ホームシック

 

 はあ……


 ご飯とみそ汁を食べてからというもの、日本に思いを馳せることが多くなった。



 今もフライパンの焦げと格闘していた手を止め、また日本を思う


 はあ……




「さっきからため息ばかりだな」


 あー坊にそう指摘されても仕方ない。

 今日も起きてから朝食のかたずけの間だけで百回はついてるんじゃないかと思うくらいため息をついている


 はあ……


 またついてしまった。


「どこか調子でも悪いのか?」


 心配してくれるあー坊に「大丈夫。ばあちゃんは元気じゃぞ」と慌てて笑いかける。




 今わしは年甲斐もなくホームシックというやつに陥っている


 日本に帰りたい。

 日本のわが家が恋しい。




 フライパンの焦げをあらかたこそぎ落としたわしは片づけを終え、皆の洗濯物が入った籠を抱え外に出る。


 わしは、なんでこんな所におるんじゃろうか。

 涙が出そうになる。



 外の水場までもっていき、籠ごとひっくり返す。

 水の中に落ちた服はゆっくりと沈んでいく。それを一枚一枚手に取り石鹸をつけ擦る。

 昔話のおばあさんは川で洗濯をしているがまさにそのままじゃの。


 ああ、こんな洗濯、前の家だとボタン一つだったのに


 そんなことを思いながら洗濯物をゴシゴシ洗う。


「痛っ」

 途中で痛みが走り洗うのを止め手を眺める。力が入りすぎたのか指の関節に切り傷が出来た。


 ほろりとつい涙がこぼれてきて、あわてて拭う。


 何をこれくらいのことで。


 そう思うのに止まらなくなってしまった。

 しゃがんだ状態のまま、膝に頭をうずめて静かに泣いた。



「ばあちゃん?」


 息を殺して泣いていると、異変に気付いたあー坊が駆け寄ってきた。

 クロと剣の修業をしていたはずなのに。


「どうしたんだ、どこか痛いのか?」


 別にどこも痛くない。

 今は、そっとしておいてはくれまいか

 息が詰まっているので首を振って意思表示をする


「おい、どうしたんだよ!?」

 あー坊はわしの前に回ってしゃがみ、膝にうずめていた顔を無理やり上げさせてきた。

 いい歳した老婆のしゃくりあげながら泣きじゃくる顔が白日の下に晒される。


 あー坊が、すごく心配してくれているのはわかるのだが、

 その男の子故の強引さが、今はちょっと迷惑だった


 あー坊の手を払って、家の中へと逃げる。


 そのまま階段を上り自分の部屋にかけこんだわしは、ベッドにうつぶせに倒れこむ。

 また次から次へと涙があふれてきて、シーツにしみこんでいく


 今度は声をあげて泣いた。









 ふっと顔に温かい何かが触れて、目を覚ます。

 いつの間にやら眠っていたようだ。

 泣きすぎて、頭が痛い。



「すみません、起こしてしまいましたか」

 クロがベッドに腰かけ、顔に手をのばしていた。

 あー坊が横に立ち、心配そうな顔でこちらを見ている。

「大丈夫ですか?ひどい顔してますよ」


「今、回復魔法をかけてはみたんですけど」

「病気には効かないので。どこか気分が優れないですか?」

 熱がないか額に手を当てられる


 熱なんてあるわけない。ただ望郷の念にかられておるだけじゃ。


「大丈夫じゃ」といった声がびっくりするくらいしわがれていた。



「心配かけたの、今ご飯の準備をするからの」

 体を起こそうとするが、押し戻された


「今日は休んでください。疲れがでたんでしょう」


 いつもなら、それでも大丈夫といって起きるのだが今日はそんな元気がなかった。

 今は何も考えたくなかった。


 ぼんやりとクロの顔をみたところで、ある考えがあたまに閃いた。



「クロ助!」


 席を外そうとするクロの服を掴んで止める。


「はい」


 クロ助は少し驚きながらも再び腰をおろした。

「あの味噌や醤油じゃが、もしかして、日本からの輸入品か?」


 もしそうなら日本に帰る方法がわかる


 日本に帰れるぞ!!




 そういえば、会った時からずっとクロに聞きたいことがあったんじゃった。


 お互いが暗黙の了解のようにそう認識しているため、あえて確認はしていなかったが、


 クロの黒目黒髪という外見からはじまり、

 あー坊が苦戦していた箸も難なく使いこなし、言わずとも「頂きます」と「ご馳走様」と手を合わせる

 そしてわしが味噌と醤油を欲していることまでも予想して見せた。


 もしかして、というかもう疑う余地がない。

 間違いなくクロ助は……


 おまいさん、日本人じゃよな?



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