寄り添う影(10)



 彼女がアニマルサイコロジーを勉強したという大学は聞いたこともない名前だったし所属しているという動物愛護団体も同じだった。


 画面の中で彼女は真剣な目をして訴える。


『こういう仕事をしていると気をつけなければいけないことがあるんです。どんなに心を通わしても、動物との間に必ず一線を引くということです。感情に流されてしまうと結局は動物を不幸にしてしまいます。今のこの人中心の社会はすぐには変わりません。わたしの仕事は動物を守ることなのです。そのためには時には冷たいかも知れませんが感情を切り捨てなければいけないときがあるのです』


 いつだったかどこかの雑誌のインタビューで一凛が語った言葉だった。


 野菜と果物が入ったビニール袋が重い。


「どうやって感情を切り捨てるの?」


 気づくとテレビに向かって問いかけていた。


 通りすがりの人が一凛をちらりと見る。


「形のないものをどうやって切ったり捨てたりできるの?」


 ビニールの持ち手の一つがちぎれて中身が地面に転がり落ちた。


 大きな水溜りに転がったじゃがいもを拾おうと屈むと自分の顔が映った。


 子どものように短く切られた髪。


 じゃがいもに伸ばした指先はささくれていた。


 屈んだ一凛の背中に浴びせかけるようにテレビ画面から声が聞こえてくる。


『さすがアニマルサイコロジスト第一人者の先生です。今日はありがとうございました』


 重たい石が喉につっかえたような閉塞感を感じた。


 もう戻れないのだ。


 目の前のじゃがいもに手を伸ばそうとしているのに届かない。


 初めてイギリスに渡った日のことを思い出した。


 刺激的な大学生活。


 枯れない泉のように湧きあがる探究心、それに応えてくれる環境と一緒に歩んでくれる仲間たち。


 評価されたときの達成感と絶えない人々からの称賛の嵐。


 先生、一凛先生と目を輝かせて見られることが日常だった毎日。




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