雨のジャングル(5)
ハルをジャグルから運んだ男たちとも髭を蓄えた男とも違う種類の人間が食べ物を運んで来たり何かとハルに話しかけるようになった。
その度にハルは牙を剥き唾を人間に吐きかけた。
そのうち意味の分からない事を言ってくる者は誰もいなくなり、食事と最低限の世話をされるだけでハルは放置された。
孤独でいることはハルにとって心地良いことだった。
檻の中から青い空を見つめ風を体で感じる。
さほど高くない空にある太陽がハルの黒い毛をじりじりと焼いた。
木の枝に止まったカラスが檻の中をのぞき込んでいる。
りんごの破片を投げつけるとカァーと声をあげて飛んで行った。
自分は死ぬまでここにいることになるだろう。
ハルは思った。
それでいいと思った。
ハルを襲っていた残影は今では殆ど現れることもなくなった。
緩やかに流れる平穏な時間の中でハルは全てを忘れていった。
その日ハルはいつものように檻の中で一番見晴らしの良いところで空を見上げていた。
白い雲は形を変えながら流れていく。
視界の端で何かが動いた。
顔を向けると少女が立ってこちらを見ている。
ハルは引き寄せられるように少女に近づいた。
長い黒い髪を腰まで垂らし大きな瞳は恐れもせずハルをまっすぐに見上げている。
小さな口が動いて何かを言った。
三つのその音を聞いた時ハルの目から熱いものがこぼれ落ちた。
少女はそれを見ると哀しそうにまばたきを繰り返した。
「イチカ」
一凛ははっきりとゆっくり自分の名前を声に出す。
わたしの名前は一凛。
あなたは?
「どうして泣くの?」
一凛は檻の中に訊ねる。
大粒の涙がゴリラの頬の黒い毛を濡らした。
そしてまた始まる。
終
*ご愛読ありがとうございました。 八月美咲
雨の降る世界で私が愛したのは 八月 美咲 @yazuki-misaki
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