・《ウラの事情は大変ですか!?》- 1 -


先輩とぶつかった日から一週間近く経った。


驚くべきことに、かなで先輩の正体はただの奏先輩だった。

見た目が変わっていても、やっぱり先輩は先輩で、最近は学校でも話しかけてくるようになった。


僕たちはあの昼休み以来、バイトでも何度か顔もあわせ、奏先輩だけではなく御剣みつるぎ先輩から仕事を教えてもらっていた。


レジの打ち方、清掃、接客、裏方作業などなど、いろいろ大変ではあるが後戻りはできない。

なにせ時給2000円。我が家を安定させるため、今日ものぞみん、頑張ります。


驚いたのは週四で働いている僕と奏先輩と御剣先輩のシフトが丸被りしており、この一週間は興奮した御剣先輩を奏先輩が全力で止めるという、異様な日々を過ごしたことだ。


日常ではあんな小悪魔チックな行動をする奏先輩も、ここでは常識人扱いな当たり、やはり『モフィ☆』は最狂のカオス空間だよね…。


そんな背筋が凍るほどの日々のなか、一週間では最後のシフトとなる土曜日に、波乱は起きた。


そう。全ては、御剣先輩の一言から始まったのだ。



「おはようございまーす。」


「あ、のぞみん。今日は急用で『かなかな』がお休みだ。急遽代理を呼んだが君は初対面だと思う。挨拶はしとくように。あと、今日は何色のトランクス履いてるの?」


「え、先輩が休み?風邪でもひいたんですかね?」


「風邪…とは聞いてないが、電話越しでは物凄く暗かったな。最初聞いたときは『かなかな』とは思えなかった…。で、何色のトランクス履いてるの?」


「僕にも何も来てませんし心配ですね…。というかなんでトランクス限定?他に選択肢はないんですか?」


「ま…まさか…白ブリーフだとでもいうのか…?真っ白な…ブリーフッ!」


「あんたの頭が真っ白だよ。そもそもセクハラですよそれ。」


ぶつぶつ言いながらも更衣室へと向かう。

何だろう、この一週間近くでメイドに慣れてきているのか、女子更衣室に入るのに抵抗がない。

ここだけピックアップしたら物凄い変態だなおい。


それにしても奏先輩が風邪なんて、本人からも連絡来てないしなあ…。

とりあえずruinをしておこう、先輩が心配だ。・・・あ、別にギャグじゃないよ。


奏先輩のトーク画面を開く。


やっぱり何も送られてきてはいない。

そういえば昨日、夜にruinしても返信がなかったし、既読もついていない。

昨日の昼休みは一緒にご飯を食べたんだけど、放課後は見当たらなかった。


何だろう、少し胸騒ぎがする。


先輩にはとりあえず『大丈夫ですか?』とは送ったが、これも果たして返信は来るのか…。

とりあえず今は、奏先輩の分まで仕事に集中しないと!




気を取り直して僕は制服を取り出すと、袖に腕を通す。


週四でやればさすがに慣れるものだ。パット入りのブラのホックだってすぐに留められるし、女物の下着も躊躇なく履ける。


ごめん、自分で言っててキツくなって来た。うん、嘘です。最後まで躊躇ちゅうちょたっぷりです。


鞄から、きわどい形をした女物のパンツを取り出す。


はあ、いっつもこの瞬間は躊躇ためらってしまう。

物凄くいけないことしてる気分になるから…。


さてと…。


覚悟を決め、パンツに片足を突っ込んだ。


その瞬間――――――――ッ!!!



――――――――――――――――――――『更衣室のドアが、全開になった!!!』



「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」



そこに立っていたのは少女だった。

僕と同じぐらいの年齢の、マスクをした少女が、半裸で女性モノの下着に片足ツッコんでる僕を見て悲鳴を上げたのだ。


そりゃまあ…上げるわな。


しかし僕は思いのほか冷静だった。


おかしい、この店は僕というイレギュラーが存在するため、僕が使うときは表の表札をひっくり返せば僕がいるとわかるはず…。


僕はゆっくりと、ここに入る前を思い出す。

御剣先輩に、奏先輩が休みと告げられ、心配になりながらも御剣先輩にツッコミをかまし、そのまま――――・・・。


あ。


『使用中』にするの、忘れてた♡



「へ…変態がいる!女性用パンツを、自ら履いて物色している変態がいるッ!け、警察!警察に通報しなきゃ!」


まずい、このままじゃ社会的尊厳を失う!

とっさに僕は空いている右腕で顔を隠し、とりあえず履きかけのパンツを履いた。



…これ変態度増してない?



女子更衣室で――顔を隠しながらも――女性下着を履く男


あららぁ…。こりゃあ言い逃れできねえわ。


「は…履いた!?お目当てのパンツを…!?まさかお目当てのパンツをみつけたのね!?変態!今すぐ警察呼ぶから覚悟しなさい!!!」


「ま…待つんだ!君の名前は分からないが、僕は決して変態ではない!僕は君の同僚だ!ここでメイドとして働いている!信じてくれ!」


「はあ!?どこの世界に男がメイド服着て働くケモミミメイド喫茶があるのよバカじゃないの!?とりあえず、110であんたの人生終わらせてあげるから、警察来るまでは神にでも祈っときなさい!」


くうッ!ぐうの音もでない正論だァ!むしろすがすがしいぜ!


「いや僕もおかしいと思うよ!でも僕だって店長に仕方なくやらされてるだけで、ほんとはキッチンとか裏方メインのほうがやりたくて応募したんだよ!僕だって被害者なんだ!分かってくれ!」


「分からないわよ!さあ、懺悔の用意はいい!?」


「待って!お願いします!待ってください!」


必死の懇願もむなしく、彼女は高速でスマホの画面をタッチ。

もう終わりかと思われた瞬間、マスク少女の後ろに大きな影が見えた。


あ…あれは、御剣先輩!

いつもは変態ぶちかましてるけど、今回ばっかりはナイスタイミングだよッ!


「やめろ相川あいかわ。彼はお馬鹿さんだが変態じゃない。」


……。


ん…?相川…?


「で、でも御剣先輩!この人、男なのに女子更衣室にッ!」


そういえばこの声、ものすごく聞き覚えのあるような…。


「違うぞ相川。彼は『柊木ひいらぎ のぞむ』こと『のぞみん』だ。『モフィ☆』の新たな希望だよ。望だけに。」


御剣先輩、別にうまくないぞ。


「柊木…望…?のぞみん…?」


「のぞみん、紹介しよう。こちらは『相川 姫乃ひめの』通称『ひめ』だ。」


相川…姫乃…?ひめ…?


「こんな形の対面だが、二人とも仲良くしろよ!それでは私は仕事に戻るからな。のぞみんは早く着替えるんだぞー!」


去っていく御剣先輩。

いや、ごめん。それどころじゃない。

脳が全く追いついてないんだ。


僕の聞き間違えだろうか、たしか御剣先輩は『相川 姫乃』と言った。

そして聞き覚えのあるあの声。


まさか…。


「私の聞き間違えかな…でも『柊木 望』なんて名前めったに…。まさか…。」


まさか僕たち…。


「まさか私たち…。」


僕らは同時に振り向き、


「「すれ違ってるううううううううううううううううう!?」」


驚愕を隠しきれず、ただ叫んだ。


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