産まれてきた子は(3)
マンモグラフィーを眺める颯太は何も言わない。
颯太が何も言わないということは依吹の子なのだろうか。
颯太は最初から何も一凛に訊かなかった。
「一凛ちゃん」
颯太の声がすぐそばではっきりと聞こえた。
「がんばれ」
今度は遠くに。
「もうちょっとだ」
一凛の目の前が真っ白になる。
彰斗のクリニックの前にほぼ同時にほのかと依吹は着いた。
自分の方が絶対に早く着くはずだと踏んだところで依吹に連絡をしたのに、どんだけ依吹は車を飛ばして来たのだとほのかは驚く。
ほのかが依吹に再度連絡をした時、すでに依吹は颯太が今日は非番であること、自宅にもいないことを調べてあげていたが、さすがに彰斗のクリニックの場所までは分からなかったようだった。
一戸建ての彰斗のクリニックの窓の一つから灯りが漏れているのが見えた。
ガラス窓に診療時間の案内が書かれたドアの前に二人は立った。
入り口の端に二本の傘が立てかけてある。
男物の黒い傘と女物の赤い傘だった。
ほのかと依吹は顔を見合わせた。
依吹がドアに手をかける。
鍵はかかっていなかった。
その時中から破裂するような産声が聞こえた。
ドアを押して先に建物の中に入ったのはほのかだった。
鳴き声が聞こえて来る方に走る。
朦朧とする意識の中で一凛は産声を聞いた。
体を動かそうとするが言うことを聞かない。
「颯太さん」
颯太の名前を呼んだ。
返事はない。
「わたしの赤ちゃんは」
一凛の手が宙をさまよう。
視界が揺れるようにはっきりしたりぼやけたりする。
ふっと意識が遠のき薄暗い底でたゆたんでいたかと思うと、急に水面に引きずりあげられるように意識が戻る。
時間の感覚は失われていた。
誰かが一凛の手を握った。
「一凛ちゃん大丈夫?」
颯太だった。
目を開けるとぼやけた視界の中で颯太が微笑んでいた。
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