第十二話 シュタルクシルト王家
式典当日、領主館に着いた俺とクラーマーは待合室に通され、然程待たずに式典の会場となる大きな部屋に案内された。
個人宅の部屋とは思えない大きな部屋は、部屋の大きさも然ることながら、どれもこれも高価であろう調度品の数々に驚愕した。
それは、辺境伯が日本で言えば県知事のような存在なのだろうから、そういった観点で言えば、この館は個人宅では無く県庁舎と見るべきなのだろう。であれば、大きな部屋があって、その部屋が豪華に飾り付けられているのは当然なのかもしれない。
式典会場に案内された後の俺は、緊張し過ぎるあまり心ここにあらず状態だった。そんな軽く放心状態の俺を他所に、いつの間にやら式典は開幕されており、筋骨隆々スキンヘッドしゃくれ顎の爺さんであるキーファー辺境伯の挨拶が続いていた。
「それでは、本日の主役を紹介しよう。――ライツェントシルト公爵夫人であり我の姪でもあるアーデルハイト・フォン・ライツェントシルト様と、その御令嬢であるシェーンハイト・フォン・ライツェントシルト様だ」
数段高い舞台的な場所で挨拶をしていた辺境伯が本日の主役である二人の名を声高に発すると、辺境伯の後方の扉がゆっくりと開いた。
会場にいる皆の視線がその扉に向けられると、俺が日本人時代にも見たこともない、言葉では言い表せない程の美しい女性が姿を現す。すると、会場のあちらこちらから「おぉ~」やら「わぁ~」やらと感嘆の声が漏れてた。
「アーデルハイト様の美しさを表す言葉が思い浮かびません。『絶世の美女』などと言う安っぽい言葉しか思いつかない自分の語彙の無さが恨めしい……」
「……そうでございますね。私もアーデルハイト様の美しさを形容する適切な言葉が思い浮かびません」
おぅっ! アーデルハイトのあまりの美しさに、つい間抜けな言葉を口走ってしまった所為で、クラーマーに変な気を使わせてしまった。
ガキが突然色気付いたことを言い出したが取り敢えず同調しておいてやるか、的なクラーマーの表情に気付いた俺は、自分の発した言葉の恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。
八歳のガキが人妻を見て美しさを表す言葉が思い浮かばないとか普通は言わないよな。マジで何言ってんだ俺……。
でも仕方ないじゃないか! 十代後半と思われるアーデルハイトは少女を思わせるあどけない可愛らしさと、少女では出せない大人の色気の様な雰囲気を纏っていて、俺の大好きな癒し系なぱっちりお目々でちょっとタレ気味なんだよ!
――? 十代後半? 確か、辺境伯がシェーンハイト様は六歳だと言ってたよな? あの人何歳で出産したんだ?! そんなことは聞けるわけないし、考えないようにしよう。
そんな謎の人物であるアーデルハイトは、真っすぐ伸びた鼻梁が高貴な印象を与え、桜色の薄い唇は紅を引いてないにも拘らず目を引き、白磁の如く抜けるような白い肌は触れなくてもすべすべしている、と断言せずにはいられない。
あまりに整い過ぎた顔の造形はまさに人形のようだが、無機質な人形には無い柔らかみや温かみを目にしただけで感じさせられてしまう。
そして、限りなく白に近い白金色の長い髪がサイドで編み込まれて後方でゆったりと纏められているのだが、見事な色合いのコバルトグリーンの大きめなリボンで結われて背の中程でふわりと揺れる感じが、なんともいえない気品と可憐さを感じさせる。
「まいったな~」
「どうかなされましたか?」
「え……いや、何でもないです」
俺がつい口にしてしまった言葉に、クラマーが応えてくれたが、できればそっとしておいて欲しい気分だ。
なにせ、アーデルハイトの内面は当然ながら知らないが、見た目だけであればアーデルハイトは俺の理想そのものというか、数ある理想を集め、それらを全て合わせてバランス調整をして出来上がる、『俺が望む究極の女性』がアーデルハイトなのである。そんな女性を目の当たりにして、俺は平常心ではいられずはずもなく、心が落ち着かないを通り越して全魔力を放出させる大暴走をしてもおかしくない状態であった。
日本人時代も含めて、ここまで完璧に俺の理想を体現した女性は初めてだぞ。
まぁ何だ、十代の頃には既に恋人とかできないと諦めていたから、理想の女性像とか考えないようになってたけど、それでも無意識に妄想していた時期もあったわけで、それこそ無意識に理想の女性像ができていたわけで……って、俺は誰に言い訳してるんだ! もう訳がわからないよ……。
それにしても、恋愛経験が無かった俺だけど、『今世では恋人を作りたい』などと思っていたのに、初めて心を奪われた女性が人妻な上に公爵夫人とか……。始まる前に終わってるじゃないですかやだー。
人知れず失恋した俺を他所に、またもや会場に感嘆の声が上がった。
「ほぅ、あの方がシェーンハイト様ですか。私も初めてシェーンハイト様のお顔を目にしますが、アーデルハイト様にソックリの美しくも可愛らしい御令嬢でございますな」
知らず知らずのうちに俯いていた俺は、クラーマーの声を聞いて顔を上げた。すると、アーデルハイトが子供の頃はこんな感じだったのかな、と思える程アーデルハイトに良く似た少女がそこにいた。
「シェーンハイト様がご成長なされば、アーデルハイト様のようになられるのでしょうね」
「そうでございますねブリッツェン様」
少々緊張気味の少女は、アーデルハイトと同じように限りなく白に近い美しいプラチナブロンドの髪で、肩の先まで伸びたその白金の髪は自ら発光しているのかと見紛うほど輝いて見える。そして、その美しい輝きを見せる髪は両サイドをローズピンクのリボンで結われたツーサイドアップで非常に可愛らしく、超絶美少女なシェーンハイトにとても似合っている。
可愛らしいぱっちり眼には、夜空に浮かぶ月の如く輝く金色の瞳が存在感を放っているのだが、この瞳もアーデルハイトと良く似ている。
「ブリッツェン様はシュタルクシルト王家の外見的特徴はご存知ですか?」
「確か、プラチナブロンドの髪を持ち、黄色みの強いゴールドの瞳でしたっけ?」
「ブリッツェン様はお若いのによくご存知ですね」
「読書が好きで、王家に関する文献にも目を通したことがありますので。ただ、少し古い文献で得た知識だったので、今でもそうだとは思っていませんでした」
俺が目を通したのは百年以上前の文献だったが、王家の外見的特徴は今でも変わっていないようだ。
「シェーンハイト様の父君であるライツェントシルト公爵殿下は現在の国王陛下の弟君でありますので、シェーンハイト様が王家の特徴を持っているのはおかしくありません。ですが、アーデルハイト様も王家の特徴をお持ちになられているのは不思議に思いませんか?」
「――確かに不思議ですね」
アーデルハイトが王妹であれば王家の外見的特徴を持っているのも納得だが、王家に連なるのはシェーンハイトの父であるライツェントシルト公爵だ。アーデルハイトが王家の外見的特徴を持っているのはおかしい。
「ですが、アーデルハイト様の父上であるヴァイスシルト公爵は三代前の国王の孫であり、王家以外に唯一現存する王家の血を引く一族ですので、アーデルハイト様も王家の特徴をお持ちなのですよ」
「それは知りませんでした」
何故アーデルハイトが王家の外見的特徴を持っているのか不思議に思ったが、俺の疑問を察知したクラーマーがさっと教えてくれた。
「ライツェントシルト公爵が殿下なのは?」
「これも王家の特徴でありまして、どうにも子宝に恵まれないのです。過去の国王にもお子はあまり生まれず、現在の国王陛下もライツェントシルト公爵殿下と二人兄弟です。そして、国王陛下には第二夫人との間に王女殿下がおりますが、正妻である王妃殿下との間にお子がおりません。それ故、王位継承順位第一位はライツェントシルト公爵殿下なのです」
文献には王家の血筋は常に途絶えそうになっていると書かれていたが、それも引き継がれているようで、現在は国王直系の男児がいないために王弟であるライツェントシルト公爵が王位継承順位第一位のようだ。
ちなみに、この王国で陛下は国王のみで、殿下と呼ばれるのはその時の国王の直系と正妻である王妃のみなので、王弟であるライツェントシルト公爵は通常であれば殿下と呼ばれない。ライツェントシルト公爵が殿下と呼ばれるのは、王位継承順位第一位の王太子殿下であるためだ、とクラーマーが教えてくれた。
あれ? でも、この王国は女王が支配していた時代があったよな? それであれば国王の直系である王女殿下が継承順位一位になるのでは?
「レギーナ王女殿下の王位継承順位が第一位でないのは、正妻の子ではないからなのです。国王陛下は王妃殿下であるアニカ様との間に子ができることを望んでいるようで、第二夫人であるゲルズ様を正妻にしておりません。ですので、現状ではレギーナ王女殿下は王位継承権自体が無いのです」
クラーマーは読心スキルでもあるのだろか、と思う程、俺の疑問を先読みして教えてくれる。
ついでに、この王国で王妃は正妻のみで、第二夫人以降は公的には王妃ではないらしい。しかし、慣例的に『第二王妃』などと呼ばれるようだが、決して殿下とは呼ばれない。それでも、今代の第二夫人の娘である王女が王女殿下と呼ばれるのは、陛下の直系の子であるからだ、と、これも教えてくれた。
「レギーナ王女殿下は王位継承権自体が無いのですか?」
「はい。この王国では直系であるかが非常に重要なのですが、それ以上に正妻の子であるかどうかが重要視されます。その為、側室の子はいざと言う時の予備であっても、正妻である王妃の子にならない限り王位継承権が与えられないのです」
なんじゃそりゃ。普通は、予備を含めて順位を振るんじゃないのか?!
「もしかすると、シェーンハイト様は王位継承権をお持ちなのでは?」
「はい、第二位ですね」
仮に王弟であるライツェントシルト公爵が次期国王となったとしたら、その時点で正妻であるアーデルハイトが王妃となり、王妃の子であるシェーンハイトは王位継承順位が第一位となる。だからこそ、現国王の直系でもなく、それも女児であるにも拘らずシェーンハイトが王位継承順位第二位なのだ。
そんな王位継承順位が第二位のシェーンハイトが殿下と呼ばれないのは、現国王の直系では無いのが理由らしい。なんだか複雑でわかり辛い。
「ちなみに、第三位はアーデルハイト様のお父上であるヴァイスシルト公爵で、第四位はアーデルハイト様の兄であるアロイス様ですが、既に血が少し遠くなっているのでご本人達は継承権を放棄しております。しかし、王族が少ない現状もあり、王国としては放棄を認めておりません」
王家の血筋は常に途絶えそうというのは、王家にとっては永遠の課題なのだろうな。
現状であれば、第二王妃――正式には第二夫人――であるギルズと言う人が正妻になれば、現在は王位継承権の無いレギーナ王女殿下が一気に第一位になる。
だったらとっととそうすればいいのに、などと俺は思ってしまう。
それに、血筋が途絶えそうなのであれば、どんどん側室を囲ってハーレム状態にすればいいのに、とも思うが、そうしないのはそうできない事情でもあるのだろう、と勝手に結論付けた。
「そう言えば、シェーンハイト様が男児であれば、少なくとも二代は安心できた、などと不敬なことを言う者もいたようです」
王家の血筋を心配する者からすれば、国王と王妃の間に子ができなくとも、王弟とその子が引き継げば安心できるのだろう。ただ、「いたようです」と過去形でクラーマーが語ったのは少し気になったが、……まぁ、そういうことなのだろう。
「何にしても、貴族もどきの俺からすると遠過ぎる話なので、何とも言えないですね」
「私共のような商人にどうこう出来る問題ではありませんが、王国の将来に関係する話ですので気にはなりますね」
冒険者になって適当に旅をして日々のうのうと過ごしたい俺は、王国の将来がどうこう考えたりはしないが、商人には将来の税制など考えることがあるのだろう、と俺はわかった風に頷いておいた。
「ところでブリッツェン様」
「なんでしょう?」
「辺境伯に呼ばれていますよ」
クラーマーと呑気に話ている間に、俺が盗賊を捕まえた話が皆に伝えられ、俺は登壇しろと呼びかけられていたようだ。
クラーマーとの会話にすっかり夢中になっていた俺は、クラーマーの声以外をシャットアウトするくらい会話に集中していたようだが、『魔法使いに集中力は大切だから』と、誰に言うでもなく心の中で言い訳をしていた。
「早く行った方がよろしいのでは?」
「そ、そうですね。ありがとうございますクラーマーさん」
心配そうな表情で俺を促すクラーマーに礼を言った俺は、すっと意識を切り替えた。
すると、これから大勢の前で表彰されることを思い出してしまい、逆に緊張する小心者な俺であった。
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