鏡のこちら側
「騙された……」
「まあそういうこともありますって」
肩を落として俯くルキアッポスを、チアキは慰めるようにバシバシと叩いた。
「嘘つきの名が廃る………」
「嘘つき……? まあよく知らなかったんだから、どうしようもないじゃないですか。あ、ほらカエルくんも鏡の向こうでスタンバってますよ」
チアキは黒曜石の石版を指差した。
◇
『それじゃあカエルさん、よろしくお願いしまーす』
ルキアッポスが気を取り直してメガホン越しに話し掛けた声も耳に入らぬほど、鏡のこちら側でカエルは独り苦悩していた。
「おやめください……おやめください……もうそこから先は聞きたくないのです」
小さなカエルは井戸の縁に腰かけて、両手の水かきで耳を塞ぎながら何やらぶつぶつと呟いた。
『あ、えっと……カエルさん?』
ルキアッポスの困惑した声が鏡の内側に響いたが、やはり我を忘れたカエルの耳には届かない。
「おやめください……もうこれ以上聞きたくない……聞きたくないんだ……くっ……僕の……僕のガッキー……」
『あのー、カエルさん?』
「あ、スミマセン私としたことが。つい取り乱してしまって」
『大丈夫ですか? 神……友だちの分身とはいっても、さすがにちょっと情緒不安定な気が。ちょっと休憩挟みます?』
「いえそんな……大丈夫です……ウッ……」
『いやほんと大丈夫ですか?』
「はい。ちょっと井戸から地球のいろんな声が聞こえてきたものですから」
『ああ、ここシアタールキアノスですもんね。月の鏡には地球の映像が。井戸からは地球の音が聞こえるんでしたっけ?』
「ええ。もうスタンバってる間にうっかり聞き耳立ててたら……いいんですよ……幸せならそれでいいんですよ……うぅ……」
『もしもーし!』
「あ、スミマセン度々」
『またわざとじゃないでしょうね。隙あらばすぐ人を騙すから』
「失礼しちゃう」
『まったく。分身ってどんなもんかと思ってたらおもいっきり中身そのまんまじゃないですか。ついでにいまいち性別がわかんないんですけど何とお呼びしたら? カエルさんもしくはカエルくん?』
「あ、どっちでも。一応わたくしこれでも……両性類ですからね……フッ」
『あ、はーい。両生類ですね。了解でーす。それじゃあこのままカエルさんでいきまーす』
「うぅ……冷たきことこの上なし……」
カエルは井戸の縁に腰かけたまま足をぷらぷらさせていじけてみせた。
『どうも情緒不安定なんだよなぁ』
「うぅ……だって……」
『ああもう。そしたら石版越しに映すのやめてカエルさんの側から映します? それなら安心でしょ。なるべくそばから離れないようにするから』
「え、いいんですか?」
『まあ若干距離は近くなるけど白黒だし相手役もただのコピーだし。なんとかなるでしょ。臨時だから保証はできないけど。そもそも雇い主そっちだからね』
「了解……了解……了解道中膝栗毛……」
『なるほど。ついに深淵の魔力に人格が壊れて……って。もう何度目よ』
「うぅ……」
『まったくもう。何かあればメガホン越しに声送るから。それでどう? カエルさん』
「あ……ありがたきことこの上なし……!」
『もはや深淵というかカオス。それじゃあカエルさん、もうひと踏んばり、よろしくお願いしまーす』
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