第十一話 二人の爺さん
「なるほどなるほど。まさかその様な事になっていたとは」
「ですが、ブリッツェン様のお陰で事なきを得ました」
キーファーの領主館にクラーマーに連れられた俺は、何の問題も無く通してもらえ、護衛団の詰所で俺が話した内容をしっかり覚えていたクラーマーが、俺が”剣”で六人の盗賊を倒したとキーファー辺境伯に伝えてくれた。
「ブリッツェン・ツー・メルケルと言ったか」
「はい」
「ツーと言う事は、男爵ではなく弟の方の……え~と、…………ゴーロ・ツー・メルケル騎士爵の方の子か?」
「そうです」
流石に王国の南西を仕切る大領主だけあって、在地貴族のこともちゃんと知ってるようだ。
ちなみに、この王国では国王から爵位を得た者は家名の前に『フォン』を付けて名乗り、領主から爵位を得た者は家名の前に『ツー』を付けて名乗る。名前にツーが付く者は在地貴族と呼ばれ、フォンを名乗れる貴族の最低位である男爵に任命された我がメルケル騎士爵家は、残念ながら最底位の貴族なのだ。
それはそうと、この大領主様はそれなりの年齢だと思うけど、筋骨隆々で衰え知らずといった感じの立派な身体をしている。それに、スキンヘッドにしゃくれた顎が印象的な爺さんだけど、明るめの蒼眼がギラギラしてて威圧感が凄い。
「メルケルの者がキーファーで何をしているんだ?」
「今年から初等学園に通っております」
「今年からと言う事は一年生か?」
「そうです」
何だろ? 辺境伯が思案顔になったぞ。
「ん? 剣が得意な初等学園の一年生……」
何か嫌な予感がする……。
「ビョルンが言っていた子供か?!」
「…………」
「剣が得意なビョルンが唯一勝てない相手がいると言っていたが、ブリッツェンであったか」
「多分……そうです……」
大領主なのに孫と会話とかしているのね。
ちなみに、辺境伯の孫であるビョルンは初等学校一の剣の使い手といわれている。しかし、実情は俺に剣技で勝てない。それが気に食わないのだろう、なにかと俺に絡んでくるので面倒極まりない。
「賞金首の盗賊を切らずに剣で殴り倒す技量があれば、我の孫では勝てんだろうな。ワーッハッハー」
「……はあ」
「はて? 確かその者は魔術適性が無いと聞いていたが、ブリッツェンは魔術が使えんのか?」
「使えません。ですので、頑張って剣技を鍛えております」
本当は魔法の修行を頑張っているのだが、剣もしっかり鍛えているから嘘はいってないよな。
「なるほど。では、将来はメルケルの領兵団か? なんならキーファーで雇うぞ」
「ありがたいお言葉ですが、私は冒険者になろうと思っておりますので」
「生活が不安定な冒険者を好き好んで目指すと?」
「生活のことは深く考えておりませんが、色々な場所を巡りたいと思っております。そのためには冒険者になるのが一番手っ取り早いと思ったので、私は冒険者を目指しております」
家督に縛られない三男に生まれたのだから、知らないことだらけのこの世界の様々な土地を巡ってみたい。生活は、……今の腕でもシカが狩れるのだから、多分困らないと思う。
何と安直な、とか言われそうだけど、俺が第二の人生を謳歌するには最善だと思っているからそれで良いのだ。
「それはそうと、賞金首を捉えた褒美なのだが、明後日このキーファシュタットへライツェントシルト公爵夫人がお越しになる。その歓迎式典の際に与えようと思う」
「わ、わざわざそんな大それた場で、ですか?」
「賞金首を含む盗賊を捕らえたのなら、通常であればこの館にて褒美を渡すだけなんだが、お前さんはその年齢でやって退けたからな。別に問題ないぞ」
俺の様ななんちゃって貴族が、公爵夫人の歓迎式典で褒美を貰うの? マジで嫌なんだけど。でも、きっと断れないんだろうな。
「ライツェントシルト公爵夫人のアーデルハイト様はな、我の妹の子で我の姪なのだ。そのアーデルハイト様が子を生んでから初めてこの辺境伯領にお越しになるのだが、アーデルハイト様の令嬢が確か……五歳? いや、六歳……だったか? 年齢が近いブリッツェンがいるのはありがたいだろう」
「そうなのですか」
それって、俺が六歳の幼女の面倒を見るってことか? 気が重い。
「まぁ、我の孫のビョルンなども参加するので大丈夫だ」
「はあ」
それはそれで面倒だ。だって、ビョルンもいるなら褒美を貰うのもビョルンがいる場だよね? また絡まれるに違いない……。
その後はクラーマーも混じって他愛もない話をし、その場はお開きとなった。……が、帰り際に辺境伯が嫌なことを言ってきた。
「そうそうブリッツェン、当日は戦闘の支度を整えておいてくれ」
「えっ?」
「楽しみにしてるぞ。ワーッハッハー」
嫌な予感しかしない……、いや、確実に面倒事がある!
「ブリッツェン様、当日は私がお迎えに伺いますので。では、また後日」
「わざわざすみません」
寮までクラーマーに送ってもらうと、と軽く遣り取りをして別れた。
「何だか今日は疲れたな」
試験の為に森に向かっていたら何故か盗賊退治をし、キーファーの領主館に行って明後日の式典に参加することになるとは……、ん? 試験?!
「拙い! いつの間にか師匠のことをすっかり忘れてたっ!」
そう、俺は師匠と最後の訓練の名目で試験を受ける予定で出掛けていたのだった。
スキンヘッドで筋骨隆々な爺さんと会って、見た目がヨボヨボな爺さんと会う約束を忘れていたとは……。
「あれから何時間経った? もう師匠はいないかもしれないけど、このままシカトはダメだろ!」
俺は急いででキーファシュタットの街を出ると、周囲に人がいないのを確認して身体強化と肉体強化の魔法を使って猛ダッシュした。
「今日は結構魔力を使っちゃっているのに、移動でこれだけ魔力を使ったら試験は無理だよな。でも、師匠に会わないままお別れは嫌だし、この魔力は必要経費だ」
色々あったとはいえ、大事な師匠との約束を失念してしまった俺は、あれやこれやと独り言を口にしながら目的地に到着した。
「多分この辺だと思うけど、流石に師匠はもういないかな」
師匠に指定されていた場所は初めて訪れる場所であったたけ、到着後も「ここだ」と断定はできなかったが、師匠に伝えられていた条件に近いと思わしき場所で俺はガックリと肩を落としていた。
「なんじゃ、この程度の隠蔽で気付けんのか?」
項垂れた俺の背後から声をかけてきた人物に気付いて振り返ると、そこにはやれやれといった表情の師匠が佇んでいた。
「えっ? 師匠ぉ~」
「情けない声を出すでない」
捨てられた子犬が近付いてきた人に縋り付くときに出す『クゥ~ン』的な声を出した俺を、師匠は表情も変えずに叱責した。
「師匠、遅くなってしまい大変申し訳ございませんでした」
「大方、退治した盗賊の引き渡しで時間を喰ったのであろう?」
「その通りですが、どうしてそれを?」
「見ておったからの」
師匠は事も無げに言うが、俺は見られていた事実に全く気付いていなかった。
「そもそもブリッツェンに気付かれぬよう、儂は自分の存在を目立たなくする隠蔽に気を使っておったからの。儂に気付けんかったのも仕方あるまい」
師匠はそう言うが、俺は隠れている盗賊がいないかかなり探知魔法を入念に使っていたのだ。それでも師匠の存在に気付けなかったのが、悲しくもあり悔しくもあった。
「師匠はどの時点から見ていたのですか?」
「ブリッツェンが馬車に近付いたあたりからかの」
「それって、全部見てたわけですね」
「そうなるの」
そんなところから見ていたってことは、俺が師匠から伝えられた場所へ辿り着けるか、って部分も試験一つだったのかもな。
「それでは、俺の戦闘は如何でしたか?」
「無理に放出魔法を使わず、奇襲を駆使しての戦闘は良く考えられており、戦術面では想像以上に良かったと思うぞ。大男との戦闘自体も、今のブリッツェンに合った戦い方であったな」
思ったより高評価なようで、俺は嬉しくなってニヤけてしまった。
「しかし、放出魔法が使えれば、見張りの二人は遠距離から仕留められたじゃろうし、離れていた相手も簡単に伸せたろう。まぁ、それはこれからの成長に期待じゃな」
ニヤけた所為だろうか、ついでとばかりに駄目出しをされてしまったが、無理に放出魔法を使っていたらもっと叱られただろう。なので、これはこれで仕方ない。
「そういえば、師匠は槍術や棒術などは使えますか?」
「唐突な質問じゃの。棒術と言うのは知らんが、槍術であれば多少使えるぞ。それがどうかしたのか?」
「俺は騎士爵家の子なので剣術は習っておりましたが、今回の出来事で身体が小さいがゆえに自分の間合いが狭いと気付きました。なので長い得物の使い方を学んだ方が良い気がしたので、師匠が知っているのであれば教えていただけたら……と思いまして」
今の俺は魔法使いと言うのも烏滸がましく、完全に近接戦闘が主体だ。それも、大人と戦うのであれば幾ら俺が剣を手にしていても、無手で相対しているくらいの間合いしかない。それを実感したので、長い獲物が使いたいと単純に思ってしまった。それに、その鍛錬を理由に師匠にもっと色々と教わりたい、という理由もある。
「儂は魔法使いじゃ。槍術など護身程度の触りしか知らんぞ」
「俺はその触りすら知らないです」
冒険者は、槍やグレイブと呼ばれる薙刀の類の武器を使ったりする者はいるが、騎士や何らかの兵団に属する者は、極一部を除いて剣しか使わない。そのため、剣以外の技を身に付けるのはなかなか機会に恵まれないのだ。――いや、一般人であれば逆に槍を学ぶ機会はあるようだが、貴族はとかく剣に拘るので、貴族が剣以外の武器の使い方を習うことはそうそうないのだ。
「ブリッツェンはそれを口実に、もう少し儂の弟子でいたいのじゃろ?」
「バレてました?」
「ふっ、まあよい。もう暫くは面倒を見てやるわ」
「ありがとうございます師匠」
俺の思惑など師匠には簡単に見抜かれていたが、それを承知で師匠は引き受けてくれた。てっきり断られると思っていたので、あっさり引き受けてくれたことに疑問が浮かんだが、下手に突いて断られるのも嫌なので、敢えて引き受けてくれた理由は聞かなかった。
「それはそうと、明日には実家に帰るのか?」
「それが、――」
師匠に予定を問われた俺は、式典に出席することになった経緯と共に、わかっている範囲での予定を伝えた。
「その予定であれば、明後日の式典が済めば明々後日には出発するのか?」
「そうですね。最速での出発は明々後日となります」
「ならば、儂は明日にもここを発つとするかの」
「師匠も俺と一緒にクラーマーさんの馬車にお世話になっては?」
断られるのはわかっているが、一応確認してみた。
「聞くまでもない。儂は日陰の身じゃ、ひっそり移動する」
「そう仰ると思っていました」
わかりきっていた答えを貰い、その件は了承する。
「移動手段はどうするのですか? もしかして、師匠は何処かに馬を飼っているのですか?」
「いいや、この足で走る」
パンパンと自分の足を手で叩く師匠だが、キーファシュタットと実家のあるメルケルムルデは馬車で三日の距離があり、それを走って移動するのはかなり過酷だと思う。
「結構な距離を走ることになりますが、大丈夫なのですか?」
「身体を強化して走れば馬車より速く長く進めるからの、どうってことはないわい。それに、早めに到着しておけばゆっくり身体を休められる」
ケロッとした顔で師匠は簡単に言うが、明らかに老人である師匠くらいの年齢の人であれば、本来は無理か相当厳しいだろう。だが、師匠であれば無理ではないと俺は理解している。
「師匠なら問題無いのでしょうね。わかりました」
移動方法についての確認が終わると、メルケルムルデでどうやって落ち合うかなどを話し合い、その後は軽く魔法の鍛錬を行い今日は解散した。
「さて、明日は一日丸々空いてしまったな。何をしよう」
寮に戻った俺は身体を寝台に投げ出し、ほげーっとしていた。
「たまには身体を休めるのも大事だし、明日は一日中ゴロゴロしてればいいや」
特に深刻なことではないので適当に過ごすことを簡単に決めると、日課を済ませて魔力素を使い切り、俺はさっさと寝ることにした。
ちなみに、魔力素が切れると意識を失う事象を逆手に取り、俺は睡眠薬のように魔力素を使い切って寝るようにしていたが、魔力素を使い切る利点がある事実を最近になって師匠から教わっていた。
魔力素は使うと必ず回復するのだが、回復の際には使用した量より僅かだが魔力素が多く回復し、その僅かに上回った分だけ魔力素の所持量の上限値が増えると言う。なので、魔力素を使えば使うほど魔力素の所持量が増えるのだが、その増加量は非常に少ない。
しかし、体内の魔力素が意識を失う程失われると、危機を感じた身体が必要以上に魔力素を回復させるようで、魔力素の所持量が通常の回復より大幅に増え、結果的に魔力素が単に回復するだけではなく、魔力素の所持量の上限が大幅に増えるとのことだ。
だが、大幅に増えるといっても、元の余剰回復量が少ないのでそれに比べたら多い、といった程度らしい。が、それでもその事実を知っている者と知らない者では、所持量の上限値に大きな差が出るようだ。
師匠曰く、俺の魔力素の量が多いのは元々の上限値が高いというのもあるだろうが、日々魔力素を使い切って寝ていたので、その分だけ上限値を引き上げていたのも関係していると言う。
「熟睡するのに便利だからやっていてだけなのに、副次効果が有意義過ぎだよな。効果が逆だったらと思うと怖いけど」
そんな益体もないことを考えつつ、しっかり魔力素を使い切った俺は眠りに就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます