依吹(11)


「わたしも依吹のこと結構好きよ」


「なんだよその結構って」


 依吹が笑ったので一凛もほっとして笑った。


「でもはっきり言われたこともなかったし、それに」


 一凛はずっと昔から依吹の気持ちにはうすうす気づいていた。


 一凛もただの幼馴染み以上の感情を依吹に抱いている自覚は多少なりともあった。


 だから狡くも依吹に甘えられたのだ。


 ただ依吹は自分に近づいたかと思うとすっと距離をおくようなところがあった。


 藤棚の下のキスの後のように。


「俺が煮え切らない態度を取っていたせいでハルに横取りされたってことか」


「でも人の中ではわたし依吹が一番好きよ」


 一凛は馬鹿なことを言っているなと思ったがその気持ちは本当だった。


 子どもの頃から近くに居すぎて恋愛対象として気づきにくかっただけだと、今なら分かる。


 ただハルと依吹への愛情は質の違うものだった。


「ハルがナンバーワンで俺はナンバーツーか」


「そんなナンワーワンとかツーとか」


「だってそうだろ?」


 遠くで雷の轟く音が聞こえた。


 一凛は窓に顔を寄せてアパートの二階を見上げた。


「じゃあ、わたし行くから」


 今度こそ車の外に出ようとする一凛を依吹は呼び止める。


「分かったよ、分かった」


 一凛は振りかえる。


「いきなり全部を受け入れるのは無理かも知れないけど努力はする。だって」


 依吹は微笑んだ。


「この人支配の世の中じゃハルには一凛を守りきれないだろ」


「依吹」


「なんだよそんな顔して」


「ありがとう」


 一凛があまりにも嬉しそうな顔をするので、依吹は照れたようにプイッと顔を背けた。


チケットの手配ができたらすぐにまた連絡を取り合う約束をすると一凛は車から降りてアパートの方へ走って行く。


 階段の下で一度振り返ると軽く手を振った。




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