第69-2話 『花園』をめざして

公都キルグスタン

   『南街区』――



「まずは戦力補強――ご高名な斥候スカウト殿に会いに行こう」


 総括支部を後にしてすぐ、班長リーダーである男僧ロンデルの方針に従い、ミンシア達は依頼クエストの協同相手と合流することを第一に掲げた。

 目指すは探索班『銀の五翼』が常宿にしていたという『蜜蜂の憩い亭』。

 事実上パーティ解散となった今でも、生き残ったトッドが利用しているかは『協会ギルド』でも把握していなかったが、他に有力な情報がない以上、ダメ元でも尋ねてみるしかない。

 理由はどうあれ、実力不相応の依頼クエストに挑むには、凄腕助っ人の協力が必須であるのは確かなのだから。

 こうして方針を決めたはいいものの、公都でトップクラスの探索者に会いに行くというのに、彼女達が西街区との境にある“高級宿泊街”と異なる方へ足を向けるのは、大成した探索班の誰もが真っ先に行う常宿の“格上げグレードアップ”を『銀の五翼』がしていないことにあった。


 本来、探索者の“常宿”は自身の格付けに相応しい宿を選ぶのが通例だ。

 例えば駆け出しの頃は危険度が小さくても労力に見合う実入りなど望めるはずもなく、仕事に必要な雑品を揃えれば、寝泊まりに費やす金など銀貨一枚残らなくなってしまう。

 だから馬小屋にスラムの廃屋、あるいは下働きを条件に教会で下宿するなどの工夫をしながら、多くの新米探索者達がその日暮らしを繰り返す。

 それは過酷な野外探索ワイルド・アドベンチャーで野宿することに比べれば、どれほど危険性が低く、いかほどの労苦と言えるのか――運営幹部のほぼ全員が熟練した元探索者で構成される『協会ギルド』からすれば、むしろ精神鍛錬や資格試験の一環として前向きポジティブに捉えられているのが現状だ。

 そんな心身をいじめ抜く体験も、探索者として成長するに伴い実入りのいい依頼クエストがこなせるようになることで、“懐かしい思い出”へと切り替えられる。

 ねぐらの質も安宿から中堅処へと徐々にステップアップしていき、さらにごく一部の探索者だけが、より上級嗜好の宿へと移っていく。

 想像してみるといい。

 『精励装具』に代表される鎧を纏い武具を携え、一見してそれと分かる『魔導具』の首飾りに指輪などを身に付け、高級宿から出てくる高レベル探索者の煌びやかな暮らしぶりを。

 馬を駆り、未踏の大森林へ分け入り、謎めいた種族とのスリリングな交渉や凶暴な『怪物モンスター』との激闘を経て、未知の遺跡を発見する功績で人々から称賛されるその輝かしき姿を。

 それを目にしてあるいは想像して、新米達が憧れることでモチベーションの維持に繋がっているのもまた、事実であり、だからこそ、わざと贅沢に振る舞う上級探索者ハイエンダーは数多い。

 そうした分かり易い道を示すことも、先達の務めと信じて。

 つまり探索者にとって常宿の格付けグレードとは、探索者業界の発展を下支えする意味まで含んだ、見かけ以上に重要な社会的地位ステータスを差しているというわけだ。


 それだけに、常宿を固定化している『五翼』のスタンスは異色と云えば異色の探索班と言えるだろう。

 無論、俗物的なものに誰もが価値を見出すわけではない。

 彼ら『五翼』については、さる依頼クエストで懇意になった宿の主人に誘われて以降、公都最高の栄誉を賜った後もねぐらを変えることがなかった、という事実があるだけにすぎない。

 その宿――『蜜蜂の憩い亭』にいかなる魅力、主人との絆があったのかは誰にも分からない。一節では高級宿も歯牙に掛けない至福があるとも囁かれているのだが。

 それでも「いい意味で朴訥ぼくとつだ」という本人達の言葉が数少ない“事実のひとつ”として多くの人から信じられており、ならば、そんな“生活感の身近さ”が、『五翼』の人気を支える魅力の一つとなっていたのかもしれなかった。


「『蜜蜂の憩い亭』て確か『花園フラワー・ガーデン』にあるんだっけ……」


 ミンシアが小首を傾げ記憶を呼び起こしていると、後からついてくる弓士少女が夢見がちに告げる。


「毎朝、花の精に起こしてもらう……ちょっと羨ましいかも」

「そんな伝説もあるようだが、それって昔の話しだろ?」


 即座に少女の夢にヒビを入れるのは実の兄である男僧だ。

 その無神経な一言にミンシアは内心しかめっ面をつくり、「ばか兄」と気分を害した弓士少女は「元『五翼』のシリスが“毎朝、妖精さんと挨拶するのが日課”と云っていた」と勝ち誇ったように反論する。伝説どころか最近の実話だと。

 ただ、せっかく取り上げた材料も粗悪品では意味が無い。

 記憶にあったらしい男僧が――主に悪い意味合いで――思わせぶりに相づちを打つ。


「ああ……あの先輩・・・・ね」

残念じゃない・・・・・・、妖精と触れあうことのできる尊敬すべき精霊術師」


 「失敬な」と鋭く訂正する弓士少女の目は真剣そのものだが、いかんせん、男僧は一言も「残念な先輩」とは云っていない。むしろ失礼なのは弓士少女の方であり、彼女が普段から、先輩をどのように評価していたのか間接的にバレてしまう。


「「「…………」」」


 何だかこの空気、まずくない?

 放っておけなくなったミンシアが、ちょいと助け船を出してやる。


「……けどよ、今は・・ともかく、昔は・・妖精だっていたんだろ。それも嘘なのか? 」

「いや、そこまでは否定できないな」


 男僧がむっつりと応じれば「……勝った」と小さく握り拳でもつくってそうな弓士少女の声が背後から聞こえた。そこでヘンに調子に乗られても困るのだが。

 そんな小さな自尊心を満足させている実妹を気にも留めず、男僧は「ふぅむ」とミンシアから投げられた課題に頭を悩ませる。


「盆地である公都なら、地理的な条件は十分そろってる――」


 そんな風に前置きして。

 公都を取り囲む大輪山から豊潤で清涼な水が集まり、水の精霊が活性化し易いことが重要なポイントであろうと。

 必然、水属性であることを背景に、多種多様な草花が育ち、水の精霊力は一層収斂され、長い年月の果てに妖精が宿るのは、むしろ神意に添った自然な成り行きと考えられる。

 つまり、信憑性は十分にあるわけだ。

 惜しむらくは、幻想的であったろう原初の光景をもはや眺めること能わず、今では面影程度に残された『花園』を護り、慈しむしかないということか。


「今から二十年くらい前でも、公都内にはまだまだたくさんの草花が咲き乱れていたらしい」

「じゃ、大戦の影響でなくなったのか」

「いや、影響を受けたのは『街壁』関係だし、そもそも時期に食い違いがある。街の発展そのものは大戦前から伸びていたと聞いた。

 人口が膨れ上がって家屋も複雑に建ち並び、棲むところを急速に狭められた妖精さんは、人波に押されるようにして、どっかに引っ越した・・・・・ってわけだ」

「! ――許すまじ、人間」


 傷ついたのか、憤ったのか、身を震わす少女がぼそりと放った低い声にを込める。

 さらに「少し減らすべき」「妖精帰還作戦フェアリー・カムバックを」などと幼さの残る顔と酷いギャップのある過激な台詞を吐くのを耳にして、男僧が呆れた声でたしなめた。


「なあ、お前もその人間側だぞ?」

「問題ない。美少女は無害」

「なら、僧侶オレも無害だな。――純真を護るのが我が道なり」


 男僧が二人に聖印セイント・メダルを掲げ振ってみせれば、ミンシアだって黙る手はない。


「あたしだって無害だぞ? 隠者シャドウ・フットは人間から金をくすねて・・・・も妖精から盗ったりはしない」


 なぜか自慢げに口角を吊り上げると、男僧が「じゃあオレ達は問題ないってことで」とよく分からん結論で締めくくる。なぜ、そんな話しの流れになっているのかは分からないが。

 ふと、そこで男僧が首を傾げて。


「ん? なんか足りないような……」

「気のせいだろ」

「十分満ち足りている」


 男僧が“もう一人の掛け合いがないこと”に物足りなさを感じていると悟って、ミンシアが咄嗟に否定すれば、弓士少女もきっぱりと言い切ってくれる。

 ヤバい。

 “馬鹿なパーティだ”とか一声欲しがってる節がある。つまり班長があのオヤジに毒されているのが明白ということだ。

 ある意味、“若手”の新規参入よりも無害かもしれないが、だからといって、パーティの平均年齢をわざわざ底上げする理由にはならない。

 そもそも自分達『一角獣ユニコーン』は三人パーティなのだから――そうミンシアが真剣に考えていれば。


 わぁふ!!

「ふあ、え?!」


 弓士少女に寄り添って歩く大型犬に吠えられて、ミンシアはすぐに自分の失態に気がついた。忘れちゃ困ると苦情を言われた気がして、ミンシアは焦りを覚えながら振り返って弁明する。


「も、もちろんだろ! ウチらの偶像アイドルを忘れるわけない……はは」


 純真無垢な大型犬の瞳をなぜか直視できない自分がいる。とにかく“白いもっふり”を撫で回そうと手を差し伸べるのへ。


「ミンシア、今、やましい・・・・こと考えた?」

「お、おいおい。ヘンなこというなよリンッ」

「ヘンじゃない。マリー吠える、ミンシア焦る、すべて繋がってる……私をあざむくのは不可能」


 なぜか得意げに弓士少女が横槍入れるのをミンシアは笑いを引き攣らせながら抑えにかかる。器用に後ろ向きで歩きながら。


「いいか、リン。あたしはマリーがいるのを当然として、パーティの“頭数”だけ気にしてただけなんだ。ロンデルの野郎が、あのオヤジのボケを欲しがるもんだから――」

「それだ!」


 そこで先頭を歩く男僧が頓狂な声を放ち、「ガルフがいないんだっ」と合点がいったように両手を打ち鳴らした。

 そのすっきりした清々しい声とは対照的に淀んだ空気を纏うのはミンシア達だ。


「……うあ……」


 やっちまったとミンシアの表情が崩れるのへ弓士少女は顔をあからさまに横向ける。余計な茶々・・を入れたとさすがに自覚したらしい。すべてが遅きに失したが。それよりも班長の次の台詞が二人の気持ちを追い落とす。


「ミンシア、ガルフのことを忘れてた! 新しい仲間を迎える前に、こちらの態勢をきっちり整えておかないといけないよなっ」

「いや整ってるからっ。十分に。いいか、あいつを仲間にした覚えはねーからな?」


 断固と告げるミンシアに「まずはガルフだ」と班長の思考はすでにどこかへ旅立っている。このままなし崩しにパーティ参入させてしまうのか?

 焦るミンシアを救ったのは「でもガルフはどこにいるの?」と素朴な疑問を口にする弓士少女の言葉だった。


「え、そりゃあ――」

「あたしが知るわけないだろっ」


 男僧に視線を送られ、ミンシアは激しく被りを振る。知っていても今すぐ忘れるし、そもそも話すもんかとの言葉は呑み込んで。当然、疑問の提示者も黙って見つめ返すだけだ。


「――えー、うむ」


 男僧が途方に暮れるのも無理はない。酒場で偶然出会っただけで、詳しいプロフィールも聞かぬまま「また明日」と別れてしまったのだから。

 何を根拠に「また明日」で別れたのだろうと今さらながらに思いつつ。


「考えてもはじまんねーぞ? ここは素直に『蜜蜂の憩い亭』に行くべきだろう」

「賛成。“ショシカンテツ”は探索者の基本」


 もっともらしく二人少女がのたまえば、足を止め唸り続けていた男僧も「そうだな」と頷かずにはいられない。


「何にしても、まずは『銀の五翼』という最高レベルの探索者を味方に付けないと、今回の依頼クエストはどうにもならんからな」

「そうだぜ、そうだとも!! やっぱ班長リーダーには、まっすぐ前を見ててもらわねーとな!」


 アッハッハと内心の安堵を悟られぬよう、ミンシアは勢い込んで囃し立てる。多少わざとらしく感じられても、ここは“押しの一手”というやつだ。

 ぐいぐい背中も押してやり、皆の歩みを促したところで、ミンシアは駄目押しとばかり話題を投げる。


「『花園フラワー・ガーデン』か……考えてみりゃ、それなりに公都で活動してきたのに、今まで一度も行ったことなかったな」

「そうなのか? オレは何度か挑んだよ・・・・

「?」


 男僧のおかしな物言いに、引っ掛かりを覚えつつミンシアが軽く唇を尖らせる。


「ずりぃな、あたしも誘えよ」

「そいうわけにはいかん」


 はっきり突っぱねられて、思わずミンシアが鼻白む。同時に感じる違和感。

 急にどうしたと。

 何でそうムキになる?


「……おかしいな」

「……やましくない」

やましい・・・・のか?」

「そうじゃない。ただ、慰めねばならないと……“困ってる女性を見捨てない”それがオレ達の信念ポリシーだろ?!」


 面白いほどボロを出す男僧が終いに拳を作って力説したところで、ミンシアが穢れなき天使のように微笑んだ。

 そして真理を告げるように。


おっぱい・・・・だな」

おっぱい・・・・しかない」


 弓士少女も一緒になって賛同するのを男僧が振り向き指差した。やけに顔を紅潮させながら。


「不当な弾劾だ! 差別的発言だ! 声を掛けた女性の胸がたまたま豊かだったというだけで、彼女たちの胸に罪はない!!」

「あるわけないだろ、ボケ」


 冷たく切り捨て、ミンシアが即座にズレた論点の修正にかかる。


「どこがたまたま・・・・だ。おっぱいだけ見て声を掛けるのは“必然”て云うんだよ」

「それはしょうがないだろ。大きい胸は目立つんだから」

「つまり“胸だけ見てた”のは認めるわけだ」

「……」


 あからさまに男僧の視線が斜め下に逃げた。

 ミンシアがカマを掛けていたことに、ようやく気付いたのだろうが後の祭りだ。「語るに落ちた」と弓士少女も冷めた目で実兄を見つめている。

 どうしようもなく気まずい空気の中、元凶たる男僧が「こほん」と咳払いした。


「……さわってないからな?」

「当たり前だ、バカヤロウ!!」


 ミンシアの渾身の鉄拳が、気持ちよく振り抜かれたのは言うまでもない。 


         *****


公都『南街区』

 『花園フラワー・ガーデン』付近――



 在りし日には、このあたり一面が樹木と草花に覆われていた楽園も、急拡大する街並みに呑まれ消えてゆき、今ではごく一部だけが楽園の面影を辛うじて保っているだけである。

 そのため、街中の通りで目にすることのない樹木が街路灯のようにぽつぽつと散見されるようになることで、ミンシア達は『花園フラワー・ガーデン』に近づいていることを実感していた。

 このまま中心部へ近づくにつれ、樹木を見かける頻度はより多くなってゆく。その分、樹木はより身近な存在になり、住民の暮らしにわずかな変化をもたらすことになる。

 ちょっと周りへ意識を向ければ気付くはずだ。

 樹木の根元にある石畳が優しく円を描くように抜き取られ、剥き出しの地面に老婆が腰を下ろして涼んでいる姿を。

 あるいは、樹木の幹や枝にロープを括り付け、簡易テントで飲食業を営んでいるのも他の街区では見られぬ光景だ。

 そして視線を足下へ転じれば、石畳に散るわずかな落ち葉さえ、無骨な街路に和みを与える素材となるから不思議なものだ。

 さすが公都が誇る“癒やし街路”――初めて訪れたというミンシアが、地区特有の店を発見して興奮するのも当然だったのかもしれない。

 

「うあ、すげえ花が並んでる?!」

「ああ、あれは売りもんだ。庶民のオレ達と違って、商人や高貴な方々はたくさんの花を家に飾るようだからな。野草の採取経験からいって、そう日持ちするわけじゃないから、何気に凄い贅沢だ」


 そんな風に云われれば、依頼クエストの苦労を思い出すミンシアも純粋に楽しめず、別な見方に変わってしまう。「ばか兄」と低い声がするのは後ろの弓士少女だろう。


「まあ、ここの花の大半は『花園』で栽培されてると聞いてる。郊外から持ち込む手間を省ける分、日持ちするから人気も高い。だからって、わざわざ遠方から客がやって来る理由までは分からんけどな」

「そりゃ妖精がいる『花園』で摘んだんだ、誰だってほしくなるだろ」


 当然だろうと云ったミンシアが「そうだ」と指を鳴らす。


「“運が良ければ妖精が当たります”とか云ったらどうだ、馬鹿売れじゃねえか?」

「それより“妖精が愛した『花園』”という売れ込みで産地化した方が、より現実的で訴求力も高い」

「なら“愛した”よりも“祝福された”にした方が付与エンチャントっぽくてよくねーか?」

「うむ、じゃあそれでいこう」


 何が「それでいこう」なのか分からないが、男僧がもっともらしくゴーサインを出したところで、弓士少女が何かを訴えた。


「……ねえ、あそこ」


 彼女が指差す先には、男僧とミンシアの妄想と一字一句違わぬ言葉が書かれた貼り紙が。

 いやよく見れば、それ以上に扇情的で詐欺紛いの売り文句を書き殴った貼り紙が、これでもかと建ち並ぶ露店・商店で張り乱れていた。

 プロの商売人なら、その程度のアイディアはとっくの昔に採用していて当然といえば当然か。

 とある貼り紙に釘付けになっている男僧が、人生真理を垣間見たように、感慨深げにぽそりと洩らす。


「……“裏街の花園”か……」

「そこじゃねーだろ」


 がっしと掴んだ男僧の頭をゴキリとねじ曲げ、力任せに性根を矯正したミンシアが「少しは自重しろ」と決め台詞のように告げる。

 実妹の教育によろしくないだろうと。

 「おまっ、首が」と呻く男僧をミンシアは容赦なく追い立て、「そんな、『花園』双子説……?」と真剣に悩む弓士少女の腕を引っ張り先を急がせる。


「わかった、わかったから、あんま背をつつくなミンシア」

「黙れ色情僧エロ・プリースト。お前がそんなだから……」

「落ち着く、ミンシア。リンゴ飴買ってあげる」


 腕をぐいぐい引っ張られる弓士少女も戸惑いながらミンシアを宥めにかかる。

 そうして、しばしわちゃわちゃ・・・・・・したところで、ようやくミンシアが落ち着いて。


「……それで、『蜜蜂の憩い亭』はどこなんだ?」


 気を取り直すようにミンシアが男僧を突っつくと、「だから突っつくなよ」と文句を垂れつつもう少しとの返事が。

 すぐに名物の“並木道”に差し掛かり、小袋公園ポケット・パークを横目に進めば目的の家屋がようやく目に入る。

 表の建物は門替わりの入口にすぎず、裏口から抜ければ庭園調の花畑が望めるとのこと。

 つまりそこがくだんの『花園フラワー・ガーデン』であり、目指す『蜜蜂の憩い亭』もその一画にひっそりと佇んでいるらしい。

 らしい・・・というのは無論、男僧自身がそこを訪れたことがないためだ。

 当時は別のこと・・・・に夢中で土地勘も養われていないらしく、二人少女からの評価をさらに下げることとなったのだが、もはや今さらな感じではある。

 実際、門替わりの建物を目の前にしてみると、普通すぎて何の感動も湧きはしない。

 魅惑の園へ誘う役目を担う割に、看板どころか何の案内板も出されていないのも理由のひとつではあったろう。

 ただし、壁面をツタで覆われた建物は、不可思議な雰囲気を演出するには十分で、『花園フラワー・ガーデン』に期待する者のイメージを損なうことは決してなかった。


「ああ、これが――」

「ダメだ、ロンデル。そのまま進むんだ」


 ふと、立ち止まろうとする男僧の背に、ミンシアの鋭い小声が突き刺さる。

 続けて人混みにまぎれる死角から背中を押しやられ、だが、そうした緊急事態に慣れている男僧は、無理に抗わず身を任せ、そのまま目的の場所を素通りした。

 続く弓士少女からも不満の声が挙がることはなく。

 興味深げに周りへ首を巡らし、観光気分を装いながら、その実、ミンシア達は警戒モードに切り替えていた。


「何があった……?」


 まっすぐ前を見ながら、なるべく口を動かさずに男僧が質してくるのをミンシアは「そのままだ」と短く応じるに留める。

 それでも彼女の背に走る緊張を間近に見つめる弓士少女は、黙っていられなかったらしい。


「ミンシア……?」

「ちっ、尾いてきやがる」


 ミンシアの舌打ちは、首筋にちりつく・・・・感触が弱まるどころか強まったための焦燥だ。

 そう、彼女は一流の『隠者シャドウ・フット』が有する『悪意感知イブル・センシング』を若輩の身でありながら使うことができる。

 問題は、能力途上だからこそ、よほどの悪意で・・・・・・・なければ感知できない・・・・・・・・・・ということだ。


 それは何を意味するのか――?


 “悪意”とは、憎悪や殺意という“感情の強さ”と感情を抱く“人物の強さ”を掛け合わせることで成立すると云われている。

 現状、ミンシア達がそこまで憎まれる何かをした覚えはない。となれば、必然、相手が相当の凄腕だということになる。

 若輩のミンシアが本能的に震え上がらされるほどの遣い手に目を付けられた、ということに。


「何だって、こんなヤバい奴に……」


 知らず冷や汗を流すミンシアの声に何を感じたか、「誘ってみるか・・・・・・?」と男僧が一案示すも安易に同意はできない。


「いきなり殺し合いになるかもしれねーぞ?」

「そういう手合いか?」

「話し合うより暴力に訴えるタイプなのは確かだろうさ」


 悪意があるとはそういうことだ。

 逃げるかやるかの二択しかない。ミンシアの云いたいことをさすがに男僧も察したのだろう。


「ちなみに人数は?」

「多くても二人」


 無論、振り返って確認したわけではない。

 首筋の感触だけでミンシアはそう断言する。相手に気取られてはせっかくのアドバンテージが台無しだから、目視するなどとんでもない。だが、仲間はミンシアの直感を信じてくれる。


「三対二――奇襲をかければイケるか?」


 考え込む男僧に「肝心なこと、忘れてる」と指摘するのは弓士少女。


「マリーを入れて四対二」

「だ、そうだ――ミンシア?」


 そこで判断するのが班長の役目というものじゃ?

 後頭部に穴が開くほど睨んでやるも、ミンシアの悪意を男僧は知らぬげに、あっさり丸投げしてくれる。

 それはともかく、正直難しい判断だ。

 レベル差を覆すのが奇襲攻撃というのなら、奇襲攻撃をものともしないのがレベル差の脅威と言えなくもない。

 答えに窮して黙り込むミンシアに、男僧はヒントを得たのか明るい声を上げた。


「迷うなら見込みはある・・・・・・ってわけだ」

「いや、そうとは云ってねえ」

「でも迷うよりはマシ」


 意外にも、男僧の案にやる気を見せるのは弓士少女。

 迷って何もしないまま時が過ぎ、打つ手がなくなってからでは遅きに失すると。それもまた探索者の心構えとしては基本中の基本。


「リスクを取るのが探索者」


 おそらくキメ顔で云ってるだろう弓士少女に背中を押され、ミンシアも「よし、やろう」と覚悟を決めた。

 しかしなぜ、急にこんな状況に陥ったのか。

 目的地に辿り着いたタイミングでの出来事を考えれば、『五翼』絡みのトラブルと疑いたくなるのが心情だが……?

 その答えを得られると信じ、今は行動に移すのみ。


「手荒くいくぞ」


 男僧があらためてパーティの意思統一を図り、二人の少女は無反応ノーリアクションで賛意を示す。

 相手の実力が不明である以上、下手に手加減するのは禁物だ。極論、“殺さなければいい”くらいの気持ちで仕掛けるのがベストになる。

 手荒くするとはそういう意味だ。


「ミンシア」

「まだいる」

「……よし、次の角を右だ」


 こういう時、土地勘がないだけに男僧の勘に頼らざるを得ないのが癪に障る。普段のエロ僧っぷりを考えれば不安は尽きないが、それでもここまで班長としてパーティを率いてきた実績が、二人の少女を従わせた。


「おお、ここだ!」


 男僧がわざとらしく指差して、道案内するかのごとく角を曲がる。問題は、仕掛けるポイントが手早く見つかるかどうかだが。

 都合のいいことに、角を曲がった先ですぐ、裏手の通りが交差する十字路になっていた。


「あそこで仕掛けるっ」

「おうっ」

「わかった」


 追跡者の死角に入った途端、男僧の指示を合図に皆がダッシュした。

 追跡者が角を曲がる前に、男僧が右、ミンシアが左、そして弓士少女と大型犬が真っ直ぐ通路を駆け抜ける。

 これで追跡者は動揺するはずだ。

 駆け去る少女がひとりと目にしても、二人がさらに奥へと逃げ去った後かどうかなど、咄嗟に判断できるはずもないからだ。

 大抵の場合、反射的に少女の背を追いかけてしまう。


 タタッ――


 果たして、表通りから駆けてくる足音がひとつだけ響いてきて、それぞれ裏通りに身を潜める男僧とミンシアは互いに無言で頷き合った。


(せぇ――のっ)


 口パクで攻撃のリズムを合わせ、男僧は馬頭を模した聖槌メイスを、ミンシアは少し厚めの短剣ダガーを振り翳す。

 そこへひとつの影が飛び込んできて、弾かれたように二人の武器が宙を薙ぐ。


「っげぇ!」

「うそ?!」


 タイミングは完璧だ。

 なのに、左右から襲い掛かる凶器を小柄な人影が宙に躍って見事に躱しきる。

 殺さぬよう手加減していたとはいえ、二人同時攻撃をそう簡単に躱せるはずがない。実際、これまで何度も成功させてきた得意の連携攻撃だったのだ。

 これはむしろ、躱してのけた相手を褒めるべきであったろう。手練れだというミンシアの直感が悪い形で当たってしまったことになる。

 そのとんでもない回避能力に二人が絶句したところで、まさか「ぐぁ!」と人影が無様に呻くのは意外な展開であった。

 何が起こったのか確認するよりも早く。


「ち、チャーンス!」

「! ――このっ」


 さすが班長というべきか、一瞬の隙を見逃さなかったのは男僧だ。鉄の馬頭が宙に持ち上がるのを目にして、ミンシアも反射的に短剣ダガーを突き出す。

 勿論、狙いを太腿にしておいて。


「くっ」


 それでもよほど場馴れしているのか、人影が咄嗟に男僧へ肩からぶつかるようにして飛び込んで短剣ダガーを躱し、同時に聖槌メイスの一撃も封じ込む。

 その背に矢が刺さっているのを目にして、ミンシアは誰の助け船があったのかを遅ればせながらに理解した。

 思わずミンシアが感謝の念で通りの奥へ視線を向ければ、弓士少女がこちらへ向けて人差し指を突きつけていた。


「殺れ、マリー」


 陰気な指示に反応して、「わふ!!」という吠え声と共に白い稲妻が駆けてくる。普段ののんびりした態度からは想像も出来ない俊敏さで。

 物騒な少女の命令を適正な形で解釈できる知性がマリーにはあるのだろう。


「……っ」


 男僧ともつれ合っている小柄な人影が背を仰け反らせた。

 苦痛の叫びは後から上がる。その元凶はふくらはぎに埋め込まれる、白い魔獣と化したマリーの牙だ。


「がぁ、ごのっ」


 小柄な人影がたまらず倒れ込む。その両手に凶器がないか慎重に確認しながら、男僧とミンシアは捕り抑えにかかろうと回り込む。

 二人に油断はなかった。

 ただ、小柄な人影の動きが予想を上回っただけにすぎない。


「ぐんっ」


 倒れ込んですぐ、じたばたするのを止めた小柄な人影が、意味不明な気合いを発して身体を高速回転させた。

 無我夢中とは言え、あまりに強引すぎる脱出法だ。下手すればふくらはぎの肉を自ら引き千切ってしまう。

 だからあるいは、その気合いこそ異能アビリティの発動であったのかもしれない。

 噛みつかれた足にもお構いなしに、ほんのわずか、身体を宙に浮かせての高速回転が上半身から始まり、腰、足先へとその回転力を収斂させてゆく。そうして生み出された力が、マリーの筋力を上回れば。


「う゛ぁふ?!」 


 小柄な人影もろともにマリーがきれいに宙返りして横倒しになり、その衝撃で噛んでいた足を放してしまう。

 その後の小柄な人影の動きは素早かった。

 両足を引っ込めると同時に片手を使って身体を持ち上げ、一発で“屈んだ態勢”に持っていく。

 次の瞬間には、脱兎のごとく表通りへと駆けだしていた。

 マリーが口を開けたとはいえ、ふくらはぎが大きく裂ける負傷をしたことに変わりはない。なのに、やはり身体強化の異能を使った効能か、小柄な人影の足取りにもたつきはない。


「あ、くそっ」

「待て――」


 一瞬の出来事にさすがの男僧も反応が遅れ、ミンシアだけは『隠者シャドウ・フット』の面目躍如というべきか、咄嗟に投げ短剣スローイング・ダガーを小柄な人影の背に放っていた。

 確かにその背に命中はした。

 だが、革鎧を着込んでいたために、傷は浅かったのだろう。一瞬、上半身をブラしただけで小柄な人影は表通りの人混みに紛れてしまう。


「逃げられた……まあ、いいか」


 通路の出口付近に転がっていた投げ短剣スローイング・ダガーを拾い上げながら、ミンシアがほっと胸を撫で下ろす。それを羨むのは駆け足で追いかけてきた弓士少女だ。


「……良くない。私は矢を持って行かれた」

「いや二人とも、問題はそこじゃないだろ」


 呆れ声で指摘するのは男僧だ。

 探索者として、レベル2『二羽』へと成長した彼らだが、いまだに消耗品と宿代を除けば、装備品に費やす金が心許ないのが現実であった。

 だから一度使った武器の再利用も積極的に行わなければならない切実な事情もある。あるにはあるが、というやつだ。


「せめて取り逃がしたことを真っ先に悔しがろう」「そうはいっても投げ短剣スローイング・ダガー一本で銀貨2枚だぞ?」


 ミンシアが真剣に反論すれば「“悔しさ”で腹は満たせない」と弓士少女も生真面目な声で援護射撃をしてくれる。

 男僧は勝手にしてと肩をすくめて諦めたようだ。


「それにしても、手強い相手だったな。……あれ、さっき木陰で涼んでた婆さんだったよな?」

「なんだ、気付いてたのか」


 ミンシアもその通りだとして否定はしない。


「実際には婆さんじゃなく誰かの変装だろうけど」「変装? 『陰技シャドウ・スキル』のひとつか」


 得心する男僧にミンシアはその正体について私見を述べる。


「おそらく『裏街』の人間だ。はじめからあたし達狙いじゃなく、『花園』を見張っていたところに、胡散臭いエサが現れ興味を持った――そんなところだろ」

「なら対象は『五翼』か……」

「一緒に泊まってるらしい【見習い】が狙いだった――ていう線はどうだ? 例の“倉庫の一件”で『クレイトン一家』に目を付けられていたよな」


 ミンシアが別の可能性を示せば、男僧も悪くないと食指を伸ばす。


「『花園フラワー・ガーデン』に入るのがまずいから、外で見張ってたというのはあり得る話しだな。まさか復讐のチャンスでも狙っているのか?」「どうだかね。……ま、他の宿泊客という線もないとはいえねーけど」


 ミンシアも自分で言っておきながら、断言できないと困惑させるようなことを平然と告げる。

 実際、『蜜蜂の憩い亭』には個性的な客も多いと聞く。当然ながら某かのトラブルを抱えていても不思議ではない面子であったろう。

 そういえば『真紅』もここを常宿にしていたのじゃなかったか? 様々な可能性が考えられるものの、決め手に欠けるのが現状だ。

 こうした場合にも方針を示すのが班長の役目というもの。


「……まあとりあえず、ここは素直に棚上げして、『蜜蜂の憩い亭』に行ってみるとしよう」

「そうだな。“下手な考え休むに似たり”ってね」「意外と難しいこと知ってんな、ミンシア」

「お前、ちょいちょい余計なこと云うよな?」


 「あたしのことどう見てやがる?」と男僧へ拳を掲げてみせるミンシアに「夫婦ゲンカは犬も食わない」と弓士少女が得意げに云ってみせる。


「取り込み中すまない――」

「「「?!」」」


 ふいに間近からかけられた声に、三人が一斉に振り向けば。

 

「もしかして『五翼』に会いに来たか? 『五翼』最後のひとりトッド殿に。確か連携を組む探索班『一角獣ユニコーン』というのがいると耳にはしたが」


 とその小柄な男は静かに告げて三人を大いに警戒させた。異色の依頼クエストとはいえ、情報が広まるには早すぎるだろうと。

 はっきりと警戒心を露わにする三人とは対照的に小柄な男は無警戒でこう告げた。


「残念な話しだが、トッド殿には会えないぞ――」


         *****


公都『南街区』

 『花園フラワー・ガーデン』――



 腰まである草花の群れを掻き分けるようにして、ミンシア達は『花園フラワー・ガーデン』を進んでいた。

 目指すは樹木の合間に見える建物なのだが、先ほどから近づく気配がないのが不思議でならない。

 「なんかヘン」と弓士少女が呟くのを耳にするまでもなく、パーティ全員が不審を抱くに十分な時間が経っていた。


「なあ、いつになったら着くんだ?」


 ミンシアが先頭の小男に声を掛ければ「さあな」と驚きの答えが返される。


「云ったはずだ――会えないと」

「そりゃ、“宿を替えたから”って話しだろ?」

「それもある」


 小男は悪びれもせず、もうひとつの理由を披露する。


「招かれない者が宿に辿り着けない、というのも理由のひとつ」

「なんだ、それ?!」

「“妖精の気紛れ”だ。移り気な妖精は、その時々の気分で勝手に招き勝手に弾く。楽園に踏み入った者の大半が、花々に惑わされ、疲れ果てるまで彷徨うハメになるのはそのためだ。

 運よく辿り着くこともあるにはあるが、そうでなければ――この中で誰か、妖精に気に入られた奴がいるか?」

「いるわけねーだろ、初めて来たんだぞ?」

「いいえ、私たちならば大丈夫」


 声を荒げるミンシアとは対照的に、無意味に自信をのぞかせるのは弓士少女だ。


「美少女は妖精のお友達」


 それを根拠と言い切る弓士少女に「そういうことなら」と男僧までが感化されてしまう。


「純真を護るオレも妖精の味方――気に入られて当然だな」

「おいおい」


 勝手な思い込みだけで、ちゃっかり友達宣言する二人に「強気で云えばいいってもんじゃないだろ」とミンシアはただ呆れるばかり。

 当然、二人のお馬鹿な発言を小男がまともに受け付けるはずもない。


「悪いが勘違いだ」

「「む」」

「さっきから一歩も宿に近づいてる気配がない。俺たち全員が妖精に嫌われているか、良くて無視されているのは間違いない」

「「!」」


 はっきりそう断言されてショックを受けるのは弓士少女と男僧の二人。ミンシア自身は「盗人だからなあ」と思い当たる節がある。

 実際に罪を働いていなくとも、学ぶ“陰八手”のスキルは“盗人の技”がベースであることは間違いないと。


「それじゃ私たち……」


 自信が砕けた弓士少女が陰気に不安を口にするのへ「もちろん脱出法はある」と小男はしっかりフォローしてくれる。それも馬鹿馬鹿しいほど簡単な方法があるのだと。


「素直に引き返せばいいだけだ」

「は? それだけ?」


 信じられないとミンシアが小柄な男の背を睨めば、「そうだ」と相変わらず平坦な声で返される。


「オレ達がムキになるほどに、“妖精の気紛れ”は強くなる。逆にオレ達が興味をなくせば、相手もオレ達を放置する。他に妖精の悪口を云う手もあるが、しっぺ返しを考えればお薦めはできない」

「嫌われるのはゼッタイ・イヤ」


 別案をはねつけるのは弓士少女だ。「今は私の美少女ぶりに妖精さんが戸惑っているだけ」などと思わず小男を片眉上げて振り向かせる。

 その“美少女うんぬん”は抜きにして、今後のことも考えれば、妖精に嫌われる案は実行すべきではないだろう。

 そう考えたミンシアが弓士少女に一票を投じる前に、班長である男僧が大きく両手を挙げていた。


「なら、やめにしよう」


 実にあっけらかんと。

 立ち止まり、現行任務の放り出し宣言(?)を高らかに告げた。

 当然、諸手を挙げて同意したいミンシアが弓士少女の様子を窺えば、フードの奥で小さな唇をへの字に結んでいるのが見て取れた。不満はあるけど異論は無いということだ。

 確かに沸き上がるこの徒労感に、やり場のない怒りを感じはする。

 「んったく……」と頭をガシガシ掻くミンシアが、半ば八つ当たりと承知で小男に愚痴をぶつけるのは目をつぶってほしい。


「オタクもなんだって、こんな不毛な行為に付き合ってんだ?」

「こっちの都合だ。探索者とは顔馴染みになっておきたくてな」


 だからできる範囲で望みを叶えようとしてくれたらしい。辿り着けるか否かは別にして、案内だけはやってやろうと。

 「オレなりの誠意だ」と感情のこもらぬ声で“セイイ”を口にする小男にミンシアは呆れた顔で腕を組む。


「それって“律儀”というんかね……」

「“バカ正直”、“キマジメ”も捨てがたい」


 弓士少女がまったく言葉を取り繕わずにぽんぽん単語を上げる中、ひとり違う受け止め方をするのは顎に人差し指と親指を添え、眉間に深い皺を寄せる男僧だ。


「……そこまでオレ達に価値を見出したと?」

「ホンキで云ってねーよな?」


 幼馴染みを睨み付けるミンシアは小男が自分と同じ職種のものと見抜いている。当然裏があるに決まっているとも。


「声を掛けてきたタイミングからして、あたし達のやりとりを観戦していたのは確かだ。つまり、こいつも『花園フラワー・ガーデン』を見張っていたことになる」

「あの婆さんと目的が同じ……?」


 何かに気付いた弓士少女に「正解だ」と応じる代わりにミンシアは小男を促した。


「オタクは誰を見張ってた? “セイイ”を見せてくれるんだよな?」

「無論、隠すつもりはない。オレはトッド殿や“期待の新人”と噂の探索者に会いたかっただけだ。彼らと懇意になりたくてな」

「ははン……だから協力関係の依頼クエストを受けたあたしらに別のとっかかり・・・・・・・を見出したってわけだ」


 ミンシアの解説に小男は否定しないことで正解と告げる。


「“ついで”となったが、お前達に興味があるのは嘘じゃない」

「それはいいが、なんでそんなに探索者と繋ぎたがる? 依頼なら『協会ギルド』を通せばいいだけだ」

「そうじゃないんだろ」


 男僧の疑念を勝手に完結させるのはミンシアだ。


「トーゼン、“指名依頼”でもないんだろうから、考えられるのは直接スカウトだな」

金払い・・・は期待していい」


 我が意を得たりと小男が即座に強力なカードを切ってくる。

 “夢やロマン”もいいが、探索者として経験を積むほどに、“金や名誉”が何よりも重要度を増してくる。それが現実というもの。

 小男はその辺の事情をよく調べているのだろう。

 当然、日々の生活費に探索に欠かせない消耗品の確保、そしてあれもこれも欲しがる度合いが最高潮に達している財政難のパーティ全員が、某かの反応を示したことも小男ならば見逃さなかったに違いない。


「金があっても妖精さんには好かれない」


 誰よりも激しく動揺を見せた弓士少女が誤魔化すように指摘すれば、「金があれば、好かれるまで粘ることも可能だ」と小男に淀みなく反論され、撃沈する。

 すかさず敵討ちだと挑むのはミンシアだ。

 真っ向勝負では分が悪いと判断し、サッと片手を振るいつつ、なぜか自身の葛藤・・・・・をさらけだす。


「金があっても足は洗えない・・・・・・っ」

「存分に続ければいい。実入りが倍になるだけだ」

「ふお?!」


 そのまま天を仰ぎ「投げ短剣スローイング・ダガーが金や銀に……」と皮算用をはじめる幼馴染みを憐れみつつ、最後に挑むのはもちろん班長の男僧だ。

 胸に提げた『聖印セイント・メダル』を握りしめ、もはや当然のように自身の欲望・・・・・をさらけだす。


「金があっても望む女性と親しくなれないっ」

「?」


 なに云っちゃってんの、が小男の胸中だったろうが男僧は別に解釈したらしい。もどかしげに顔を歪め、両手を大きく振るって懸命に“8の字”を描き、切実に訴える。


こういう豊かな女性・・・・・・・・・と親しくなるには、どーしたらいいですか?!」

「「相談じゃねーか、ボケ!!」」


 眉間に青筋立てたミンシアの天誅が、男僧のドタマにぶち込まれ、矢が革鎧に突き刺さる。びりびり震える矢羽根の余韻に、射手の怒りが見て取れた。


「おわ、心臓に」


 命中場所が本気すぎると青ざめる実兄に「……貫けなかった」と弓士少女が舌打ちした。そのまま勝手に盛り上がる三人を小男は冷静な眼差しでしばし見守る。


「……このパーティはやめた方がいいな」


 そう判断するのに時間はかからなかったが。

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