・《作戦準備は念入りですか!?》- 2 -
日曜日。
運命の日がやってきた。
僕の家では、既に計画を実行するために、いつもの見なれたメンバーが集合していた。
教授は小型トランシーバーの最終調整を。
篤志と財団は、既に伴野の呼び出しに成功しており、奴の予測される移動ルートを確認していた。
御剣先輩は予定通り、お父さんの予定を開けることが出来たらしく、既に待機しているとのこと。
奏先輩は千佳と一緒に、作戦の内容を聞いていた…。
ん?というかなんで千佳が聞く必要があるんだ…?
そして僕はと言うと…
「ちょ…相川さん!やめっ…。顔が近いっ!」
「し…仕方ないでしょ!そうしないと、アンタの顔が見辛いんだから!」
「いやでもこれ恥ずかしっ…ちょっ…!」
「動かないの!入っちゃうでしょ…。」
「で…でも…もうこんな長くなってるし…。」
「長い方がいいと思うわよ?」
ん…?いや、いかがわしいことをしてる訳じゃ無いからね?勘違いしないでね。
僕はメイク担当の相川さんに、マスカラを塗られていた。
そう。僕はこの、友達と妹がいる空間で、ガッツリ女装をしているのだ。
精神がおかしくなってきたのか、もはや今の僕には羞恥心なんてものはない。
後々確実に後悔しそうではあるけれど…。
「にしても…まさかこんな形でアンタの家に来ることになるなんてね…。」
相川さんが、メイク道具を弄りながら呆れたように言う。
「そう言えば、相川さんって僕の家来たこと無かったっけ?」
中学校からの付き合いで、結構一緒にいる時間は長かったと思うんだけど…。
そう言えばあまり相川さんとこうやって話す機会は少なかったかもしれない。
「みんなが集まってる時、行きたかったんだけどね。中学の頃は部活も忙しかったし。」
「あぁ、水泳部だったもんね。」
相川さんは中学時代、かなり有望な選手だった。
僕達は昔、彼女を応援するためにいつものメンバーで大会を見に行ったこともあった。
「うん。まあ理由はそれだけじゃないけれど。」
チラッと僕を見た相川さん。
なんだろう。凄いムスッとしているように見える。
「怒ってる?」
理由はわからないけど、そんなふうな気がして。
僕は相川さんに問いかける。
「怒ってるわよ。」
即答だった。
別にいつも通り、顔が歪む訳ではなく少しだけムスッとしたまま、相川さんは言い放った。
「ずっと、怒ってるわよ。アンタにじゃなくて、自分に。」
「え?」
相川さんはファンデーションを取り出すと、僕の頬にのせていく。
ポンポンポンと、リズミカルに頬を叩かれる。
「アンタとはそこそこ長い付き合いで、アンタのことを周りの人よりは少しでもわかってるつもりではあるのよ。」
「うん。」
頬を叩くリズムは、変わらない。
機械的とは言わないが、彼女の心はそこにはないような気がする。
「なんかあった時も、アンタの性格上仕方ないことなんだなって。色々考えて、どうすればいいか悩んだりもするのよね。」
何に悩んでるの?なんて野暮なことは聞けなかった。
僕自身らなんとなくだけれど、彼女の表情から少しは理解出来たから。
「そうして悩んでるうちに。正直になれないうちに。いつの間にかアンタは別の誰かの為にどこかへ行っちゃって。それがアンタのしたいことなら仕方ないのかなって。」
リズムが、少しずつ崩れていくのがわかる。
頬を叩く彼女の手に、徐々に力が入っているのが感じられた。
「だからもし、アンタが別の…別のその…。」
相川さんは、次の言葉を言わずに詰まった。
彼女の顔は、我慢はしているのだろうけれど、少しばかり歪んでいた。
彼女の悩みが、僕には明確に理解できない。
でも、彼女の心にある何かが崩れそうなのを、僕はハッキリと感じていた。
「あの…あのね…。柊木。」
「なに…かな?」
「ひとつだけ、聞かせて欲しいんだけど…。」
相川さんの手は、いつの間にか僕の頬に触れていた。
彼女の手は少し冷たく、しかしとても柔らかかった。
「かな…いや、奏先輩と…その。」
「ん?」
「つ…付き合ってるの!?」
……。
「はぇ?」
「いやだから!付き合ってるの!?奏先輩と!」
「ふぇ…ッ!?」
かつてないほど、声を張り上げる相川さんに、素っ頓狂な声が出てしまった僕。
「どうなのよ!柊木!」
「え、いや…。付き合っては…ないけど。」
なんだろう、この質問は。
確かに、ここ最近波のように押し寄せてきた様々な出来事。
先輩と僕が出会って、お互いのことを少し知って、そして結果今のような関係にはなった。
バイトをして、学校生活をして、僕にとっては奏先輩を放っては置けなかったというのもあって、友達と関わる時間が減ってしまったのもまた事実だ。
「つまり相川さんは…。」
「何よ?」
多分僕もそうなってしまうのかもしれない。
大事な友達が、別の人と仲良くしてたら少しは寂しいだろうし、悩みには思うと思う。
つまり…。
つまり相川さんは…。
「相川さんは…僕に嫉妬してたんだね?」
「ふぇ!?」
相川さんの顔が赤くなる。
え、何!?照れる事じゃないと思うけど?
「相川さんがそれほど、僕のことを(友達として)好きだったなんて思わなかったよ!」
「す…すすすすす好き!?は…ハァ!?わ…訳分からないんですけど!?別にアンタのことなんてこれっぽっちも好きじゃないし!」
相川さんの手が、どんどん熱くなっていく。
って熱い!ほんとに熱い!大丈夫か相川さん!
体内で核融合とかしてないか!?
「え、でもさっきのってあからさまに…。」
「ななな…違うわよ!何言ってんの!べべべ…別にその全然気にしてないし!嫉妬!?してるわけないでしょ!ありえないわ!ハァー!ありえないわ!」
「え?そうなの?でも僕だったら…」
「アンタだったら…。な…なによ?」
「『友達』が離れていくのは、少し嫌だけどなぁ…。」
「…。」
一気に、僕の頬に触れた手が冷めてゆく。
「相川さん?」
なんで黙るの?
そしてなんで、僕の頬を思いっきりつねってるの?
「あ…相川さん?」
痛いよこれ!結構徐々に痛くなってくるやつだよこれ!キリキリキリって締め付けてくる拷問器具みたいだ!
「お兄ちゃん…そーゆーとこだよほんと…。」
「千佳!?この状況がわかるの!?僕全然わからないんだけど!ていうか、なんで奏先輩もそんな呆れた顔してるの!?」
「ごめんね柊木くん…。私じゃ救えない。」
「そんな…!もう僕の頬は悲鳴をあげているんです!だ…だれか!誰か助けっ…!」
「柊木…。」
「な…何でしょうか?」
「この…っ!」
「ひぃっ!」
「この天然タラシがあああああああああ!」
相川さんの叫びは、僕の家は愚か、この地域一帯に児玉した…と思う。
そして修羅と化した相川さんは、その後もきちんとメイクの仕事をやり遂げたのだった。
やっぱり相川さんの気持ちを理解することは、僕にとって少々難題らしい。
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