クリスマスの朝、雪が降る(2010/12作)

 誰かが、「朝ですよ~」と私に向かって叫んでいるような気がした。私は生まれる前から朝が嫌いである。

「ねえ、早く起きなさいってば」

 私は最近、仕事を首になったせいで朝起きる必要がなくなった。

「それは知ってる。でもこのままじゃあなたはダメな人間になっちゃう。――秋葉事件の犯人みたいにね」

 どうでもいいけど、君はなぜメイド服なんか着てるんだと、私はその誰かに質問した。

「これ、ドンキホーテで三千円もしたのよ」

 私は財布から三千円出して彼女に渡した。もう帰ってくれ。

「馬鹿ね……」

 彼女は千円札を白いエプロンのポケットに入れると部屋を出て行った。私の全財産は三万なんだぞと心の中で文句を言うと、彼女はお返しに「バタン!」と大声で言いながらアパートの扉を閉めた。

 バタン?

 私はシャワーを浴び、身支度を済ませるとアパートを出た。


 冬の空の下、針で刺されるような冷たい風の中を歩いていると、酒を飲んで温まること以外に生き延びる方法はないような気がしてきた。コンビニに寄って一番安いウイスキーをレジに持っていくと、サンタの赤白帽を被った女の子の店員が、笑顔一つ見せることなく会計をしてくれた。

 私はウイスキーを飲みながら職安を目指した。体と心が少しずつほぐれてゆき、職安に着くころには随分まともな気分になっていた。でもそのあと、私は職安のソファーで眠りこけていたらしい。恐い顔をした職安のおばさんに起こされたときはもう夕方で、早く帰れと言われたので私はもと来た道を帰った。


 アパートへ戻ると朝のメイド服が部屋にいた。

「メリークリスマス!」

 殺風景な部屋の壁にはクリスマス風の下手糞な絵が描いてあったり、色紙で作った不格好な飾りがあちこちに貼り付けられていた。そして小さなちゃぶ台の上には、ケーキとシャンパンが。

「朝もらった三千円で買ったの。いいから早く座って」

 メイド服はケーキの蝋燭に火を点け、グラスにシャンパンを注いだ。

「ねえ、電気を消して」

 私は電気を消した。シャンパンを飲みながら、蝋燭の灯りに照らされた彼女を眺めた。

「ぜったい、エッチなことは考えないでね」

 私は彼女をつき倒してキスをした。

「もう、ダメだってば……」


 その後のことはよく覚えていない。朝目覚めると窓の外には雪が降っており、街の景色がすっかり変わっていた。寒さに震えながらテレビを点けると、昨夜隣国との間で戦争が始まったというニュースが繰り返し流れてきた。そしてなぜか軍服に身を包んだ彼女が突然テレビ画面に現れ、凛とした表情で演説を始めたのである。

「諸君!」

 私の部屋には彼女のメイド服だけが脱ぎ捨てられている。戦争が終わったら、またここへ戻ってくるのだろうか。

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