閑話 盗賊のお頭 (読まなくても差し支えありません)

「――何なんだあのガキは……」



 護衛も連れてねー馬車が今回の獲物だ。経験を積ませる為に五人の手下共に任せるか、そう思った俺様は襲撃を手下だけに任せて見物していた。

 そこに、少年と呼ぶには小さすぎる子どもがふらっと現れたかと思えば、アッと言う間に見張りの二人を倒し、外で起こった異変に気付いたのであろう、荷を漁っていた手下三人が幌を捲くって出てきた。……が、その三人も小さな子どもにされてしまった。


 見張りの二人も後の三人も子供の奇襲で簡単に伸されるとは……。


「俺様は離れた場所にいたから何とかガキの動きを追えたが、不意打ちでであんな動きをされたら奴らが伸されるのも仕方ねー。――それにしてもあのガキ、一体何者なんだ……」


 ここで俺様は、じわじわと恐怖を感じていることに気が付いた。


「俺様は五人の手下を束ねる盗賊の頭だ。ちょっとやそっとのことで狼狽える程ヤワじゃねー。俺様の力を持ってすればあんなガキなんて目じゃねーぞ!」


 俺様は自分に言い聞かせる。


「別にビビったわけじゃねー。俺様があんなガキにビビる? 違う、どうやって仕留めるか考えてるだけだ。この震えは武者震いだ!」


 いつからかわからねーが、身体に纏わり付くような嫌な空気がこの場を支配していた。その所為なのか、俺様の身体が意識とは裏腹に恐怖を感じている。だから強がるしかねーんだ。


「小山の大将は高みの見物ですか。いいご身分ですね。それで、貴方が親分ですかね?」


 首筋に当てられた物理的にも精神的にも冷やりとした感覚に、俺様は軽く背筋を震わすと、精一杯低い声を出しているつもりだろうが、明らかに子どもであると伺える高い声で何者かが……いや、あのガキが声をかけてきた。


「――なっ! テメーいつの間に……」


 確かに俺様は考え事をしていた。とはいえ、背後を取られるほど気を抜いていたわけじゃねー。そもそも、馬車と俺様との距離はそこそこあった。それをこのガキは、俺様が気付かねーうちに距離を詰め、あまつさえ背後を取ったというのか……?!


「いつの間にって、貴方がボケっとしてる間にですけど。――ところで、貴方が親分なのですか?」


 ここはすっとぼけて、何食わぬ顔で両手でも挙げれば相手は油断するだろう。それに、ガキは手下に対して奇襲をかけてたが、今度は俺様が奇襲をかければ……。

 ガキがどうやって俺様の背後を取ったのかわからねーが、腕力で俺様が子どもに遅れをとることはあり得ねー。


「何のことだが、わからねーな。俺様はたまたまこの現場を見て、関わるのが面倒でやり過ごそうと思っただけだ。――ほれ、獲物も手にしちゃいねーぜ」


 ゆっくり両手を挙げた俺様は、ガキに俺様が安全人物であることを態度で示した。

 すると、首に当てられていた刃が離れるのを感じ、俺様はゆっくりと右回りに振り返りながら、拳をガッチリ握り裏拳を当てるべく急激に力を込めて腕を振り抜いた。


「――っ!」


 俺様の拳が空を切るとともに、突然鳩尾の辺りを殴られたような痛みが走り、呻き声も出せなかった。


 唐突な痛みに冷や汗が大量に出てくるが、冷や汗の原因は痛みの所為だけじゃねーだろう。身体に纏わり付くような嫌な空気が支配するこの場から、俺様の身体が自然と恐怖を感じているのも原因だ。

 俺様はこの場を支配する恐怖から逃れるべく、硬直した身体を鞭打ち、右腕をゆっくり動かし剣に手をかける。


「俺とやり合います? 貴方では俺に勝てないと思いますが、どうぞかかってきて下さい」


 俺様からしたらナイフ程度しかねー短い剣を目の前のガキは腰から抜き、あろうことか、このガキは俺様を煽ってきやがった。


「……! 舐めるんじゃねーガキがっ!」


 煽られた怒りの所為だろーか? 先程まで強張っていた身体に力が入るようになった俺様は、ゆっくり鞘から剣を抜くとおもむろに剣を振り上げ、それまでのゆっくりとした動きとは対照的に、素早くガキ目掛けて一気に剣を振り下ろした。


 ――カキーン!


「……なっ!」


 二メートル近い長身の俺様が振り下ろした剣を、何で俺様の半分そこそこの身長しかねーガキが受け止められる……いや、弾き返せる!?

 このガキの動きが速いことはわかっていたが、力まで強いってのか。クソッ!


「ああ、この程度か。……なるほど」

「まだ言うかクソガキ! ふざけんなテメー!」


 まだ煽り足りねーのか、ガキは俺様を更に挑発してきやがる。もはや冷静に考える思考など全くなくなった俺様は、怒りに任せてただただ剣を振っていた。


「ほいっ、ほいっ、そりゃー」


「ガッ……! クソ…………ガキ……」


 闇雲に剣を振り回す俺様に対し、ガキが何をしたのか全くわからねーが、俺様の意識は刈り取られており、ガキが漏らした「めっちゃ怖かったぁ~」という声を拾うことはできていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る