ヒーローとレベルゼロ

羅生門前。第十八狩猟区域、正門駐屯基地。


「おいあれって…イリス・ロードナイトか?高一にしてギルドメンバーの……」

「で、あっちが…レベルゼロか。今夜は何かあったっけか?」

「あの制服の子可愛いな、おい。」


ざわつく門前に、イリス、リズ、ワカナの三人は居た。

すっかり暗くなった空の下、ライトに照らされ門前広場はやけに明るかった。

「有難うございます、本当に、ありがとうございます。イリスさん。」

必死に頭を下げるリズをイリスが制止する。

「待った待った!頭を上げてリズっち!」

「り、リズっ……はい?」

「あーあー、リズっちって呼んでいい?敬語じゃなくていいし。」

リズは、元気な笑顔を見せたイリスに微笑みで応える。

「それはまぁ、いいよ?」

「やったね!ワカナは『ワカナる』とは呼ばせてくれないんだよねぇ、あたしのこともさん付けだしさ。」

「あはは、ワカナちゃんらしいね。」

そっぽ向いてふて腐れてるワカナと笑う二人。

こうしてみれば立派に女子高生をしている三人だ。



壁、人類領域と生まれながらにマナを持つ魔物の住む外界を隔てる長い長い壁。

修繕に改修、補修を繰り返してきたその壁はもはや、いつ誰が初めに作ったのかも分からない。

こんなものが無ければもしかして、平和な生活を送っていたやも知れない。

魔物のいない世界ならば。

能力のない世界ならば、きっと皆平和に暮らせるのだろう。



一人の腰には真っ黒なナイフが、一人の脇には魔導の杖が、もう一人の背中には身の丈以上の紅い大剣が。

いずれも女子高生は武器を携帯している。

「今日はもう遅いね、帰ろっか。」

イリスの提案に議論の余地などないほど辺りは暗くなっていた。

帰りの準備のためバッグを整理し始める。

「えっとぉ……その魔晶石全部ワカナが集めたのか?」

「うむ、そうだが?」

「こりゃ凄い、Lv1が持っていていい量じゃないよ、これ。これ全部吸収すればワカナLv2なれると思うんだけど。」

感心してバッグの中身を除きこむイリスは、尊敬すら覚えていた。

Lv6の、ギルド所属のイリスにしても、Lv1がこなした偉業としては充分すぎる量だったのだ。


「だよね。ワカナちゃんが未だにLv1な理由がやっぱり分からないよ。」

二人の視線から逃れるようにバッグに目を落とすワカナは、うつむいたままリズにカバンごと差し出した。

いきなりの事にきょとんとするのも無理がない。

鞄一杯の魔晶石に固まった。

「何のつもりだ?」

「か細いわしにこれを担いで帰れと?ここで吸収してくれ、リズ。」

イリスの疑問は尤もだった。

ハンターの、特に学生の原則は『狩った者が食すべし』だ。

マナの結晶を取り入れる事と、狩りによる戦闘経験は成長に必要不可欠だからだ。

プロのハンターならば、大型モンスターを狩ってその魔晶石を売り出すこともあるだろうが。


「あんたまさか………」

「そんな、全部なんて貰えないよ。ワカナちゃんの頑張りなんだから!ワカナちゃんが食べなきゃ!」

「いや、これはわしからの詫びの気持ちだ。これでは足りないほど…。」

もう一度ぐいっと鞄を差し出す手を、イリスは抑えた。

笑っていた目は鋭く光り、真剣そのものとなる。

手を抑える力がより一層強くなった。

大剣を振り回す者の握力にも、表情を変えないワカナ。

「ねぇワカナ。もしかしてだけど…、今まで魔晶石を食べたことないでしょ。」

怒っているのか、というほど顔。

リズは険悪な雰囲気に不安になった。

「ダメだろ。あんたはもう立派に狩人なんだ。友人を護りたいなんて言ってるけど、まずは自分を護りなよ。」

「わしは良いんだ。どうでも。」


また視線を逸らす。

数秒間の沈黙が、永遠に感じられる程、その空間は張り詰めていた。

「ダメだ!バカ!」

大声で静寂を破ったのは血相を変え怒鳴ったイリスだった。

リズは、いやリズだけでなく近くで様子を伺っていた魔導兵達全員がビクッと反応する。


「いいかワカナ、あんたがどんな過去を持っているか、あたしは知らない。けどな、あたしは自分を大切にしない奴は大嫌いだ。自分を犠牲に友人を護ろうとする精神は美しいと思う。でも自分の命に価値が無いなんて言うやつは大ッ嫌いだ!!」

ヒーローは怒っていた。

自らの命を軽んじる人間に対して、激情に駆られていた。

制服の胸倉を掴み寄せ、厳しく、それでいて優しい目でワカナを見つめる。

「ちょ、ちょっとイリスちゃん?」

「強くなりたいのは構わない。未だ何かに囚われていることも、この際目をつむろう。だけど、その考え方だけは直せ。訓練の手伝いをしてもいいけど、その後だ。」

怒鳴られても、真剣に語り掛けられても、よく理解できなかった。

彼女は今までそういう道を歩んできたのだ。


自分を必要とする者などいなかった。

利用しようとする者はごまんといた。

両親でさえ、この命に意味を見出していなかった。

生まれてきても良かったのか、この疑問は何度問いてきたか分からない。

その答えは、いまだ出ないまま。


そんな中友達ができた。

生まれて初めての友達が。

守りたいと思った。

意味の無かった命を支払うには十分だと。


しかし今目の前にいる人間は、必死に命の大切さを説いてくる。

自分の命にも価値があると言っている。

何故だ?

分からない…。





「なぁワカナ。あんたが死んだらさ……リズもあたしも、死ぬほど悲しいよ…。」

「………え。」




イリスに賛同し頷くリズ。

この二人を見ているだけで胸がいっぱいになって、涙が溢れてきた。

なんだろう。

すごく温かい。


未だかつて感じたことのない何かに、心は満たされていく。

合って初日のリズ。一学期は注目を浴びていた、ほとんど関わりを持たなかったイリス。

その二人が、そろって悲しそうな目をしているのは何故だろう。

その目にこんなにも満たされるのは何故だろう。



その時、ワカナは初めて心の温もりというものを知った。

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