その化け物

辺りの建物を滅茶苦茶に破壊するその化け物アンカッシェの、巨体に似つかわしくない俊敏さに苦悩するイリス。

しかし数分前とは違いその目は落ち着きを取り戻しつつあった。

「能力も魔術も出し惜しみしないから安心しな。―――って言っても分からないか……。」

イリスの周りに点在する石畳の破片が、風もないのにカタカタと音をたてて揺れていることに、アンカッシェはひどく警戒しているようだった。

安心しな、と言葉通りに優しい顔をしたイリス、大剣を上段に構える。

自らの身の丈を超える大きく、長い板の様な剣を軽々しく頭の上まで持ち上げ、少し左に傾けいつでも斬りかかれるよう神経を尖らせる。

「来な、哀れな魔獣さん。」


アンカッシェは大きな予備動作の後、垂直に跳んだ。

家屋なぞ悠々と飛び越え、月の出た夜空に舞い上がる。

それを目で追っていたイリスの背筋に薄ら寒いものが走る。

空中で両手を広げた化け物の手のひらに、光が集まっていくのが見えた。

マナの凝縮。

それも形作られていく魔弾は一つや二つではない。

片手あたり五、六個。

総数二桁に達する濃縮魔弾が、奴の手元に出来上がっていた。

チッ…と小さく舌打ちすると、イリスは大剣を盾替わりに防御態勢に入った。


全弾同時に投げつけた器用なアンカッシェ。

イリスは爆炎に包まれた―――が、無傷でそこに佇む。

グゥルルォォオオォォォォォォ

苦しそうに叫び、自由落下のエネルギーを加えた拳を振り下ろす。

しかしその拳はイリスには届かなかった。


拳は、紅剣にすらたどり着くことなく、ただ虚空でピタリと止まっている。

何度連撃を食らわせようと、その『歪み』から先へ攻撃が通らない。

空気を揺らしす、壁の様なものが、イリスとアンカッシェを隔てていた。


「ソイツは衝撃波だ、但しあたしの能力で形を成し、留まっているけどね。」

魔獣相手に説明しても仕方ないのだが、と頭を掻くイリス。

しかし最低限の礼儀として、教えてやることにした。

「あたしは元衝撃術者ショックマスターだ。Lv5の時はそう呼ばれていた………。」

説明を無視して殴り続ける化け物は、更にでたらめなマナ総量を放出し、巨大な純魔力刀を作り出す。

流石に耐えきれなかった、『衝撃の壁』は離散し、イリス本人は後方へ飛ぶ。

更に町への甚大な被害を拡大していくアンカッシェに、呆れた様子で首を振る。


「ったく………コレじゃあんたを倒しても、どやされるじゃないか……」

そう言って真っすぐ右腕を伸ばし、巨大な肉の塊に向けた。

「衝撃波を留めて剣にしたり盾にしたりってのはLv5の範疇だったらしいから、あたしは修行したのよ。そんでもって手に入れた力が…――」

余裕を見せ解説するイリスに苛立ちを覚えたアンカッシェは、全面に集中させたマナを展開した状態で、無我夢中でタックルする。

速度、力、共に人間には到底到達できないであろう水準の攻撃は、しかしあっさりと敗れる。



瞳孔を焼き尽くす閃光を放ったイリスの右手から、一直線に光の柱が伸びアンカッシェを貫いた。

形容するなら、まさしくレーザー光線。

その細さと裏腹に、直撃した化け物の体積の内、おおよそ七割は蒸発。

まき散らされた血肉は、真っ赤に染まっていた路地に馴染む様にボトボトと転がる。


「――荷電粒子砲。光衝撃波の応用だが………安心しな、放射能は出ない、クリーンな仕組みだよ。」

辺りを覆う水蒸気の中から姿を現したイリスは、苦笑いを浮かべていた。

そして真剣な顔に戻り、ただ残された惨状を見つめる。

ヒトと人工魔獣アンカッシェの肉片で散らかった瓦礫だらけの路地。

ひん曲がった街灯は点滅している。

映し出されるは人間のモノとさして変わらないアンカッシェの肉たち。

酷いものだ、ここまで織り込み済みの事件ならば、その首謀者である怪人の誤った方向性の知性の高さに絶望するしかない。



夜の街を、一瞬だが恐ろしいまでに煌々と照らした光に、あの男が気付かない筈もなく。

ボヤ騒ぎに駆け付けた野次馬の様に、屋根上伝いに飛んできたその“変人”は、楽しそうに言うのであった。

「君ィ……いい能力を持っているねェ、今夜は前夜祭……………花火でも上げようよォ!!」

高らかに、陽気に、ご機嫌よく叫ぶ男はイリスを見下ろしながらそう叫ぶ。

その好奇心旺盛な視線に、イリスは刃物よりも鋭い殺意の目をお返しする。


「精神通過のフォルス……狂人め、どうして今更ここへ来た…………」

「どうして?そりゃオレの作ったスプラッシュボムの成果を見に来たのさ」

何を言っている、と質問したげな口ぶりで淡々と答えるフォルス。

対して限界寸前のイリスは中指を真っすぐ怪人へ向けた。

「この血に染まった光景を見て、スプラッシュボムとでも言うつもりか。こんな事の為に何人の犠牲者を出した…………。」

ォ??人間の血に怒った『ヒーロー』が、人間の肉で作られた哀れな囚われの魔獣を倒してさらに鮮血を散らせるという最高のジョークじゃないか。分からない?」

わざとらしく首を傾げるフォルス。

「―――と、それだけじゃァないんだヨ!オレのゲームに紛れ込んだ素晴らしい能力スキル持ちの勇者君に『ヒント』を上げようと思ってね!!」

訝しむイリスの沈黙を無視して話を続ける。

「オホン!えぇ、今回オレが君に言いたいのはねぇ………国立ローゲン魔導高等学園、一年D組…………」

フォルスはイリスの表情を伺っていた。

期待通りの反応、目を見開き絶望と憤怒を体現する。

「そこにィ…………確かァ……お嬢様がいたねェ…………マーセル家のぉ…」

ドォォン

響いたのは、荷電粒子砲が空気を押し出す爆音。

超速の荷電粒子、それを軽々と避けた怪人は笑う。

ニタリと嫌味な笑みを浮かべて。

「どォしたの~、オレはまだ言い終わってないのにィ。」

「黙れ!!!あんたリズに何の用だッ!!!!!」

怒号。

我を忘れる程怒り狂うイリスに、ただ満足したようなフォルスは。

手をひらひらとさせ後ろを向く。

「な~~~んにもォ?お気になさらずゥ…………ハッハッハハハハハハ!!」


建物の影に消えていった怪人・フォルスを追うも、そこには既に一片の気配すら残されていなかった。

イリスの胸は不安に締め付けられる。

マーセル家と言えば有名な魔導の名家。

いや、それ以前に―――



十中八九リズ・マーセルの事を言っていたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!