さようならハル(5)
寝ぼけながらも真夜中の電話なんてもしかしたら何かよくない知らせかも知れないと不安がよぎったのもある。
明るく光る液晶画面に目を細める。
依吹
その名前を見てほっとした。
研究室に籠っていて暇をもてあましているのだろう。
実験は待ちが多くて時間つぶしが大変だと依吹は言っていた。
一凛も大学の研究室にいたときは昼も夜もなかった。
依吹の状況が分からなくもないが、今は迷惑だ。
はっきりそう言わなくてはと、光る通話ボタンに触れる。
「もしもし依吹、あのね」
「一凛」
依吹の声は低く静かで、でもしっかりとしていた。
「こんな時間になによ、暇つぶしとかだったらほんとうにめいわく」
「ハルが人を襲った」
一瞬にして目が覚める。
すぐに言葉が出てこなかった。
「一凛聞いてるか、ハルが飼育スタッフを襲った」
「ど、どうして?なにがあったの?」
やっと出て来た言葉は、情けないほど震えていた。
依吹もまだ詳しいことははっきりと分からないが、今日の夕方園長からかかってきていた電話のメッセージにそう残されていたらしい。
ハルは先日新しい檻に移り、襲われたのはそこを担当していたスタッフだそうだ。
「俺も今気づいたんだ」電話の向こうでコンビニの入店音が聞こえてきた。
夜食でも買いに出たついでに電話をチェックしたのかもしれない。
「襲われたスタッフの怪我はどれくらいなの?」
恐る恐る訊ねる。
「重症だ。いま中央病院にいる」
一凛は暗い部屋でさらに暗いところに突き落とされた気がした。
これから病院に行くという依吹に一凛は自分も一緒にと申し出ると依吹は言った。
「なぜ園長がすぐに一凛に連絡しなかったか分かるか」
「わたしはもう信頼されてないってこと?」
依吹が擦れた声で笑ったのが聞こえた。
「ちがう。一凛に隠したい何かがあるんだ、きっと」
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