・《作戦準備は念入りですか!?》- 5 -

「こちら柊木ひいらぎ。配置についたよ。聞こえる?どーぞ。」


『ああ、聞こえてるぞ。感度良好だな。』


春にしては少し暑く、雲ひとつない日差しの中。


イヤホンサイズの超小型トランシーバー、『キコエルン』で連絡を取った相手は、言わずもがな司令塔の篤志だ。


休みだというのに学校の前で、僕はあの男を待っている。


ここが、作戦スタートの地。気を引き締めなければ。


『いいかのぞむ。一時間後に、御剣みつるぎ咲夜さくやはホテルへと親父さんを誘導するらしい。急ぎのことだったんで、かなり手間取ったとは言っていたが、伴野ばんのの名前を出してうまくこぎつけたみたいだな。』


「それはよかった。つまり僕は、一時間以内に伴野を落として、御剣ホテルに行けばいいわけだね?」


『そうだ。ただ気をつけろ、この作戦は御剣咲夜の親父がキーマンだ。もしスルーされたり、別の用事が入ったとしたら全てがおじゃんだからな。最悪、予定の変更もあり得るのは承知しておいてくれ。』


「そのためにも…御剣先輩を信頼したい…けど…。駄目だ!信頼できるポイントが一つもない!!!」


『まずは一時間。一時間頑張るだけだ。とにかく、お前は伴野を落とすことに集中しろ。落とすのはもちろん、甘すぎて底の見えない蜜の罠だがな。』


ハニートラップ。

僕本人が餌となり、獲物を落とす。


これは僕自身の、モフィ☆で働いた経験が最高に生かせるときかもしれない!


『ノゾム。ワシ達は現在、お主から見て右手50メートル先におる。何かあった時、すぐに駆けつけられるようにの。』


「あ、そうなんだ。てっきり家で待ってるのかと。」


『こんな暑いんじゃそうしたいとこだが、何かあってからじゃ遅いからな。機材の故障だったら教授、服の乱れだったら相川あいかわ、伴野の事だったら白沢しらさわかなでって感じで役割を分けている。』


「な…なるほどね。で、篤志あつしは指示って訳か。ん?なら財団は?」


『……私は…暗殺専門だ。』


「一体君は何をするつもりなんだ…?」


『言っただろ望。『いざ』という為だ。』


「怖いよ!そのいざが来ることも、それを想定してることも怖いよ!」


『そういえばノゾムよ。”スベテハクーン”はもったかの?』


「ああうん、もちろんだよ。これが作戦の要だしね。」


教授の開発した超強力な自白剤『スベテハクーン』。


水に素早く溶けて下痢になり辛いって書いてあるけど…これってどの方向に向けてのメッセージなんだ?


『聞こえる?柊木。服のことなんだけど。』


「え、なにかな?相川さん。」


『着た時に分かってると思うけど、その服って外側は体のラインを隠すように作られてるのよ。でも中に着てるのは…。』


「ああ、うん。なんというか、肩出しの、少し…セクシーな服だよね?」


『そ、そうだけど!よ…要するに私が言いたいのは、暑くても脱ぐんじゃないってことよ!あんたが男ってバレる可能性が一番高いのは、体つきが見える瞬間なんだから。』


「そ…それは分かってるけど…やっぱ今日めちゃくちゃに暑いね…。脱いじゃいそうだよほんと。」


『ダメ!とにかく今は耐えるの!あんたの体は普通の女の子より男らしいんだから!』


「え、僕の基準って女の子基準だったの!?」


僕って周りに男だって分かってもらえてるのかな?

唯一の良心である相川さんがこうなった今、本当に心配になってきたんだけど!


『にしても…相川はすごいな。わざわざこの作戦のためにあんなクオリティの高い服作って来たのか…。』


『アツシ…。お主本当にそう思っとるのか?』


『え?だってそうだろ?数日前作戦伝えた時に、服作ってくわって言ってたし。てっきりこの作戦のためだと思ってたんだが…。』


『あんなに可愛くて凝った服をそんなに早く作れる訳ないじゃろう…。』


『……だから君は鈍感って言われるんだ。』


『なんだなんだ?教授も財団も。何でそんな、呆れたように俺を見てるんだ?』


『そもそもじゃ。中に着ているのが肩出しの服で…外はそれを思わせぬ可愛い系。この情報だけで想像は容易じゃ。』


『……中と外のギャップ…。わざわざ望の為に用意するには考えられ過ぎてる。とするなら本来の用途はこの作戦のためではなかった。』


『要するにじゃ。あの服は本来、ヒメノが望とプライベートで会った時に使うための……ひっ!?…ヒメノ!?ど…どどどどうしたのじゃ!?修羅のような顔をして!?』


『……お…落ち着け。どうどうどうどう。』


なんだなんだ!?

人が謎の不安感に襲われてる時になにやってるんだみんな!?


『もういいでしょ!!!作戦開始時間だし、さっさと準備しなさいアンタたち!!!ほら、奏先輩から柊木になんか一言!!!』


『え…えぇ!?いきなりすぎるよ!?』


『いいから!ほら、柊木!耳の穴かっぽじってよぉく聞きなさい!!!』


「う…うん…。」


『ひ…柊木くん…?』


恐る恐る、耳元の受信機から奏先輩の優しい声が聞こえる。


「何ですか?先輩。」


『あ…あの。』


「…?」


『が…頑張ろうね!』


あぁ…。

先輩の声が脳を駆け巡る。


頑張らなきゃな。


奏先輩のためとか店のためとか、本当はそんなの建前だったんだと思うんだ。


ただ、気に食わなくて許せなくて、どうしようもない僕のワガママで。


でもだからこそ、僕は全力でやらなきゃいけない。


僕達の、ワガママと憂さ晴らしを全力で。



「はい!」



思った以上にいい返事が出た。

お腹から湧き出す、大きな声。


不思議と、『キコエルン』越しでも容易に想像できた。


奏先輩の、可愛らしい笑顔が。


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