町を見下ろす異形

重心を無理矢理振り回す緊急回避で、ビルから身を投げ出すイリス。

もはや次の攻撃を回避する余裕すらない。

化け物の、予想を遥かに超える身体能力に焦りが生じ―――


素早い第二撃に、一瞬死線を目の当たりにする。

脳の限界速度に迫る思考は時間を圧縮、0.2秒に満たない葛藤から生み出された答えは。

巨大な大剣を投げ捨てたときに生じる慣性で自分の位置をずらすものだった。


「回避してやっと………はぁ……、息を繋いで………やっと、かよ……」

息が上がり、苦しそうに顔を歪ませるイリス。

だが化け物もゼェゼェと激しく呼吸する。

お互い先程いた通りに戻ってきた矢先、イリスの脳裏に記憶の断片が浮かび上がった。


あれは確か先月行われた『怪人対策本部』のブリーフィング。

今までの事件の整理とその行動パターンの考察の資料。

何かおぞましい物を見た気が………―――


何か。

禁忌に触れる魔術の類……。

…禁忌。

命の……生成?


人工魔獣アンカッシェの………召喚………?」

ピクッと魔獣の様な『何か』が反応する。

それを図星ととるか、まぐれと捉えるか。

考える間もなく、本能が大剣の下へ脚を向かわせる。

コイツ相手に得物無しでは戦えない。

逃げる事すらおぼつかない。

生存本能がそう叫ぶ。


「想定外も大概……今までの傾向ならせいぜい喰種グールがいいところだったろうに!フォルス!!いちいち面倒事起こさないと気が済まないガキめっ!」

イリスは、この町のどこかでほくそ笑んでいるだろう怪人に怒りの言葉を惜しまない。

散々度の過ぎた命を弄ぶ悪戯を思いつく怪人に、心底嫌気がさした。


―――そして、衝撃によって忘れられていた怒りが息を吹き返す。

転がった、何人のモノかも定かではない死体。

これをやったのは貴様だな、と無意識に質問していた。

「………人工魔獣アンカッシェか何だか知らないが、あたしの本気……受け止めな……。」

呼吸を落ち着かせるイリスの姿は、『ヒーロー』の風格を纏っていた。

紅剣・スクトゥラミーチェを地面から引き抜くや否や、アンカッシェと呼ばれる化け物が踏み込む。

大きく地面を揺らし、真っすぐ飛び込んでくる巨体から視線を一切外さないイリス。

軽く横に飛ぶだけでこれを回避する。


姿勢は、予備動作は、まるでリラックスした準備運動の様。

だが確かに、化け物は目にした。

イリスの足が纏った、を。

マナを慎重に扱うその機動は、アンカッシェを容易に上回った。

攻撃を外し、今のカラクリを探る様に固まるアンカッシェに、イリス。

「今ので躱されてそんなに驚いたか?……はぁ…もう少し落ち着いたら……もっと上がるぞ………」

落ち着いたら、と、そう嘯くイリスの目は確かに、怒りに冷たく燃えていた。







***







大聖堂の前までやって来たが、敵の姿が見当たらない。

ギルドに派遣された五人は周囲警戒を行いつつも、つい数分前まで感じられていた悪意の様な悪寒が感じられないことに気づいていた。

「逃したか……」

そうつぶやく討伐隊隊長パーティリーダーのエドワード・クロダア。

その赤毛と顎鬚は月明りに照らされキラキラと揺らめく。

「しかし掴みどころのない奴ですね、怪人とは。」

「一旦は盛大に自分の位置を特定させておいて………今度は綺麗さっぱり痕跡を断った……」

隊の者が口々に話し出すのは、安心感の表れ。

物騒な変人が近くにいないと分かっただけでホッと息を付ける。

だがエドワードの胸には未だ拭えない違和感がある。

彼が怪人を追い始めてから3年……その直感が告げるのだ―――

まだ甘い、と。


「警戒を解くな。今回は余りにさっぱりし過ぎだ。」

フォルスという男を追い。

フォルスという怪人に振り回され。

追いつかんとしその思考を追っていた彼だからこそ、気付ける違和感。見落とし。

「そう言えば、今回奴は何を残していった?」

「……!?」

エドワードの言葉の真意に気づいたのか。

討伐隊は各々聖堂周辺とその内部を捜索し始める。

「普段なら奴は何かを残していく。自分の存在の痕跡。残留する何か。―――まるでそれが自分の生きた証であるかのように……。」

大聖堂のある広場は防衛施設に囲まれており、その更に外周に市街地がある。

その厳重に警戒された大聖堂の中に踏み入ったエドワードと隊員一名は、幻想的なまでの光景に足を止めた。


ステンドグラスから差し込んだ月光が、十数メートルはあろう蒼いクリスタル、もとい魔石に差し込み、内部で乱反射に乱反射を重ね、水面の様な揺らめきを帯びて光輝いていた。

左右に整然と並ぶ木製の椅子は、列をなし、中央の通路を挟み込む。

通路を真っすぐ進んだ先、祭壇のさらに奥にその巨大な魔石はあった。

「綺麗なもんだな、ケントロム・クリスタル………結界の要…。」

「――何です?あれ。」

こまめに清掃され、埃一つないような場にあって、祭壇の目の前に一本の花が落ちていた。

近付き拾い上げ、月明りにかざすとそれは微かに赤色を含んだ桃色のユリだった。

「紅い……百合…。どう思う?フォルスが置いて行ったと考えるのが妥当か。」

「ですね、あの変人の事だ。どうせなぞかけのつもりでしょう……。」


これをヒントととるなら最初にあたるべきは花言葉、それに詳しい者が隊内に居るな、と通信機に手を掛ける。

『隊長、大聖堂裏に来てもらえます?』

しかしエドワードが声を発する前に緊張感にこわばった隊員の声が飛び込む。

「………どうした。」

『女性を一人保護しました。泣いていて話が通りそうにないので来ていただければ、と。』

「分かった、今行く。」



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