雨の動物園(3)
初めて見るピグミーマーモセットの子どもは小さ過ぎて猿じゃない別の生き物のように見えた。
一凛の指にしがみつくその姿は、前に親戚のお姉ちゃんにもらったオーストラリア土産のコアラクリップみたいだった。
「お名前は?」
一凛は囁いた。
「シャーロット、三ヶ月」
小鳥が鳴くような小さな声だった。
「可愛い」
黒い数珠玉のような目をした顔はとても愛らしいが、その目が閉じられると仙人みたいなしわしわの顔になる。
「あたしの赤ちゃん返して」
声のする方をみると、いつの間にか目の前に小猿のお母さんがいて一凛を見ていた。
お母さんといっても十五センチ程の小さな猿だ。
「ああ、ごめんなさい」
一凛が小猿の止まった指を差し出すと母猿はもぎ取るようにして小猿を抱きしめた。
「あたしの赤ちゃん、あたしの赤ちゃん」
母猿は子守唄でも歌うように体を揺らす。
その様子を微笑ましく眺めていると母猿は一凛と依吹を交互に観察するように見て言った。
「二人も赤ちゃん作ればいい」
まだ小学生でもその意味を知っている一凛は自分の顔が熱くなるのを感じた。
一凛が答えに困っていると依吹が助け舟を出した。
「ぼくらはまだ子どもだから無理だよ」
「そんなに大きいのに?」
母猿は首をかしげる。
「さあ、そろそろ行こうか一凛」
母猿の視線に合わせて屈んでいた依吹は背筋を伸ばした。
その顔はいつもと変わりなく、自分だけ動揺してしまったのが恥ずかしい。
依吹は動物との会話に慣れているからだと自分に言い聞かせる。
外に出ると湿った空気に夜の匂いが混じっていた。
「猿なんかは人と話しているみたいな錯覚に陥っちゃうこともあるけどさ、でもやっぱり動物なんだよな、人間じゃない」
依吹は傘をさすと、暗いから気をつけてと一凛を振りかえった。
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