慣れきった些末なことなので俺は何とも思わない。しかし、審判役の兵士は少し驚いた顔をして、申し訳無さそうな顔を……するのかと思ったら、むしろ憐れむようでありながら蔑んだ視線を向けてきた。


 やっぱ、魔術が使えないと憐れまれるより馬鹿にされるのな。でも、これで俺が魔法使いだと知ったら、一体どんな顔を見せるのか見当もつかないな。それこそ虫ケラでも見るような視線をぶつけてくるのか?


 これから模擬戦を行うというのに、俺がどうでもいいことを呑気に考えている間に、魔法陣を発動させ身体強化の魔術を自らに施していたビョルン他二名がニヤニヤしていた。。


「では、双方準備が整ったようなので開始する。――はじめっ!」


 魔術の準備がが完了したのを確認した審判役の兵士の掛け声により、模擬戦……という名の茶番が開始した。


「お前の化けの皮を剥がしてやりますよっ!」

「大恥かかせてやるっす!」


 ヒョロガリのインゴがいの一番に突っ込んできた。チビデブのゲーロもその後に続いていた。ビョルンは動かずニヤニヤしながら剣を構えている。


 あまり目立ちたくないけど、茶番に付き合うのも何だし……、適当に何合か打ち合って一人ずつ倒す感じにしようか。


「死ねっ!」


 物騒な言葉を吐きながら、剣を上段に構えたインゴがその剣を振り下ろしてきた。


「うげっ……」


 ――キュシャーン!


「がはっ……」


 さっと半身になってインゴの剣に軽く剣を合わせて受け流す……つもりだったのだが、「死ね」と言う言葉にイラッとしてしまった俺はサッとインゴの懐に入り込み、手に持つ剣の柄頭を鳩尾辺りに叩き込んでしまった。

 苦痛の表情を浮かべるインゴを視界の端に捉えたまま俺は、ドスドスと近付いてくるゲーロの前で体勢を低くし、ゲーロの持つ剣に向かい下から掬い上げるように剣を当て、ゲーロの剣を弾き飛ばした。

 剣を弾き飛ばされ無手となり両手を上げてバンザイ状態のゲーロの鳩尾には、内臓を潰してしまわないように気をつけつつ膝を叩き込んだ。


 当初の打ち合う予定が初っ端から狂った以上、面倒だから腰巾着の二人を即座に潰してしまった。


 うん。簡単に精神を乱されるようじゃ俺はまだまだ甘いな。もっと精神力を鍛えないと。


「ふぅ~」


 カッとなっていた事実を自覚している俺は、軽く自己反省を済ませて息を整えた。


「ほれビョルン、手下はもう動けなさそうだぞ。お前を守ってくれる手下が役に立たたなくなったんだ、自分の身は自分で守らなくてはな。――どうした? かかってこないのか?」


 僅かに呻いていたインゴとゲーロだが、今は口から泡を噴かせながら白目を剥いてぶっ倒れている。

 若干やり過ぎた感は否めないが、「死ね」などと言ったのだからこれくらいは仕方ないだろう。ゲーロは……、口にこそ出していなかったが、あの目は本気だったのでこちらも仕方ない。


 それにしてもあいつら、いくら何でも弱過ぎだろ……。


「雑魚を倒しただけで大物気取りか。――身の程を知れブリッツェン!」


 自分の手下を雑魚と呼び、手下を心配するでもなく口角を上げ薄っすらと笑ったビョルンは、自信満々に剣を引き絞り突きの体勢で突っ込んでくる。


 同年代では文字通り頭一つ抜けた大きな身体のビョルンが身体強化の魔術を使っているのだ、同年代で一番身体が小さいうえに魔術が使えない俺に力負けするなどと微塵も思っていないのだろう。しかし、それでもビョルンは初等学園で俺に勝ったことは一度も無い。それにも拘らずこの自信は何処から来るのだろうか、ビョルンに対する俺の警戒が一段階上がった。


「ふっ」


 敢えて剣を弾くなどせず、俺は身を翻して攻撃を遣り過しながら小憎たらしい笑みを浮かべてみた。


「なんだ、剣を交えることもできず逃げるのが精一杯か?」

「そうだな、俺の膂力ではビョルンの力に対抗するのは厳しいからな」

「そんなニヤけた顔で言われて俺が真に受けるとでも思ったかっ!」


 言い終わらないうちにビョルンが動き出した。……が、その瞬間、ビョルンの足元に魔力が篭ったのを感じた俺は咄嗟に右へ飛んだ。この判断は正解だった。

 先程とは明らかに違う早さで突進してきたビョルンは、俺がついさっき迄いた場所に剣を突き出した形で通り過ぎていた。


「速度を上げる魔道具か?」

「貴様っ!」

「なんだ、図星か?」

「黙れっ!」


 ビョルンの自信はあのブーツの魔道具だったようだ。力に速さが加われば俺に負けないと思ったのだろう。しかし、その攻撃を躱されうえに魔道具の存在を言い当てられ、ビョルンは頭に血が昇っているようだ。


 魔力の反応に気付いて咄嗟に動いてしまったけど、あの程度の速度なら対応できたな。油断する気はないけど、変に警戒するのも止めておこう。

 それにしても、大領主の嫡孫ともなると魔道具とか簡単に手に入るんだな。羨ましい。


 そんなことを考えていると、怒気の篭ったビョルンの表情が更に険しくなる。


「ちょこまか逃げるだけの臆病者が! 正々堂々と勝負しろ!」


 次は剣を受けてやるか。


「はいはい、すみませんでしたね」

「その余裕がムカつくんだよ!」


 ――カキーン


「……くっ」


 おっ! 流石ビョルンだ。手下とは違って剣を弾き飛ばされなかったな。


 剣を弾き飛ばされなかったビョルンだが、突き出した剣を叩かれた際に衝撃が腕を伝わったようで、苦痛の表情を浮かべた。


「今度は俺から行かせてもらおうか」


 上段に構えた俺は右上から左下に袈裟斬り、返す刀で左から右に横薙ぎと、ビョルンが受け止められるであろう強さで剣を振る。

 ビョルンは更に表情を歪めるが、なんとか攻撃を凌いでいる。


「何で僕がお前なんかに……。許せん、許せんぞー!」


 苦痛の表情から怒りの表情へと変わったビョルンは剣を大きく振りかぶり、怒りのままに俺を目掛けて叩き付けてきた。

 剣を寝かせて左手はそのまま柄に、右手は剣先に添えその攻撃を受けた俺だったが、その攻撃の重さに少しだけ驚いた。やはり、真っ向から受けるには地の身体能力の差が出てしまうようだ。

 俺は万が一を起こさせないように、もう少しだけ多く魔力を強化魔法に込めた。


「なんでお前みたいに小さな身体のヤツが、しかも魔術も使えないのに僕の剣を受け止められる! なんでだー!」


 俺としては、重い一撃で俺を驚かせたビョルンを評価していたのだが、ビョルンはお気に召さなかったようだ。


 そろそろいいかな。


 ――ガツッ!


「ぐわっ……」ドサッ


 大振りのビョルンの攻撃を掻い潜った俺はビョルンの背後に回り込み、隙だらけの背中に剣の柄頭を叩き込んだ。


「勝負あり! これまで」


 審判から模擬戦終了の声がかかった。

 直ぐ様駆け寄ってきた神官が、ビョルン達に癒やしを与えていた。


「ビョルンは子どもながらにそこそこ腕が立つと思っていたが、ブリッツェンは子どもの枠を超えているようだな」


 そんなことを言いながらキーファー辺境伯が近付いてきた。


 ふっ、孫にあんな魔道具を渡しておいて、なんとも白々しい狸爺たぬきおやじだ。


「そんなことはありませんよ。ビョルンの力はかなりのものですから、私は小さな身体を活かしてちょろちょろ動いていて隙を突くしかできませんでした」

「そうはいっても、ビョルンの剣を受けきっていたではないか」

「怒りで我を失って単調な攻撃になっているようでしたので、くるとわかっている攻撃を受けるくらいは私でなくともできますよ」


 あまり高評価されないように謙虚に答えた。


「ふむ、ブリッツェンの強さはその冷静さなのやもしれんな。それに引き換え、ビョルンは感情の制御がまだまだ子どものものだ」

「私は冷静ではなく臆病なだけです。臆病故、如何に自分を守るか、それだけを考えております」

「どちらにしても子どもらしからぬ思想よ」


 どうにも高評価になってしまう。まぁ、自分の孫に恥を掻かせたと斬り伏せられるよりは良いだろう。


「さて、茶番はこの辺にして、次は我の兵とやってもらおうか」

「えっ?」


 ちょっと待て。ビョルンとやるのは想定していたが、現役の兵士とやるのは想定外……でもないが、本当にやるのかよ。


「なに、一対一の軽い模擬戦だ」


 魔法が使えればなんとかなるかもしれないが、剣だけで大人と戦うのは正直しんどい。


 しかし、異を唱えることのできない俺は、嫌でも承諾せざるを得なかった。

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