虚栄の夜

大聖堂の裏手にも、広場は続く。

自然と芸術を溶かし合わせたような、違和感のない美しさ。

一切のライトも魔石も光源として使われていない月明りだけに彩られた中央広場。

そこに膝を落とし手で顔を塞ぐ女性が一人。

静かにすすり泣く彼女は異質で、それでいて可憐なものだった。

「失礼、お名前を聞かせてもらっても?」

やわらかく、紳士的に話しかけるエドワードの声に、顔を上げる女。

一瞬月が雲に隠され暗闇が広場を覆うも、すぐに空けその美しく整った顔立ちを露わにする。

絶世の美女。そう呼べばよいのだろうか。

任務中であるにも関わらず、集まった五人は見惚れてしまうほど、その女性は美しく、

「すみません………取り乱してしまって。つい先ほどまで、得体のしれない何かに追われていたもので…」

静かに、夜の湖に吹く風の様に話す。

その声は微かに震えていた。


「安心してください、我々はギルドの者です。先ずはあなたを安全な場所まで送り届けます。」

「ありがとうございます。優しいお方。私はクラールと申します。」

エドワードの部下の一人が肩を貸し、立ち上がらせる。

クラールと名乗る女性は弱弱しく、身体を任せながら立った。

「ありがとうございます。」

クラールに礼を言われた隊員の男は、ひそかに胸を高鳴らる。

今まで見たこともない美女に、密着して礼を言われ。

全て正義の為。自分は正義のヒーロー。

そんな考えが頭を駆け巡る。

「いえ、貴方を護ることも、立派な仕事ですから!」

誇らしげに、そう語る隊員。

「隊長、この方はギルドのセーフハウスまで連れて行けばいいですかね?」

「あぁ……まぁ安全なのはそ…――」


エドワードが言葉を終える前に、気づく。

隊員に抱き着くような形で密着したその美女が、自らの部下の首筋を甘噛みしていることに。

こんな時に何だ、と。感じた違和感はしかし恐怖へと変わる。

「ど、どうしたんですか?いきなり大胆な…心配しないで下さい!僕が付いてますから。」

「おい、フィン。ユリの花言葉って何だった?」

焦った声で質問するエドワードに、戸惑いながらも応える隊員。

「無垢とか純粋とか……スかね。」

無垢、純粋…それが指し示すヒントは何か。時間すら圧縮する勢いで頭を回転させるエドワード。

少しづつ顔色の悪くなってゆく噛まれた隊員に一同が固まる中、もう一度。

「じゃあ……ピンクのユリの場合は?」


「―――…虚栄心。」

と、口にした隊員は、目の前から姿を消した。

吹き飛ばされたのだ。

月がもう一度隠され訪れた暗闇。

その暗黒の中にあって、の威圧感がすくすくと肥大化していくのを感じずにはいられなかった。

「散開ッ!!!」

クラールは、一度甘噛みした箇所からあえて外し、今度はより頭に近い部分に噛みつき、食いちぎった。

その目に狂気なぞ一切映っておらず。

相も変らぬ美しさの目は、返り血を浴びた顔にえらく不釣り合いだった。

「喰種か!?総員戦闘態勢、オーズを奪還す…る、ぞ…………」


気合と、警戒と、殺意とを、瞬時に忘れ去らせるに足る光景。

たった今救うと断言したオーズの身体は異様な速度で膨れ上がり、元は人間の形をしていたとは信じがたい、高さ3メートル強の肉のボールになった。

「喰種じゃ……ない……っ!?こいつぁ呪怨の類……」


ボオォォオオォオオオオ―――――


声にもならない響が、肉塊の中心から聞こえてくる。

怒りと恐怖に狂いそうになる残された三人の、限界寸前の心を落ち着かせ得るような。

静かな声でクラール。

「『虚栄心は美しさ、強さ、理想の自分を膨張させ、作り出す原石だヨ』、それが『あの方』からのヒントでございます。」

それはまるでゲームのNPCむらびとの様に。

まるで脱出ゲームの説明をする様に。

まるで遊園地のアトラクションキャストの様に。

笑顔で対応するクラールは、回った目で白目を剥き、倒れた。


残されたのはゴムボールさながらに膨れ上がり、細い手足が不自然に付いた肉塊。

元オーズ。

「クソッたれがァ!!!!野郎、説明するだけしてトびやがった!!」

隊員の一人がクラールの脈を測るも、既に死んでいると首を振る。

服もギチギチになった元オーズは、今もなおゆっくりと膨張を続ける。

「手遅れになる前に応援を呼べ!治癒魔導士と解呪士かいじゅしもだ!!」

急ぎ『ギルド』に連絡を取る部下。

しかし目の前の惨劇は刻一刻と悪化していく。

どうしてやることもできないエドワードは、ただ下唇を噛んだ。

血が出るほど噛んでも、何も変わらぬ悲劇。

黙って床を見つめていると、鈍く、グロテスクな破裂音と共に、全身が生ぬるい血肉で濡れた。

「………………………何が楽しい…狂人めが………」

エドワードは怒りで肩を震わせながらつぶやく。

この町のどこかで高らかに笑っているであろう怪人を思うと、自責で自我がどうにかなりそうだった。




「アッハハハハハ………ハハハハハハッ……フェ~~~~――……ケッサクだよねマったくぅ……虚栄心で膨れ上がった表面人格に比例して体が膨れ上がる呪いなんてサッ!!!!」

愉快なショーを見終えた"精神通過のフォルス"は、満足気に足をばたつかせる。

屋根の淵に座って、遠くで起きた出来事を、それはそれは上機嫌で眺めていた。

「人間なんてこんなもの、ヒトなんて…こうも醜悪で卑劣で、自らを偽ってまで他人の中では大きく居たいなんて考える……………ハァ…憂鬱だヨ。」

人の営み、文明の光で彩られた夜景を目にしながら、そう独り言を零す。


「奥に見える光の無い神域。さらにその奥の文明の光。―――……壁の外は、ここよりよっぽど楽しいトコロだったよ。人間君…」

魔獣の森、魔物の国。

人類領域の外側を、恋人を見つめるようにうっとりと眺める。

しかし、と自ら言葉を紡ぐ。

「まぁね…………そんなヒトも、いや、そんなヒトだからこそ…この世界を鮮やかに染めうるのかも知れないネ……かくいうオレも、その一部だった訳だしィ?」

立ち上がり、大きな月を仰ぐ。

その細見の身体に宿った、似つかわしくない巨大さの狂気で、今日も口を歪めて笑う。

「フェへへへへへ……心配しないで、お姫様……………――――――」




「――――直ぐに楽しくなるから♡」

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