約束の額

「にゃ!?」


両手を地に付き、手のひらに砂利や石による痛みが伝わってくる。

地に伏している。

見上げると、そこには悪い笑みを浮かべたザーラが。


「……ーラ……ザーラッ!!!」


屈辱。


それは舐め慣れた辛酸。

慣れた。

独りは慣れた。

もう慣れた。

慣れたのだ…………。


……………………。


『だってなんか…嫌じゃん。』


『わしもムカついた、それだけだ。』






―――――――――むかつく。




「待つ”に”ゃぁアア”!!!!!!」

血相を変えたエリヴィアは、声がかすれる程叫んだ。

獣みたいに瞳孔が閉まり、牙を見せる。


ここにきて初めて、勝ちたいと、そう思った。



第三コースの特徴は障害物の密度にある。

とくに地上は、例え上手くパルクールランできたとしても第一コースの二倍の時間が掛かる。


踏み込み。

走り出す、その距離は人間のそれではない。

たったの一跳びで四メートルはあろう木の枝にたどり着く。


身体を翻し、木々を足場にどんどん前へ進んでゆく。

華麗な身のこなしは、まるで野生動物。

いや、野生の魔獣の様だ。

倒れていた時に開いた距離差をすぐに縮めて走る。



だが、巻き返すにはどうにもコースが短すぎる。


エリヴィアは必死に、それはもうなりふり構わず飛び回った。

手をかけ、体を捻り、乗り越え、飛ぶ。

野生の獣の様な動きではあるが、同時に先ほど習ったパルクールの動きも取り込まれたそれは、アスリートの動きだ。

「そんなっ……エーヴィーがこんなッ……?」

ゴール手前数メートル、困惑したザーラを、抜き去る。

怖い顔をしていたエリヴィアだが、その瞬間笑顔になり―――





「おんどりぁあああ!!」


―――――ワカナも黙る、人間離れした速さを見せたイリス・ロードナイトに抜かれた。







***







「ロードナイト……。」

「イリスさん…まぁ事情も説明しなかったし、八百長もしたくなかった。」

しょげたワカナ、リズ、エリヴィアの三人を前に冷や汗をかくイリス。

「えっとぉ…もしかしてあたし、空気読み違えた?」

「いいの、イリスも勝ちたかったのよね。」

ワカナもリズも、理解はしていた。

それでもやるせなかった。


奥には悔しそうな顔をしたザーラ達三人が。

黙ったまま地面の雑草を見つめる。


「しっかしワカナは分かっていたがエリヴィーは驚いたぞ。」

「………にゃー……。」

エリヴィアの心情は複雑だった。

やるだけやった、という考えもある。全力を出し尚勝てなかったイリスへの敬意。

それに勝る絶望。

実力を晒しておきながら、勝負に負け、理不尽なにも負けた。



「いやぁ~どこも奮闘したなぁ!特にローゼンフェルドのチーム。ローゼンフェルドとジャベリン!お前達そんなに動けたとはなぁ!奇しくも二位だったが、特別賞を上げたいくらいだ!」

大声で愉快に笑いながら現れたゼイルに、場は凍り付く。

その微妙な空気に眉を顰める。

「あ、あれ。俺は空気を読み違えたか?」

祝福の言葉が受け入れられず、歳のわりに悲しそうな顔をしていた。



「エーヴィー、ワカナ、転校生、ちょっと来な。」

ザーラに呼ばれ、人気のない所へ連れられた。

負けを、認めた顔をして。

いや、負けなのだ。勝負には完敗している。

直前の約束改定さえなければ。

「そうか…お前らがこれほどの力を持っているとは………予想外…だよ。」

「あぁ………だろうな。」


しばしの沈黙。

唯一人、理解できず、受け入れがたいとしている者が。

「ですが!約束は約束ですわ!」

躍起になって、負けを認めようとしないホリー。

その大声の意地はザーラに届く。

揺らぎかけていた心を、いじめっ子のものへと戻す。


「……そうだ、今まで払わなかった系28万2000アギス。払ってもらうぞ。」

誰も冷静ではない。

ザーラ達も、エリヴィアでさえ。

ワカナとリズを除くクラス全員が、勝てるなどと思っていなかった。


エリヴィアは覚悟した。

身体で払う覚悟を、だ。


「待て!」

怒号で場を制したのはワカナだった。

エリヴィアの前に出る、狼が子を守るように。

「その代金とやら…わしが肩代わりしてもよいか?」

「は?」

「だからな、その28万2000アギスをわしが払うと言っているのだ。」

ザーラの目には、困惑の他にほんの少し申し訳なさが混ざっている。

「はっ…払えるのかよ!お前によぉ!」

伝手つてはある。だが二日程欲しい。」


その真剣は眼差しは、嘘ではないと雄弁に語っていた。

「わぁあったよ、ワカナ。明々後日の朝までだ………いいな?」

「ありがとう、ザーラ。」

いつの間にか、ワカナと呼ぶようになったザーラ。

その場は、ワカナによって納められた。




「どういうつもり?ワカナちゃん!」

「そうだにゃ!……ワカナさん!ぼくなんかの為に…」

「じゃあっ!売るっていうのか?」

どしようもないだろ、そう言ってワカナは黙る。

静寂は嫌に心を圧迫した。


「でも何もワカナちゃんがやることないじゃない!私だって両親に頼んでみればどうにか……。」

納得のいかないリズは反論する。

ワカナのやろうとしていることが、心の奥底で分かってしまうから。


分からないエリヴィアは、それでもワカナが自らを危機に晒している事くらいわかる。

「ワカナさん…………。」

そのまま歩き出したワカナの背中を、誰も、引き留める事は出来なかった。





「あれ、ローゼンフェルドは?」

「帰りました。」

「えぇ!?帰ったぁ?」

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