九狐天弦戦争記(序)

稲荷星に九つの狐あり。

二尾は朝と夜の天を護り、

またある二尾は地で人と狐とを護り、

三尾は国を興した。

残りの二尾は、行方も知れず。

今日も狐等のすえは、天弦を目指し続けている。

この星で一番古い神話やくそくを果たすために。


『朝だキュー!起きるキュー!朝だキュー!起きるキュブッ!』

 Qチャボット(Qチャットボットの略。電極が刺さった謎生物。スマートスピーカーのようなもの)の頭を叩き、私は寝床から這い出る。そうして、旧型の真空管テレビの電源を入れ、鏡の前で頭毛を苦労しながら整え、くせっ毛の中に埋もれた『それ』を弄り、直立させる。

 狐耳。この国の『人間』の8割以上が持っている特徴だ。

 この星の『人間』は、人と獣がまじりあった性質を持つ。なんでも、空の半月と、古い約束が関係しているらしいが、そんな昔のことは、私は知らない。歴史の専門家じゃないし、今を生きるので精いっぱいだ。

 耳をとかし終えた頃、ようやく真空管が温まり、テレビが像を結んだ。

 映し出されたのは、狐の顔。

「センコ様も、必死じゃのぅ」

 彼女こそが、今のこの国……フォクシニア狐民民主連合の議長トップ

 彼女もそうだが、この国では時折、人の形にならずに生まれてくるものがある。彼等彼女等は言葉も話せず、手でものをつかむことすらできないが……代わりに、意志を言葉に依らず伝える力と、大きな妖力ちからをもつ。

 そして、ああして、その力を国家のために使うことで一生安寧な暮らしを保証されるのだ。

「ま、どっちが幸せか、なんてわかりませんがね」

 そんなことを呟きながら、トーストした油揚げサンドをほおばる。

『おきつねさまにお仕えできて、今日も幸せキュー』

 傍らでは、Qチャボットが幸せそうにのびをしている。

「幸せそうで羨ましいこと」

 フォクシニアは、『狐』の性質を重んじる国だ。

 『人』を重んじる帝国よりも、時代遅れの巫国ふこくよりも、たぶん過ごしやすい国だ。

 それでも、ここに完全な獣はいない。もっとも「狐」に近いと言われるセンコ様ですら、右手が人間のものだし、人の言葉も解する。

 私たちは、人にもなれず、獣にもなれない。

 もっとも、そんなものはどちらもきっと、お伽噺の中だけの存在なのだろうけど。


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作者コメント:「おきつねさま in space 2」です。逆噴射コンテストに出した短縮版のもとです。

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