都市へ(2009/12作)

 まるで綱引きみたいだと私は思った。五、六人の裸の男達が、大きな蛇を運びながら私達の行く手を横切っていった。

「蛇はね、神様からの贈り物なんですよ」と案内人の若者は私にいった。「いや、神の使いだったかな?」

 たぶん何かのお祭りじゃないかしらと私がいうと、若者は「さあね、クリスマスのご馳走かも」といいながらパチリと写真を撮った。


 都市は間近に迫っていた。ジャングルを覆う木々の隙間から、摩天楼の先端がわずかに顔を覗かせていた。異様に手の長い猿が木の枝を器用に伝いながら、ときおり見下すように私達を眺めていた。

「あいつはジャングルの見張り役なんです」と若者はいいながらカメラを猿に向けた。「じつは丸焼きにすると旨いんですよね。でも頭を棒で殴ったときの、あの猿の悲鳴が忘れられないな。それはまるで」

「やめて」と私は若者の言葉を遮るようにいった。「そんな話は聞きたくないの。あなたはただ案内をすればいいの。わかった?」


 若者はしばらく黙って歩いていたが、私をちらちら見ながら何かを考えている様子だった。

「ねえ先生」と若者はカメラを私に向けながらいった。「言語学の先生がなぜジャングルなんかに? あ、足元に気をつけて」

「ありがとう。でもカメラはやめて」

「すみません」

「私、ジャングルには興味ないの。主に都市の研究をしているのよ」

「都市の研究……。こないだ案内した生物学の先生も同じことをいってたな……。いったい、都市に何があるというんです?」

 そんなこと、私にだって分からない……。

「都市にはきっと何も無いわ。だから人がたくさん集まってくるし、研究もしなきゃならない」

「へえ、なんだか雲をつかむような話ですね」


 私達は小川の近くで小休止することにした。大きな木の根元に腰掛けながら、私は煙草を吸った。都市はもう目の前にあるような気がしていたのだが、ジャングルの深い静けさに包まれていると心まで迷子になりそうだった。

 ふいに、隣りに腰を下ろしていた若者が私の腰に手を回した。

「おびえなくていいんだよ、先生」

「えっ」

「世界はいつか終わる。都市も、ジャングルも、夢も」

 若者は、私の唇から煙草を取り上げると私の唇にキスをした。

「夢も?」

「ああ、夢もね」

 若者は私を地面に寝かせ、私の服をゆっくり脱がせた。

「愛もいつか終わるの?」

「何もかもね」

 私は地面に転がっていた若者のカメラを手に取ると、私の中に入ってくる彼にカメラを向けながらシャッターを切り続けた。

 何度も。

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