物足りない(アトル視点)

 最近キクの身長が急激に伸びはじめた。

 自分の事、老婆老婆と言い張るが、ではこれを一体どう説明するかと聞いてみたら、自分の身長の伸びに全く気が付いていなかった。

「以前は俺と同じくらいだっただろうが!」と言ってみたが「あー坊は前から小さかったじゃろ?」とさらりと俺の胸をえぐっていきやがった。



 俺がキクの家に来てから一年以上がすぎた。


 クロはラクタムの事件以来、ほとんど帰って来なくなった。

 剣の修行は滞り、俺は物足りない毎日をすごしていた。


 そうして俺はついにフランに登録をした。

 キクが反対なのは知っていたがこの平凡な毎日が耐えられなかったのだ。


 キクの方は変わらない毎日をすごしている。変わったことと言えば庭の食糧事情くらいか。

 キクは種やら苗やらいろいろ集めては、畑に植え、そして見事に育てる。

 ナスやトマトには支えの棒が必要と言い慣れた手つきで竹を組み立て安定した支柱を作り上げてみせる。地面に藁を強いたり残飯をまいたり糞をまいたり卵の殻をまいたり、実に知識が豊富だ。

 畑は広がり続け、いろんな作物が収穫できる。

 どれも信じられないくらい育ちが良い


 世間知らずのはずのキクは何故かとても頭がいい。


 難しい計算も難なくこなして見せるし、太陽の動き方による時間や季節、方角の知り方、毎日の月の満ち欠け、植物の仕組み育ち方等、いろいろ語って聞かせてくる。

 その知識にはとても感心させられることが多い。


 多いのだが、いろいろ教え込ませようとするその姿勢がものすごくかったるかった。


 勉強したくないというより、同じくらいの歳っていうのが反発心を煽ったのだ。


「俺だって!」という思いも加わり、フラン登録となった。




 フラン登録をして正解だったと思う。

 マンネリ化していた毎日が充実したものにかわった。


 外の世界は楽しかった。

 自分の剣の腕は外に出てもちゃんと通用するのだということがわかり自信になった。

 パーティにも恵まれた。


 最初はダメ元だった。

 なぜ彼らを選んだかというと、回復役のジルがいたからだ。

 怪我しても治癒してもらえる。これは大きかった。キクに心配されたくないからな。

 

 だが考えることは皆同じらしく、「CCブロッカー」の募集はかなり人気があった。


 やはり審査が厳しく面接を受けた者はことごとく断られているとのこと。


 ランクの制限なしになっているが結局強いヤツじゃなきゃだめなのだとか、可愛い女の子じゃなきゃだめだとか、いろいろ噂されていた。

 登録したて未経験しかも活動制限ありの俺はまず断れるだろうと思っていた。思っていたのだが行ってみればあっさりと仲間にしてもらえ拍子抜けした。

 あれ……?きびしい審査は……?



 フラン活動を始めて学ぶことは多かった。彼らは無知の俺に嫌がらず親切に教えてくれる

 やはり強くなるには実戦というのは必要だ。


 これからもっと依頼をこなして俺は剣の腕を磨いていく。仲間と一緒に強くなって高みを目指すつもりだ。







 アム兄が、キクに惚れた。



 予想外の出来事に俺は大いに動揺した。


 キクは可愛い。ただ中身が残念なのだ。非常に残念なのだ。

 おかげで、すっかり忘れていた。


 本当にアム兄に持っていかれたらどうしようか。

 俺のそんな心配をよそにキクはアム兄のアプローチを全部スルーしてみせた。

 鈍感すぎてアム兄がどんなにがんばって口説いても伝わらない。


 伝家の宝刀「壁ドン」だとか「ちょい悪」だとかまあ手を変え品を変えキクに迫る。

 よくもまあ、こんなにいろいろ思いつくものだ。


 あのヘンテコキクに、そんな手が通じるわけない


 自分の事を老婆と思い込んでいるんだからな。


 アム兄の空回りっぷりが滑稽だった。


 安定のキクのスルースキルを見て、俺はアム兄の姿を他人事のように面白おかしく眺めるようになっていた。




 どれくらいたった頃だろうか


 二人一緒に鎧磨きをしている時間が、いつの間にやら穏やかな空気に変わっていた。

 アム兄の隣に座るキクが嬉しそうな表情をしている。


 それは、アム兄が求めていたようなラブラブバカップルのようなものではなかったようだが、二人が何の力も入れず自然な様子で寄り添っているのだ。



 そんな二人の姿を見るとイライラが募っていく


 なんだあれ。


 たまに自分の名前が聞こえてくるのがまた神経を逆なでる。


 だが今更間に入れるわけもなく、遠くから眺めることしかできなかった。




 焦りとイライラが続くある日、アム兄がキクに賭けを持ちかけた。


 ここら辺では満月がきれいに見えた次の日は必ず雨になる。

 外海ドル・ゾラミド側で何か起きているのだろうと言われている。何が起きているのかは不明。何せ死の海ドルの話だ。


 そんな法則、言われないとまあ気が付かない。

 特に街から離れた場所に住んでるキクは知らなかったようだ。


 結果は法則の通り大雨。

 こうして、アム兄はキクとの一日デートを勝ち取ることに成功した。


 ここにきてようやく気が付いた。

 俺には笑ってみていられる余裕など無かったということに。




 デートの前日、俺と出かける時は少々汚れていようが構わず着ているくせに、アム兄のために服を選ぶキクの姿がとても嫌だった。


 二人が町でデートしている間、ジル兄達と共にフランへ訪れた。

 フランの依頼の張り紙をみて回るが内容が全く頭に入ってこない。

 ジル兄達が話しかけてきても、聞こえているのに聞こえない。何も耳に入って来ない。


 キクとアム兄が手をつないで歩いている想像をするだけで、頭がどうにかなりそうだった。




 やっと待ち合わせの時間になり、現れたのはアム兄と……

 えと……?


 アム兄と一緒にいる女の子はリボンやひらひらがたくさんついた可愛らしい服を着ていた。ショートスカートから真っ白な太ももが覗き、足にはピカピカの靴が履かれている。

 髪の毛も高い位置で二つに止められリボンが絡ませてあった。


 か、かわいい……



 キクだよな……?

 いつもの長いスカートと飾り気のない服しか着ない、あのキクだよな?

「かわいい」

「本当!お人形さんみたい!」

 みんな絶賛の中、俺は声を発することを忘れその姿に見入った。


 やばい。


 これは可愛すぎて直視できない。なんだかすげえ照れる。

 俺、こんな子と一緒に住んでいるのか。

 顔が熱くなるのがわかる。


 キクは顔を真っ赤に染めてずっとうつむいていた。

 一瞬目があうと何故か俺の視線を避けるようにアム兄の後ろに隠れた。ぽそぽそとキクが何かを言うとアム兄が楽しそうに笑う。


 俺の不機嫌スイッチが入った。



 そのまま、馬車でアム兄達の住んでいる建物まで行くことになり、皆で馬車にのりこんだ。

 馬車の中、アム兄が当然のように隣に座りキクの肩に手をまわしている。

 キクはいつもの無遠慮な態度が身を潜め、しおらしい態度でアム兄に寄り添っていた。




 なんだこれなんだこれなんだこれ


 馬鹿じゃないのか



 不愉快だ。


 すっげー不愉快だ!!!!

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