第十話 またメルケル領へ帰れない……
盗賊を仕留めた俺は、メタボなオッサンから縄を借りて締め上げると、オッサンの馬車に乗せた。
「これで全員ですね」
「その小さな身体でそんな重そうな人を引き摺ってくるとは、……凄い、力だね」
「いやぁ~、それ程でも」
やっちまった! 普通は俺みたいな子供が、百キロ以上はあろうかという人間を引き摺る力なんてないよな。……まぁ、今更か。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったね。私は王都でフェリクス商会という商会の会頭をしているクラーマーと言う者だよ。危ないところを助けていただき、本当に感謝している」
「商会の会頭の方なのですね。凄いです。申し遅れました。私はキーファーの初等学園一年のブリッツェン・ツー・メルケルと申します」
「き、貴族のご子息様でしたか。これは失礼をいたしました」
クラーマーと名乗ったオッサンは、波打つダークブラウンの髪と鼻髭が良く似合うメタボ気味な人なのだが、商会の会頭と言うだけあって見た目で不快感を与えず、むしろ人好きする容姿だと思う。しかし、笑顔の奥に隠れたチャコールグレーの瞳は常に鋭く、全てを見透かされているような気がしてしまう。この人が只の商人ではなく商会を持っているのも、きっと優れた観察眼などもあってのことなのだろうと、俺は生意気にも人物評価などをしていた。
そのクラーマーは俺の名前を聞いて貴族だと知ると、慌てて御者台から降りて子供の俺に片膝を付いて頭を下げた。
「や、やめて下さいクラーマーさん。俺は貴族と言っても在地騎士爵の三男ですので、その様な畏まった態度は逆に困ります。普通に接していただけると助かります」
「いえいえ、貴族であるメルケル様に対して普通に接しては、私の方が罰せられてしまいます」
この世界の貴族制度にはなかなか馴染めない。
底辺貴族でも貴族には変わりなく、俺の様な小童にも、平民は例え自分の方があからさまに年上でも簡単に膝を畳み頭を下げる。何故なら、平民が貴族に不敬な言動を取ると、その場で切り捨てられても仕方ないからだ。
せっかく緊張が解けて普通の話し方になったクラーマーが、俺の名前を聞いてより堅苦しい物言いになってしなった。
「でしたら、メルケルではなく、ブリッツェンと呼んでいただけませんか? メルケルと姓で呼ばれるのに慣れておらず違和感ありますので」
「畏まりました、ブリッツェン様」
「畏まらないで下さい」
「…………」
困らせちゃったかな?
取り敢えず、キーファシュタットの詰所に向かうことになり、クラーマーが場所を出発させた。
「ブリッツェン様、質問をさせていただいてもよろしいですか?」
クラーマーと一緒に俺も御者台に座っていると、道中の暇潰しだろうか、クラーマーが質問をしたいと言ってきた。俺のような子供が賊を六人も倒したのだから、何かしらの秘密があると思っているのだろう。
「何ですか?」
「私の目の前で倒された賊は、ブリッツェン様が上手く立ち回って倒していたように思えました。それに、隠れていた賊は筋骨隆々な大男でしたが、ブリッツェン様は最終的に真っ向から対峙しておられました。そして、ブリッツェン様は剣を使わずに最後の賊を倒していたように見えましたが、あれはどうなさったのでしょうか?」
あぁー、そこそこ距離があったからクラーマーさんには見えてない思ったけど、俺が魔力弾を撃ったのをしっかり見られていかのか。参ったなー。
「それですか。え~とですね……、私は将来冒険者になる予定でして、その時に俺を助けてくれる必殺技をあのときに使ったので、できれば聞かないでいただけると助かります」
これで引き下がってくれるかな? 確か、冒険者は自分の技術を教えなくてよい決まりがあったはず。
現状の俺は冒険者ではないけれど、何れ冒険者になるから手の内は明かせない、とかで誤魔化そうと思っている。それでもしつこく聞いてくるようだったら、少し恩着せがましいけど俺が助けてあげたのだから、って感じで有耶無耶にしようとしているのだ。
「ブリッツェン様は冒険者になるのですか。そうなると、冒険者に手の内を明らかにさせるのはルール違反になりますね。ならば、これ以上の詮索はいたしません。失礼いたしました」
「いいえ、ありがとうございます」
これって冒険者だけかと思ったけど、冒険者を目指してるだけでも通用するんだ。もしかすると、俺が貴族だから深く聞いてこなかっただけかもしれないけど、それでも助かった。
「そう言えば、クラーマーさんはお一人ですね」
「この街道は盗賊が少ない安全な街道ですし、過去に何度も私一人で通ったこともあり、根拠のない自信はあったのです。その結果、滅多に現れない盗賊に襲われてこの様で。いやー何ともお恥ずかしい話ですな」
「この街道は安全なのですか?」
「ええ。街道沿いの獣を間引くために討伐隊が定期的に出ていますので、その際に盗賊を発見すると盗賊退治も行っているようで、それにより盗賊があまり寄り付かない街道になりました」
思ったよりちゃんとしてるんだな。
「それより、ブリッツェン様こそあのような場所で、しかもお一人で何をなさっていたのですか?」
「それはですね~、……あの先に初心者にお勧めの狩場があると耳にしまして、今後のためにちょっとだけ覗いてみようかと思って向かってる途中だったのですよ」
「そうでしたか。ですが、そのお陰で今回私は助かりました。これも神の思し召しですかね?」
「そうかもしれませんね」
よし、クラーマーさんは何とか誤魔化し切れた。次は警備団とやらの事情聴取だな。きっと、手の内は明かせないって手は使えないだろうし……。
「クラーマーさん、護衛団に聞かれたら、盗賊は私が全て剣で殴り倒したことにして頂けませんか?」
「そうですね、警備団からは詳細を聞かれるかもしれませんし、……承知しました。そうですね、私は恐怖のあまり目を閉じていたので、盗賊の悲鳴しか記憶に無いと答えます。詳細はブリッツェン様がお伝えください」
「助かります」
「何を仰る。助けられたのは私の方ですし、実際にあまり見えておりませんでしたから」
クラーマーさんは俺に恩義を感じたからか、若しくは人の良い性格なのかわからないが、凄く親身になって考えてくれる。――もしかすると、底辺貴族の息子でも俺は一応貴族なわけだから、これで恩を売るか弱みを握ったと思っているかもしれないけど、あまり関わり合うこともないだろうから気にしても仕方ないな。
「それに、今回の積荷は我がフェリクス商会としても必ずお届けせねばならない案件でしたので、その荷をお届けできなかった可能性を考えると、ブリッツェン様には只々感謝の気持ちで一杯でございます」
「失礼ですが、思いのほか荷が少ないのですね。賊を六人も乗せられる程も余裕があるとは」
聞いてよいのかわからないが、疑問がそのまま口から出てしまった。
「急ぎでしたので、必要最低限の荷だけを持って出てきましたので……」
「なるほど。それでは、おかしな質問をしてすみませんでした」
「お気になさらず」
なんか変なことを聞いちゃったかな? クラーマーさんが若干口籠ってたな。
「そうそう、ブリッツェン様はライツェントシルト公爵をご存知ですか?」
「私は田舎の底辺貴族の子なので、あまり他所の貴族を知らないのです」
公爵家といえば王族だ。
確か、シュタルクシルト王国では、王家の血が薄れてくると降爵で侯爵にされるはずだから、現国王と血が近いのだろうな。
ところで、『公爵が降爵で侯爵』ってのはギャグとして使えるだろうか? うん、つまらない。却下だな。
「近々、ライツェントシルト侯爵夫人がキーファシュタットに訪れることになっております」
「ライツェントシルト公爵夫人ですか?」
「はい。ブリッツェン様も貴族ですので、もしかしたらお近づきになれるかもしれませんよ」
あまり興味ないなー。だって、俺は冒険者として生きるつもりだから、貴族間の付き合いとか意味ないし。
「機会があればお近づきになりたいですね」
商人とは情報も商売道具の一つだろう。それを教えてくれたのは、クラーマーなりのお礼の気持ちだろうから、俺はありがたく受け取るような返事を返した。
その後も雑談をしている間にキーファシュタットに到着し、警備団に盗賊たちを引き渡した。そして、当然ながら事情聴取があった。
「事情はわかりました。盗賊からも事情聴取しておりますので、お手数ですが明日にもう一度お越し頂けますでしょうか?」
「私の話と盗賊の話に整合性がなければ、矛盾点を洗い出す、ということでしょうか?」
「そういった決まりですので」
「私の発言と盗賊の発言に相違あった場合、私の言葉より盗賊の言葉を信じる場合もある、ということですか? 在地騎士爵家でも一応は貴族です。その私の言葉に重みがないと?」
なかなか馴染めないこの世界の貴族制度だが、貴族とそれ以外では全く立場が違うわけで、例え小僧の俺でも扱いは貴族だ。その俺の言葉が盗賊の戯言で覆されることはあってはならないのだ。
とはいえ、この制度の影響で、罪のない平民が貴族に良いようにされることもあるので、俺は貴族を傘に着た物言いをしたくなく、今回初めて自分の立場を利用した物言いをした。
魔法のことを隠すために嘘を吐かなければならないけど、盗賊がやった悪事は事実なのだから、そのために貴族の看板を使ってもいいよね?
暫しの間、逡巡していた警備団員が口を開いた。
「申し訳ございませんメルケル様。この件でメルケル様のお手を煩わせることはもうございません。ですが、あの盗賊の頭領は賞金首でしたので、後ほど領主より感謝状や報奨金など、何らかの褒章が渡されるかと。その際はお越し頂くことになりますので、そちらはご了承くださいませ」
賞金首を捕まえるとそんな面倒があるのかよ……。
「それは、いつ頃になりますか?」
「五日前後かと思われます」
「そうですか……。実は、明日のメルケル領行きの乗合馬車に乗る予定だったのですが」
「……申し訳ございませんが、日程をずらしていただけると幸いです」
「はぁ、わかりました」
またメルケル領へ帰れない……。
肩を落としながら警備団の詰所を後にした俺は、一緒に行動しているクラーマーから嬉しい言葉をもらった。
「ブリッツェン様、実は、今回のお客様はキーファー辺境伯なのです。私はこれからキーファー辺境伯にお会いしますので、その席に同行いたしませんか? そして、盗賊退治のお話を直接お伝えすれば、呼び出しまでの日程を早めていただけるやもしれませんぞ」
「ご一緒してよろしいのですか?」
「私を助けた所為でブリッツェン様のご予定が変更されることになってしまったので、これはそのお詫びです。それから、用件が済みましたら、メルケル領へは私が馬車でお送りいたします」
おいおいクラーマーさん、あんた神かよ! マジありがたい。
「お言葉に甘えさせていただいてよろしいですか?」
「私にお任せください」
力強く胸を叩いてみせるクラーマーは、その振動で揺れる腹のことなど気にする素振りも見せず、満面の笑みで任せろと言ってくれた。
本当にありがたい。これで乗合馬車の予定を気にする必要もなく、事が済めばいつでもメルケル領に向かえる。予定がどんどん遅れてしまうが、これ以上は大丈夫だろう。
フラグじゃないよ? これ以上はマジでヤバい! 主にエルフィ姉ちゃんが煩そうだから早く帰郷したい。
大事な案件を一つ忘れている俺は、その事実を思い出すこともなくクラーマーに連れられ、領主館へと向かうのであった。
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