Scene2 : Part2 二重螺旋階段

□洋館のホール――壁飾りの近くで



仮面の紳士

「可哀想に。何で壁飾りの裏になんか」


通りすがりのギャルソン

「運が悪かったんだよ。何か落としたものを拾おうとしてた、あの小さなカエル。それで偶然壁飾りの裏に入り込んでそれで――」


仮面の貴婦人

「偶然? なんとも使い勝手のいい言葉ですこと。でもそうね、きっともう時期あのカエルの命は尽きるでしょう。無垢な命が残酷に散りゆくのを目の当たりにしてどうして恨まずにいられますか。この世には神も仏もないのかと。でも罵る相手がいるだけはマシかしらね。少なくとも此処では」


仮面の紳士

「いや本当に。私なんて今まで何度罵ったかわかりませんよ。いつだったか〝天国〟に向かって叫んでやりました。いったい命をなんだと思ってるんだ! って。ところであなた、あのカエルの様子近くで見てたんでしょう。そんなに酷い怪我だったんですか?」


仮面の貴婦人 [傍白]

『暴露的なのってあまり趣味じゃないのよね』


仮面の紳士

「どうしました? 突然黙りこんで」


   [通りすがりのギャルソン 退場]


仮面の貴婦人

「いえ、こちらの話。そうですね、怪我はそれほどでも。ほらちょうど屈んでたでしょう? だから足首の辺りを……水掻きのすぐ上辺りを落ちた刃物がかすめたくらいで。せいぜいかすり傷がいいとこでしょう」


仮面の紳士

「なら何であんなこと言ったんです? 私はてっきり」


仮面の貴婦人

「てっきり? でも命の期限が近づいているのはおそらく本当でしょう。あのカエルはちゃんとお役目を果たしたんですから」


仮面の紳士

「お役目? 役目ではなくわざわざ〝お〟をつけて……? あぁ、あなたそういうの視える人?」


仮面の貴婦人

「いえ、別に。お役目がなんです? どちらにしてもそんなものあちら側の都合でしょう。私たちの知ったことじゃありません。ただ、なんとなくそう思っただけですよ。


[傍白]『今回はちょっと〝おつかい〟を頼まれただけですよ。偶然この場に居合わせて、偶然あの少年が通りかかって、偶然降りてきた閃きを彼に伝えてくれそうな人が私だったというだけで。運悪く白羽の矢が立ったようなものです。私一人でどうにか出来るものでもありません。まぁ視えたところで、言いませんけど』


 そろそろ向こうで新しい劇が始まるんじゃないかしら。貴方もご一緒しません? ――ええ、ぜひ。あら、ちょっとごめんなさい。ぶどう酒を倒してしまったみたい。先に行っててくださる? ええ、すぐ参ります。それでは、ごきげんよう」


   [仮面の紳士 退場]



仮面の貴婦人 [独白]


「せめて最後くらいあの小さなカエルの願いを叶えてあげられたらいいのに。あの少年、今ごろ螺旋階段を登り終える頃かしら。なんとか間に合ってほしいじゃありませんか。最後に青い蝶が見たいだなんて。

 ここの屋上庭園ならその願いもきっと叶えられるでしょう。青い月に照りはえる真っ白な花びらがスミレ色に反射して、それはそれは幻想的で美しい花畑が広がっていることでしょう」



  *



□洋館のホール――白黒の床の上でカエル最後の独白シーン

    ↓

※急遽予定を変更したことは本人には秘密。



「こんな気持ち、知りたくはなかった。どうして……どうして私はカエルなんでしょう。どうしてせっかく会えたのにすぐお別れしなければいけないんでしょう。本当はこんな役やりたくなんて……。

 出来ることなら、何もかも放り出してずっとあなたと一緒にいたい。筋書きなんて、知ったことですか。ようやく会えたのに……なんでこんな。こんな結末、あんまりじゃないですか。

 ああそれでも。こんな自分の醜い姿、きっと貴方に見せたら私は生きてなどいけないでしょう。そうですよ、これで良かったんですよ。遠くから脇役として眺めてるだけで、出会えただけで私は嬉しかったんですから。本当に、嬉しかったんですから……。

 なのにどうして。夢で見た貴方に夢の世界で出会って、今度は現実の世界で会いたいと願ってしまった。

 あの美しい日暮れを、今度は端役なんかじゃなく隣に並んで一緒に見たいと願ってしまった。

 でもきっと、こんな私の想いが貴方に届くことなどもうないのでしょうね。こればかりはしょうがありません。気づくのが遅すぎました。最後の最後にこんな――」


「それって……僕のこと?」



「…………え?」



 小さなカエルを背負って螺旋階段を駆けあがりながら、僕はたまらず声を掛けた。

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