・《ウラの事情は大変ですか!?》- 2 -


「まさか柊木ひいらぎが働いていたのがここだったなんて…。」


「まさか相川あいかわさんが働いてたのがここだったなんて…。」


『モフィ☆』の事務所。

お互いに動揺を隠せないまま接客を行い、何とか一日の業務を終えた僕ら。

二人で頭を抱え、ソファーに座って項垂うなだれていた。


何より驚いたのは相川さんの変貌っぷり。

メイド服に身を包んだ彼女の接客はまさに理想的で、仕事は仕事と割り切ってる感じが凄い。

普段はムスッとしている彼女だが、接客の時には常に見事な営業スマイルを貫いていた。

プロ意識高い…。


すると、どっと疲れた身体を無理やり起こし、相川さんは僕のほうをキッと見る。


「それより何なの柊木のこの姿は!?というかアンタほんとに柊木なの!?声も違うし、見た目もその…可愛いし!」


「褒められてるのは分かるけど全然うれしくないよ。まあ色々あったんだよね、ここまで来るまでに。」


「まあアンタのことだから、財団とかに唆されたんだろうけど…。あとはやっぱ店長に脅されてたり…?」


「流石は相川さん。理解が早くて助かるよ…。」


「ほんと、ツイてないというかなんというか…。その声も、教授の発明品?」


「そうだよ。このリボンで女声が出せるんだ。」


「ほんと、教授も何でも作れるわよねぇ…。」


膝に頬杖を突き、同情したような顔で見つめてくる。

呆れたような、それでも話を聞くことをやめようとしない当たり、相川さんが理解してくれようとしてるのがわかる。


何だろう…久々に、心が落ち着くよ…!

何よりツッコミしなくていいし!


「にしても、相川さんはなんで『モフィ☆』に?しかも、君だってかなり普段と見た目が違うけど…。」


相川さんは、うさ耳メイドの恰好をしていた。

普段はツーサイドアップの髪型を、今は大きなツインテールにまとめており、ピンクブラウンの髪色がより目立っていて綺麗だ。


いつもは気が強い相川さんがメイドになってると思うと、それはそれで良いかもしれない。

なにより、今まで見慣れた友達が、目の前でメイド服姿になっているんだ。

少し心がムズムズするのも致し方ない!


「何見てんのよ?」


「い…いや、だってメイド喫茶だよ?普段の相川さんからは想像もできないし…。」


「まあ、私も家庭の事情があってね。ほら、うち家族多いじゃない?少しでも家族の助けになりたくて…。ここ時給いいし?」


中学のころ、文化祭に相川さんの家族がよく来ていたけど、弟や妹たちがかなりの人数だったような…。

しかも相川さんはそこの長女で、かなり苦労しているんだろう。

それは僕とは比べ物にならない苦労なんだろうな…。


「ほんと、相川さんっていい人だよね。いつもはツンツンしてるけどさ。」


「ツンツンしてるは余計よ。それより、柊木はかなで先輩のことは知ってるの?今日、お休みみたいだったけど…。」


「うん、僕の教育係だし、多分一番関わってるのは奏先輩だね。仕事を教えてくれたのも先輩のおかげだし。にしても変なんだ、昨日の昼から様子がわからなくて。」


「昼って、じゃあ柊木は奏先輩の学校での姿を知ってるの?」


「え…うん。相川さんも?」


「うーん、まあ一応は・・・。女子の間では『二年に白髪の可愛すぎる人がいる』って噂になってたけど。」


確かに、あんなに綺麗な外見をしてるんだ。

噂になってもおかしくない。


「学校では、先輩と話したりした?」


「ううん、見かけたことがあるだけ。私からは関わらないようにしたわ。多分奏先輩、凄く嫌がると思うし…。本人は理由があって自分を隠してるみたいでね。私にはあの白髪がウィッグだなんて嘘をついたくらいだし。あんな綺麗なウィッグ、あるわけないのに。」


奏先輩、みんなにそれ言って回ってるのか…。

というより、気が付かなかった僕も僕だよね。 


「なんというか、あーゆータイプはほっとけないわよね、ガラス細工みたいで。でもよかった。先輩、アンタになら心を少しでも開いてくれたのね。会って間もないのに凄いじゃない?」


「僕は何にもしてないよ。ただ、先輩が最近少し明るくなったのはうれしいかな。」


相川さんの言いたいことは凄くわかる。

一人でいるときの普段の先輩って、今にも壊れちゃいそうで怖いんだよね。


でもやっぱり引っかかるのは昨日から今にかけてのこと。

僕の嫌な予感が当たらなければいいけど。


「ねえ、相川さん。もう一つ聞きたいことがあるんだけど…。」


「なに?」


「昨日の放課後、奏先輩を見なかった?」


「昨日は…見てないわね。でもそういえば少し、女子の間で嫌な噂が立ってたかも…?」


「嫌な噂…?それって奏先輩に関係あること?」


「ううん、確証はないんだけど。……柊木は、『伴野ばんの しげる』って先輩、知ってる?」


「伴野…?いやごめん、分からないや。」


「その先輩、野球部の部長なんだけどね。ほら、前に矢車が言ってたじゃない?野球部のゴタゴタがなんたらって。」


「ああ、篤志がおっぱいの大きなマネージャーについてったあの?」


「柊木、アンタ多分おっぱいの情報しか頭に残ってないわね…?」


「し…失敬な!僕だってちゃんと覚えてるよ!で、それがどうしたの?」


「私の友達の彼氏が野球部でね?一年生なんだけど、その伴野って先輩に暴行を受けたんですって。誰にも言うなって彼氏に釘を刺されたらしいんだけど、女の子に話したのがアウトね…。財団にも情報を売ってたわ…。」


「暴行って、後輩いじめ?それが奏先輩とどんな関わりが…?」


確かにいじめはよくないし、お節介焼きの篤志がその件で動いているのは分かった。

でも、問題なのは奏先輩との関係だ。


「それがね…。その先輩、告白して振られた腹いせに後輩に手を出してたんですって。」


「振られた…?って…まさか――――!?」


「相手は奏先輩…らしいわよ。『白髪の小さな先輩』に告白して、生理的に無理って言われて振られたらしいわ。」


「うわ、きっつううう…!」


「伴野先輩に関してはあまりいい噂は聞かないし、どうやら良いとこのお坊ちゃまらしくてね。言動はナルシスト、行動はワガママ、態度は上から目線の揃い踏み。関わるだけでも損ね。」


「すごい言われようだねそれ!」


むしろそこまで揃うと奇跡だよ!

アニメの典型的な悪役じゃないか!


「私の考えすぎじゃないといいけど、何の連絡も通じなくなってる当たりが凄く不安なのよね。御剣みつるぎさんはなんて?」


「奏先輩とは思えないほど暗かったって。そもそもあの真面目な先輩が、バイトをドタキャンするのだって考え辛いし。」


「やっぱり、何かあるわよね…。」


二人で頭を抱える。

伴野先輩のこと然り、今の連絡が付かない先輩然り、やっぱり何かが—――


『テケテンテンテンテテーーーン!!!!嵐の車―!もえろレッドサイク――――』


すると僕のメイド服のエプロンに忍ばせておいたスマホが、『御面ドライバー』の着信音と共に鳴り出す。


奏先輩が心配だったため、こっそりと忍ばせておいたのだが、どうやらマナーモードにし忘れていたようだ。


通話相手は…『奏先輩』!?


すぐさま画面をスライドし、通話を…!


「奏先輩!?どうしたんですか、連絡もしないで!心配し—――――!」


『柊木君・・・!!!』


焦りと共に話す僕を、先輩の擦れた声が遮った。


いつもと違う、とても、とてもつらそうな声。


「先輩・・・なにか、あったんですか…?」


『柊木君…。』


「なんです…?」


彼女はただ、心を押し出すかのように。

静かに、苦しそうに、僕に言った。


『お願い…助けて…。』


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