頬の下の傷(1)



 ほのかは浴衣の襟を緩め「熱っつい」と息を吐いた。


 少しだけ開けられた窓の外からは雨とせせらぎの音が混じって聞こえてくる。


「ああ〜今日はもう帰りたくないなぁ、ここに泊まっちゃいたい」


 綺麗にネイルアートが施された指で硝子のおちょこを摘むと、ついと傾ける。


「本当だね、今度は泊まりで来ようか」


 一凛は大皿に花びらのように広げられた肉を一枚剥がすと鍋から立ち上る湯気の中に差し入れる。


「泊まりだったらやっぱ彼氏とでしょ。露天風呂付きの部屋でさ」


 ほのかは自分のおちょこと一凛にも日本酒を注ぐ。


「で、最近はどうなの?」


 ほのかへのこの質問はイコール恋愛の近状を意味する。


 最近は日本人ではなく外国人の彼氏が続いていたほのかだが、オランダ人の彼と別れてから新しい男の話を聞かない。


 赤毛の背が高すぎるくらい高い男で、ベジタリアンだった。


 そのせいかその男と付き合っていた時のほのかとの食事はいつも肉料理ばかりだった。


 今日もほのかがしゃぶしゃぶが食べたいと言ってきたのだ。


 まだ肉への強い欲求が残っているらしい。


「最近なんにもない」


 ほのかは肉を数枚まとめて箸ですくい、湯の中で揺らす。


 まだうっすらピンク色が残っているかいないかぐらいで引き上げ、ポン酢に浸すと口の中に押し込む。


 その作業を数回立て続けに行う。


 ほのかの食べっぷりの良さに見惚れた一凛は自分も同じようにして肉を食べた。


「なんかさ、こういうところに二人で来たいなって思える男がいないんだよね最近。もっと若い時はこういうところに恋人同士で来ることに憧れてそれに意味があったんだけど、一通りそういうのをやるとさ、よっぽど好きになった男じゃないと出てくる旅館料理と同じっていうか、なんかそういうの飽きたっていうか。だったらこうやって女友だちとの方が楽しいんだよね」


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