愛おしき彼女の愛という守護(7)
家に帰って早々、零以は蜂蜜を掬っては食べている。
その様子を横目に、俺は鏡を探す。
「鏡はあるか」ディグロは帰り際そう訊いてきた。最低二枚あれば十分だと言うが、零以が持っている手鏡一枚と、さらにもう一枚欲しいと言うので探しているわけだが……見つからない。
洗面所の鏡は無理だ。あの部屋を開け放したら、ただでさえ部屋に籠っている血の匂いが一気に濃くなる。零以は勿論、俺は大丈夫だろうが、ディグロは耐えられるかどうか。無理だろう、どうせ外に出る間も無く吐く。それくらいには腐った命の匂いが染み付いてるんだ。
「どうしても鏡じゃなきゃダメか?」ディグロが整理してくれた大量の「物」を掻き分けながら訊く。
「無理ならいい。こちらでどうにかするよ」
と、明らかにディグロのそれではない声色が返ってきた。
思わず俺は手を止めてディグロを見る。
零以も蜂蜜の絡みついたスプーンを咥えて止まっていた。
手鏡を持ったディグロではない誰かの姿がそこにある。鏡の話が通じているということはやはりディグロなのだろうが……インド人の風貌はどこにもない。
いや、ディグロはいた。
手鏡の中にいる。閉じ込められている。冷静な顔つきで俺たちを見ているが……鏡を持っている奴の顔も、その奥に映るディグロの顔も、同じ方向を向いている。そんなおかしな話があるか。鏡の反射を無視して同じ方向を向くなど。
この部屋にいるのは確かに三人。俺と零以と元ディグロだ。手鏡の向こう以外にディグロの姿はない。
「誰だ?」
何も言わない。答えない。ただ聞こえてはいるようで、首を傾げる 。アー、アー、と、何かを言おうとしているみたいに声を出す。
思わず零以と顔が合う。口からスプーンを離した零以が言う。「通じてるのかな?」
言語か。
「英語はわからない?」男に問うが、アー、アー、と声を発するばかりで、何も答えない。言いあぐねているのか? それとも、声が出せないのか? 声の与えられていない人格もあるのか?
だが、鏡のことはなんとかすると、さっきその口で言ったはずだろ。
せめて何か答えてくれ。そうでないと言語の特定もできない。
考えるうちにようやく男が口を開く。「英語……わからない」英語だ。アイキャントスピークイングリッシュ。鏡の返答がますます不可解になってきた。
「国は?」俺が訊く。色んな言語で。ひたすらに「国はどこだ」と言い続ける。国はどこだ国はどこだ国はどこだ。反応があるまで、俺が知っている限りのすべての言語で問いかける。国はどこだ。言語のチャンネルだけを頭の中で逐一切り替えながら、同じ文章を喋る。
「χώρα」
そうして突然男は反応した。「国」とだけ。
ギリシャ語か。
頭の中で言語のチャンネルをギリシャ語に合わせ直す。「石板」に触っていない人間との異言語での交流は、こういうところで苦労する。いくらこちら側が言葉を聞き取って意味を理解していても、その状態はどうしても伝わらない。ギリシャ語しか話せない人間に対して、闇雲に英語で話しかけても意味はない。どうしてもチューニングが必要となる。
というわけで俺はもう一度「誰だ?」とギリシャ語で話す。
男は驚いたように「別人格だ」と。
「ディグロの?」
「そうだ」
「手鏡のそいつは」
「私のイリュージョンさ。私じゃなきゃこうはならない。ディグロが鏡を持ったとしても、私と入れ替わらない限り、鏡に映るのはディグロただ一人だ」
「さっき「鏡のことはなんとかする」って英語で話してたよな。アンタのその声で」
「それは多分、先に外側だけが私になったからだ。中身が私と入れ替わる前に、ディグロは私の外見で英語を話したんだろう」
ややこしいこと極まりない。
別人格について詳しく訊いてみることにする。「で、誰なんだ」
「はじめまして。私は……そうだな、カートライトだ。そう呼んでくれ」にこやかなその笑顔は、何というか……さっきまでディグロの姿をしていたこともあって……不気味だ。
「そういう名前?」と零以。苦しそうだ。
「名前というか……それに当たる言葉だね」
ディグロよりも明らかに背が高く、髪も金髪でストレートのロング。ディグロよりも顔の彫りが深い。
俺の思ってたギリシャ人と違う。
「私が思ってたギリシャ人と違う……」
零以は頭を押さえている。「頭痛か」
「ギリシャ語は知らなかったからなぁ」確かに、俺達の顧客の中にギリシャ系統の人間はいるが、英語だけを話していたっけ。
……それを抜きにしても、身なりも顔つきも体格も、ギリシャどころかおよそ日音のスラム的風景には相応しくない。人格だけがギリシャ人の可能性もあるからまだしも、その風貌はあまりにも異質で……どこかの貴族か何かだとさえ思えてくる。
鏡に映っていたディグロの姿も、とうとうカートライトに乗っ取られてしまった。
「誰なの?」零以が言う。「だから、カートライトさ」
「そうじゃなくて、ディグロの何なのって話で……」零以は混乱しているらしい。見開かれた眼が丸くて丸い。
「久川建人の別人格だよ」
「お前も別人格の一人だったのか」
「そういうことだね」
分裂せずに外見だけスライムみたいに変わるってのは初めて見る。違う外見が分裂するなんて光景も見たことはないが。
「彼女、大丈夫なのかい」頭を押さえつつ蜂蜜を食べる零以を、カートライトは気にかける。
「日音じゃよくある。知らない言語が出てくると必ず頭痛が起きるんだ。この街じゃな」
「それはまたどうして」
「簡単に言えばインストールだ。知らない言語が突然出てくると、石板を触った人間は無意識にその言語の全てをインストールする。文法や語彙や発音に文字。全部だ。一気に頭の中に叩き込まれるんだ。そうしてようやく理解できるようになる」
「それは……気の毒だな」悲しみか憐れみか恐怖なのか、そんな感じに顔を歪ませる。
「で、「石板」ってのは?」
「それはもう話したろ」
……いや。本当に知らないのか? 別の人格だから?「……他の人格たちとの情報共有はどのレベルまでできるんだ?」
「あまり出来は良くないよ」
「石板の話はまた今度だ」いちいち説明するのも嫌だ。ここでまたディグロが現れて零以の頭痛について説明するのだって面倒だ。さっさと本題に入ろう。
「どうしてアンタが出てきた?」
「これなんだけど」カートライトは抜き身のアズライールを取り出す。「明らかな欠陥があることに気づいたんだ」
「それは聞いた。ディグロが混乱して別の人格を一時的に呼び出したせいでな」
「ああ。そうだったのか。私はそこに巻き込まれていなかったが、確かに他のみんなは苦しそうにしていたっけ」
「他の人格の状態がわかるのか」
「頭の中に住み着いてるんだ。この一つの体をみんなで操縦してると考えたらいい。操縦者全員を見渡せるようにコックピットは作られている」カートライトはアズライールを持っていない方の手で、誇張気味にこめかみを指差す。コックピットか。証言台か、あるいはスポットライト。またはパノプティコン的監視塔。
……だと逆か。
「それはそうと、欠点についてだ。このナイフは完全ではなかった」
「欠点って何?」零以はまた蜂蜜を舐めている。頭痛は治ったらしい。
「分裂に限界があることだ」
無尽蔵に分裂するわけじゃないってのか。
物理法則を無視するメイカーが作ったのにか?
「……リアムは、それを知っててわざとこれを作り、売ったんじゃないかと考えている」
「わざと欠陥を加えたのか?」
「そんなに趣味の悪い人なの?」零以が顔をしかめて言う。
「リアムならこう言うだろう、「欠陥の無い武器は完璧な武器に劣る」とでも」
何かそれっぽいことを言っているようで、意味はわからん。
いずれにせよ、アズライールには分裂の限界があるらしい。
「残りどれくらい分裂できるかはわからないの?」
「無理だ」カートライトはアズライールを指で回しながら、「残りの回数が表示されさえすればどうにかなるものを」嘲笑うように嘆く。
ブレまくる輪郭。ダガーは小さく振動し続けているようにも見える。柄に触れている手や指には何も異変がないのに。ダガーだけが輪郭を複数に、何重にも重ねている。
「ところでどうしてカートライトなの?」
「名前かい? 特に理由はないよ」無表情で答える。抑揚もなく。「本来の所有者であった久川建人はあちこちへ旅行しては人との交流に徹した。そのうちの一人の名前だろう」
久川建人に対して何の感情も抱いていない風にも見える。
「あるいは「カートライト」という人間に複数会ったおかげで、印象に残ったかだ」
「その「カートライト」ってのは苗字なのか?」
「わからない。名前なのか苗字なのか、あるいはミドルネームか愛称か。そのどれもあり得る」彼はダガーを握り直す。「私は突然生まれたわけだからね」
彼の言葉が途切れて、長い金髪が隙間風に揺れる。
「……分裂に限りがあるって情報はどうやって知った?」
「簡単さ。リアムが教えてくれたんだ」
「そのリアムの言葉は、ディグロや崇道の記憶には引き継がれなかったわけか」
「おそらくはそうだろう。知っていたのは私だけだ」
「でもでも、元々は一つの体の中でディグロもシリアルキラーさんも一緒だったわけでしょ? リアムから話を聞いた時点で知ってたってことはないの?」
「私達の場合、そう単純ではないのさ」諦めのこもった表情で首を横に振る。「だから鏡が必要だったんだ。情報を伝え共有するためには、鏡像を作って、話す必要がある」暫しの溜息。「建人は、恐らくではあるが、私にだけダガーについて話してくれた。私にだけ。そこが重要なのだと思ったのさ」
ああ、あくまでもリアムと対面でダガーを買い、話をしたのは建人であり、その後鏡越しにカートライトにその話をした、と。
カートライトは指を鳴らしながら俺を指す。「その通りだ」キザな性格をしてやがる。
ともあれダガーの欠点は、買った当人とカートライトしか知らない。崇道雅緋もディグロも知らなかった……はずだが、あの妙な独り言の域を超えた叫びは何だったんだ?
電話が鳴った。俺のだ。
相手は……出ようかどうか迷うところだ。本来なら。きっともう、知ってるんだろどうせ。
電話に出て、スピーカーモードにする。
「やぁ。君がカートライトだね」
「君は? 何方? 何故私の名前を?」
「知る方法が、こちらにはたくさんあるから。それだけだよ」
千里眼持ちのアルファがムカつく口調でぶっきらぼうに言う。
「何を言いに電話なんか?」
「警告。というよりは助言かな。いや、そのどちらも含まれているかもしれないけれどね……ああこれが一番適切だ。「答え合わせ」」
「早く教えてよ」零以は蜂蜜を口に入れたスプーンを噛んで悪態をつく。
「前に、わたしはこう言った」
崇道雅緋は多重人格者。
「とね。そしてあれから君たちはどう考えたのかが気になってね。新しい情報と交換だ。君たちの考えを聞かせてほしい」
どう考えたか?
……まず、「崇道雅緋が多重人格者」というアルファの言葉に加え、「崇道雅緋がディグロを殺そうとしている」という状況も考慮して。
「ディグロ・ウェルズは崇道雅緋から分離した別人格」
最初にこういう仮説を出した。これを使いディグロを問い詰め、彼の記憶のあやふやさからも推測し、仮説が少しばかり合っていることを確信した。
一方、崇道雅緋が持っているダガーには元々、所持者がいて、そいつは購入者でもある。久川建人という名前のそいつは既に殺されていて、崇道雅緋の見た目は久川建人そのものだった。
「つまり?」覗き魔が俺の思考を読んで更に何かを引き出そうとする。
「崇道雅緋は多重人格者ではない」
「意地悪な回答だな。まるで私が嘘の情報を与えたかのような言い草じゃないか?」
「実際そうだろ。崇道雅緋本人はあれ以外の人格を持ってない。ダガーの影響を受けて分身してたのに、どいつもこいつも見た目は崇道雅緋だった」
「多重人格者なら、そうはならない、と?」
「少なくとも崇道雅緋に限ってそうはならないと考えてる。どうせアンタは知ってるんだろうけど」
「言うだけ言ってみるといい」
「多重人格者なのは崇道雅緋じゃない、久川建人の方だ。崇道雅緋、ディグロ・ウェルズは、どっちも久川建人の別人格」
「なるほど。それで?」
「それで? ダガーの影響で久川建人から崇道雅緋が分裂して、久川一家を殺して血塗れのまま逃走、道中でダガーの影響により、今度は崇道雅緋からディグロ・ウェルズが分裂した、崇道雅緋はその後始末をしにこの街にやってきた」
「なるほど。目撃された血塗れ男が血痕も含めて忽然と姿を消したことを、そうやって説明付けるか。その辺りの詳しいディテールは考えているのかい?」
「一家を殺し返り血だらけの崇道雅緋は、逃走途中でダガーごと分裂したディグロ・ウェルズに刺された。ディグロはそのまま逃走したが、刺された崇道雅緋は更に分裂してディグロを追う……いや、その前から分裂してた可能性もある。ディグロに刺された方の崇道雅緋はその場で死んで消える。浴びまくった血はあくまでも返り血だから消えずにそのまま残って謎と化した。今追ってきてるのは、血塗れで死ぬ前に分裂したもう一人の崇道雅緋だ」
「考えたね」
「アンタがそう言ったんだ。全ての可能性を考えろって」
「ディグロ・ウェルズについてはどう考えた? カートライトに変身したことも含めて」
「崇道雅緋から分裂した時に、カートライト達をはじめとした他の人格が全部ディグロにくっついたんじゃないかと思ってる。だから崇道雅緋本人はもう他の人格を持ってない。全部ディグロに取られたんだ」
「取り返そうとしてるようにも思えちゃうね。シリアルキラーさんは」零以がスプーンを口に含んだまま言う。瓶を満たしていた蜂蜜は半分に減っている。
「ディグロを殺せば取り返せると思ってそうだな」
「でも生き返っちゃうから殺せない」
「他の人格達も取り返せない」
「しかも分裂に回数制限があるし」
「だからあんなに躍起になってるわけか。無理もないな」切羽詰まっているらしい。「人格は何人いるんだ? カートライト」
「八、だ」両手で指を四本ずつ。「私もディグロも含めて八人だ。多分この体に全員いる」
「崇道雅緋は含まずに八人か」
カートライトはバツの悪そうな表情でため息をついた。「……その電話の先にいるアルファも言っていたが、崇道雅緋ってのは誰なんだい? 君たちの話を聞いて、とりあえずディグロがその人に追われているのはわかった。久川建人の姿をしていて、久川建人の別人格で分身であることもわかった。だが、結局誰なんだ?」
そうだった。やたらと名前をつけたがるこの街の変わり者が勝手に呼んだ「崇道雅緋」という名前の出自を、ディグロは知っているがカートライトは知らない。
「この街の人が勝手にそう呼んでるだけだよ。久川建人……の姿をしたシリアルキラーさんをね」
奇しくも、名前だけが一人歩きしてる状況ではあるが。
久川建人の分身を勝手に崇道雅緋と呼んでいるだけで……いや、勝手にそう呼んでるから複雑になってるのか?
この話は元々単純で、アズライールの特性も加味すればもっと単純になるんじゃないか?
アルファとはまだ電話が繋がったままだった。何も声を発しない。だからスピーカー通話モードの電話に向けて声を張る。
「「崇道雅緋」と名前をつけて呼んでいたのがそもそも間違いなんじゃないか?」
電話が「ほう?」と声を発する。俺の言葉を促す感じの声だ。
「アイツ、久川建人本人なんじゃないか?」
「んん? でもニュースには久川建人の死体もあったんだよね」と零以が何気無しに発言して、「……ああ、そういう」気づいたようだ。
分裂するアズライールの影響を受けて久川建人の姿をした崇道雅緋が分裂しまくって襲ってきたと勘違いしていた……が、そうではない。
アレは最初から久川建人であり、分身だ。
久川家の遺体が消失騒ぎになってないなら、久川家にある遺体はオリジナルの久川建人。殺したのは……アズライールの影響を受けて、人格ごとそのまま分裂した久川建人の分身。この街のリネーマーはその分身を久川建人と呼ぶことはせず、新しく名前をつけた。それが崇道雅緋。日音の外の街で目撃された返り血だらけの久川建人にもその名付けが及び、世間は完全に崇道雅緋という無から生まれた名前だけだった存在に実体を与えた。それがどうなるかは知る由もないが、言えることはただ一つ。
シリアルキラーさんは、久川建人である。外見だけが久川建人なのではない。何もかも同じコピーだ。
ディグロやカートライト含めた八人の別人格を血眼になって追っている動機も、なんだかより一層それらしい納得の行きやすいものになった。さっきの広場での分身がどうなったかを思い出してみると、カートライト達も恐らく殺せば消える。
実体を持った別人格を殺した時、果たして別人格は消失するのかそれとも主人格の身体に戻るのか。そんな疑問は実際にやってみないとわからない。
だがそうすることはできない。リスポーンするからだ。
殺せない。久川建人はもう何度もディグロを殺しては取り逃しているわけだから、そのことも既に知っている。
「……詰んでない?」零以は蜂蜜の蓋をようやく閉じて呟く。「もし殺せたとしてもディグロ達がどうなるかもわかってないのに、殺すことすらできないってさ、それってもう、無理じゃない?」
「どうするつもりだい?」アルファは全てを知っている。自分たちがどうすればいいか。最善の手は何か。残された手は。どうやったって彼の思う壺だろうし、何を言っても彼は無反応を貫くだろう。それで合っているとも間違っているとも言わない。絶対。
「久川建人と仲直りをするか」
零以はアルファとの通話を一方的に切った。
「それとも殺しちゃうか、だね」
「少し休息を取らないか?」カートライトが床に座り込んで息を漏らす。まぁ、色々あったし疲れているのも無理はないか。
カートライトには完全な休息をさせ、俺たちは少しばかりのリラックスをする。アイツらがこの家を襲ってくることは想定しているとはいえ、どれくらいの速さでここへくるかはわからない。
アズライールを持っている以上、崇道雅緋は分身をする。持ち物も一緒に分身すること、分裂したアズライール自体にも同じ能力が備わっていること、そして広場で姿を現した大量の分裂途中の崇道雅緋。数は倍々ゲームで増えていく。消す方法は殺すことだけ。
物量戦は避けられない。
その上時間稼ぎをすると更に不利になる。時間を止めても、飛び交う途中で空中に止まった大量のアズライールを掻い潜った上で、弾数を気にしながら倒さなければならない。
退けようとしてアズライールに触れたら、動いてる俺の時間が、触れた箇所から流入して、ほんの少しだけ動いてしまう。しかも分裂する。迷路の行き止まりを自ら作って不利に追い込んでいくようなもので、非常に危険だ。
時間を稼いでもいられないのだ。
カートライトはあと少しで眠りにつく。
零以は……目つきを殺気立たせていた。
まさか来たのか?
そして、立て付けの悪い木のドアがけたたましく鳴った。玄関のドアだ。カートライトは目を覚まし、俺は先だって玄関のドアにたどり着く。
何も起きてはいない。
いや、木の軋む音がドアのあちこちから響く。
俺は、ドアを叩いたのではないと直感した。
外側のこのドアには恐らく、大量のダガーが刺さっているんだ。木製だしさもありなんという感じだが、音の大きさも、音の間隔も、明らかに一般のそれではない。
マシンガンでのブッ放さないとあんなに連続した音は出せない。マシンガンならドアは木っ端微塵のはずだ。
覚悟を決め、俺は時間を止めた。
ドアに干渉する形でドアを開ける。
カツカツと更に何かが叩いたが、開かないわけではない。音を聞きながら完全に開け放した。
目の前に尖ったものがあった。
数えるのも面倒なくらいあった。
全部の先端がこっちを向いていた。
こっちを向いたままで止まっていた。
玄関のドアを目掛けて、分裂済みのアズライール達が全部。
頭の先から爪先まで全部隈なく覆うように刺さるように。
掻い潜ることすら無理なくらいに隙間なく。
僅かに垣間見えたダガーの先にもまだ黒と白の刃が飛んできている。
そしてその先に、俺が何度も殺したアイツの姿が何人も。
触れない。避けられない。だったらできることは一つだけだ。
俺はドアを閉じて、止まった時間から抜け出すみたいに時間を動かす。ドアを硬いものが叩くようなけたたましい音が連続した。
俺たちの家までやってきたのなら。
全面戦争最終決戦だ。
凶男狂女と愛と愛と愛 氷喰数舞 @slsweep0775
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