意志

ガララ…


保健室の扉が開き、中から低血圧でダルそうにしている女性が出てきた。

ワカナの髪も手入れされておらずワシャワシャしているが、この女性の髪も相当に放置され、前髪で目が完全に隠れている。

真っ白な肌も相まって、少し不気味ですらある。

彼女は養護教諭ようごきょうゆ、すなわち保健室の先生だ。

「あー………終わりましたよ……。」

「あぁ、クレア先生、お疲れ様です。マーセルの容体は?」

のろのろと振り返る姿はまるでナマケモノの様だ。

医師としての実力はとても怠け者とは呼べないものだが。

「特に……問題なし…。両腕の…治療は完了………意識もある…。」


部屋に駆け込んだワカナが目にしたのは、ベッドに腰かけ両腕に包帯を巻いたリズの姿だった。

穏やかな顔で微笑む彼女は入ってきたワカナ達に気づく。

「あ、ワカナちゃ…」

「すまなかった!!!」

ワカナはリズが手を振り声を掛けようとしたのを遮り、叫ぶように謝罪した。

深々と頭を下げ、涙を堪え、目を固く閉じる。

その姿に衝撃を受けたリズは、どうしていいか分からず固まってしまった。


「コイツなりの精一杯の気持ちだ、受け取ってやれ。」

はっと我に戻りベッドの淵に座りなおす。

包帯に包まれた手でワカナの頬っぺたをぎゅっと挟んだ。

「む…お、怒っているのか………リズ…。」

「ううん、怒ってないよ。むしろ凄かったって感心してるくらい。」

また、あの笑顔だ。

空気を読み続けたワカナが見ても、やはり裏が感じられない。


「私も油断してたしね。」

「油断?」

「私なら制御出来るんじゃないかなって、過信してたの。」

自分のミスもあったと、照れくさそうにはにかむ。

「とんでもない量のマナを感じたよ。ワカナちゃんはとんでもない可能性を秘めているのかもね。」




心地よい風が窓から入り込み、揺れるカーテン。

夏の暑さが残る中、二人は二時限目の終わりを告げるチャイムを待った。

ゼイル先生は授業へ戻り、クレア先生は椅子の背もたれに寄り掛かり爆睡している。

乱れた前髪から微かに見える目がセクシーだなぁと妙にドキっとさせられる。

女子とは言え、だ。


「なぁリズ?」

「なぁに?ワカナちゃん。」

「…………今日暇だったら…狩り……行かないか?」

勇気を振り絞りだした提案は、放課後モンスターハントだった。

魔獣狩り。

魔獣の落とす魔晶石を、ささやかながら詫びの菓子折りにしようと思ったのだ。


「うぅん、行きたい気持ちは山々だけど……さすがに許可証が間に合わないよ。」

しかし、学園が能力レベルを上げるためにも推奨している魔獣狩りとて、毎回許可証を申請しなくてはいけない。

学生証があれば容易に狩猟許可証を貰える、だが申請が受領されるまで少なくとも数日はかかる。

普通の学生はこの手順をこなした上で狩猟区域へと足を踏み入れる訳だ。

「…申請したら…な……その点は問題ない。」

優等生ですら週に一回行けば勤勉、というのが目安の『狩猟』。

無論そこには、例外も、存在する。


「分かった、信じるよ。今日は予定ないし行こう!」

「うん…魔晶石をご馳走するよ。」







***







三時限目、四時限目の授業が終わり昼休みがやって来た。

「ワカナちゃん!一緒にお昼食べよー。」

「お、おう。」

リズは可愛らしいお弁当箱をもってワカナの下へやって来た。

ピンクの弁当包みで丁寧にくるまれた弁当だ。

ワカナは少し寂し気な目になる。

「わし……購買行かなきゃいかんのだ…弁当無いし。」

「そっか、じゃ私も一緒に行っていい?」

「…まぁ、よい………」




「ゼェ…ゼェ………ゼェ…やっと買えたぞ…。」

購買戦争から無事生還したワカナはリズの待つ中庭へ向かった。

温かな日差しの下、ふさふさの芝生に座り小さな弁当を広げるリズは絵になるなぁと見入ってしまう。

しかし違和感のある大きな包みの姿が目に入る。

「お、ワカナちゃん何買ってきたの?」

「おう、バウムクーヘン。」

手に持っていたのはバウムクーヘン、ハーフサイズ。

昼食だというのに小食なワカナ。

小さな手で小さな昼飯を握ってリズの隣に座った。

「え!?それだけ??足りないでしょ。」

「いや、まぁ金欠でなぁ。仕送りを送ってくれる叔父が居るんだが……なにぶん……ゲームはお金が掛かるから…。」

「そんなんじゃだめだよ!食費をケチケチするなんて!!」


ワカナは、いきなりの気迫に満ちた声につい後ずさりした。

本気で心配してくれる者に出会えた喜びを味わえる日が来ようとは、夢にも思わなかっただろう。

両親には見放され、仕送りをくれる叔父でさえ、自己満足や罪悪感からお金を出しているだけでありそこには一切の愛情も好意も感じられない。

そもそも大きめの一軒家に住んでいるのに、住まわせるどころか招くことすらしないのだ。ワカナは、敬遠されている事を小学生の時から察していた。

そんなお金を、まともに使わねば、などとも思えない。

それに比べ、どうだ。

目の前の彼女は自分を心配し大声を張ってくれる。

ワカナの目には感謝の色が浮かんだ。


「食べないと成長しないよッ!!」

謎の包みを開けるとそこには大きな重箱が、中にはびっしりあれやこれやと食べ物が詰まっていた。

あの小さな慎ましいお弁当箱は何だったのかと問いたくなる量の飯に唖然とせざる得ないワカナ。

リズは重箱の一段を差し出した。

それは好意だったのだろう。

彼女なりの優しさだったのだろう。

しかし平和な世界で愛されながら育った彼女はまだ知らないのだ。

優しさは、時に残酷な棘になりうるということを。


ワカナは無意識の内にリズと自らの胸を見比べていた。

豊満で形の良いリズの巨乳。

対して自分はそこに胸があるのか疑問を抱くほどの絶壁。

『食べないと成長しない』という言葉は辛辣に突き刺さる。

感謝に輝き始めていた目からは光が失われ。

言葉にならない呻きが零れる。


「ぇ………あ………ん”ん”…………。」


結局ワカナは死んだ目のまま縮んだ胃袋に食べれるだけ押し込んで、バウムクーヘンはカバンにしまい持って帰った。

リズはペロッと重箱の弁当をたいらげ、意気揚々を午後の授業へ向かった。

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