第73話 練なる太刀筋

『岩窟の根城』その最奥

 根城のボスと小鬼チーム――

 


 新たな侵入者の登場に、洞穴の主たるボスの関心が明らかに切り替わっていた。

 全身黒づくめの出で立ちに奇怪な仮面、歪な脚関節までを目にすれば、ただの人種でないことは明白だ。しかも、唸り声にも聞こえる言葉はカタコトで、まるで異なる発声器官から無理にひねり出した印象が拭えないともなれば――『怪物』ならば固有種ユニーク、蛮族ならば『未知の種族スピーシーズ』ということになる。

 少なくとも、一級戦士のエデストを倒してのける時点で、その武力は脅威以外のなにものでもなく、にもかかわらず、引き締めるべきボスの口元がわずかにゆるめられる。

 小憎らしいのは、警戒心よりも好奇心を強く疼かせているらしい瞳の輝きだ。


「これは話が通じる・・・・・のを驚けばいいのか? それとも、噂すら耳にしない“仮面の異形おまえたち”との対面に驚いてみせればいいのか?」

「ドレモチガウ。オマエガスルハ、コワガリ、ニゲルコト」

「へえ――」


 ゆるめた口元はそのままに、明らかにその雰囲気を危険な方へ・・・・・変質させて。


「大した自信だが、俺も自分の強さにはかなりの自信がある。――逃げろと云わず、つきあえよ」


 そう誘いをかけて、剣先を新たな侵入者へ向けるボスにグルカが舌打ちした。

 己を地面に縫い止める石槍を見下ろし、再び敵のボスへ顔を向ける。つい今し方まで、向けられていた剣先がもはや自分を一顧だにしていない事実に、彼が何を感じているかは荒げた声に込められていた。


「(ちっ。譲ってやってもいいが……苦戦なんてするんじゃねえぞっ)」

「(簡単に言うな。ボスなだけあって、なかなかの・・・・・ものだ)」

「(だからだろ・・・・・)」


 自分で“譲る”と言い出しながら、互角であっては困るとの要求には、強い悔しさが滲み出る。

 だから――俺を納得させろと。

 視線をまっすぐ敵のボスへ向けたまま、語気強く絞り出すグルカの声に、付き合いの長い同朋はその心中を察したのだろう。


「(――わかった)」


 リーダー格の短くも真摯な返事にグルカは満足して剣鉈を納めた。それは明快な“戦線離脱”の意思表示でもあり、同時に本作戦が、集団戦から代表戦の最終局面に移ったことの表れでもあった。

 その様子から、例え彼らの言葉や事情を知らなくとも敵ボスには大体のところが察せられたらしい。


「ハッ、期待する相手・・・・・・が間違ってるだろ? とっとと屈して、無難にやり過ごすくらいの智恵も回らんのか。……まあいい。仲間が俺にひざまずくのを見れば、さすがに理解できるだろう」

「ムチャヲイウ――」


 そう呆れ返るのは新手の仮面。

 人差し指を突きつけ、その次に自分を親指で差すことで端的にその理由を告げる。


「オマエハ、オレニ――オヨバナイ」


 ボスが笑った。愉しい冗談を耳にしたように。

 『北魔』という蛮族の幹部を相手にしたときも、同様の台詞を聞かされたためだが、グルカやグドゥが知るはずもない。もちろん、「実に屈服させがいがある――」と興が乗ったらしいボスが、まるで当時をなぞるように同じ台詞で応じていることさえも。


「俺は『俗物軍団グレムリン』の『一級戦士』クノールだ。――お前の名は?」

「グドゥ。マキョウカラ、キタ」

「何――?」


 何者であるにせよ、人種が棲みつく場所ではない――その“魔境”という言葉を耳にして、ボスであるクノールが訝しんだのも束の間。その真偽は戦えば分かると思い直したのだろう。


「なら“魔境のグドゥ”。それが張ったりでないことを、俺に示して見せろ――」


 傲然と言い放ち、強きの口調と裏腹にクノールが剣をゆるりと脇に下ろした。

 併せるようにグドゥもまた、その背より剣鉈を抜き放ち脇に下ろす。


「――――」

「(――)」


 “下段の構え”というよりはただの自然体。

 奇しくも同じ“無構え”で、二人は離れた位置で対峙する。



 互いの距離は十メートル――。



 刃は遠く届かず、まだまだ間合いの外も外。

 にもかかわらず、そこにあるはずの距離を無きも・・・のとして・・・・、二人は互いの隙を探り合う。

 “剣速”に“踏み込む速さ”など、いずれもそれほど差がないものと対峙してすぐに察したためだ。

 よもやの実力伯仲――それは二人にとっても想定外であったに違いない。


 安易に踏み込めず、軽々しく手も出せない――。

 

 互いに初顔合わせでありながら、まだ見ぬ相手の実力に嫌が応にも慎重にならざるを得ないのだ。

 そうなれば。

 そこで思わぬ存在感を示すのは、エデストの術策にハマり、身動きの取れない負傷のグルカだ。

 なぜなら“不動の攻撃者”としてグドゥと協調するだけでなく、逆にクノールの人質として足枷となる可能性もあるからだ。

 つまりは戦いの舞台にぽつりと置かれた、敵か味方かも判断つかぬ厄介な支障物オブジェクトというわけだ。

 それを先に気付いたのはどちらであったのか。


「(――俺は任せたつもり・・・・・・だったんだが、な)」


 グルカが声に焦りを滲ませるのは、自分に向かっ・・・・・・二人が距離を縮めてきたのを目にしたからだ。

 このまま自分を間に挟んで殺刃剣を振り回すつもりかと、さすがのグルカも気が気であるまい。だからといって――


「(……痛っ、なんて面倒なマネを)」


 反射的に逃げようとした不用意な動きで足に激痛が走り、グルカが思わず顔を上げてフルフルと身を強張らせる。

 忌々しい石槍に毒づき、エデストに悪態をついてる間に二人の距離が限界まで詰められた。


 左手にグドゥ。

 右手にクノール。


 別に敵方のクノールだけ警戒すればいいはずを、二人の鋭利な殺気に挟まれて、本能的にグルカの首が右に左に振り回される。


「(おいおい、冗談じゃねえぞ――)」


 マジで、ここで殺り合う気だ。

 二人とも自分を見ていないのに、交わし合う殺気が身を貫いて、全身の体毛が総立ちになっている。

 全裸で捕食者の前に転がされているような無防備感――そんなたまらない感覚にグルカの緊張は即座に限界まで達してしまう。


「――――」

「(――)」

「(――えぇい、さっさとしろいっ)」


 その時、焦れたグルカの叫びが合図となったかは分からない。

 叫びが収まる前に、二人がさらに間を詰めた!

 先手を取ったのはグドゥの剣鉈。


「(――ぅおっ)」

 ――――!!


 手加減抜きの斬撃が首を刈り取る軌道で放たれ、グルカは全力で回避。最短距離で向かってくる刃にクノールが目を見開き、同時に切れるような笑みを浮かべて迎撃――弾くように反らした。


 刃が打ち合う音と一瞬の間。


 その余韻が宙に残っている間に、次撃を入れようとしたグドゥが驚きの呻き声を上げた。先手の自分より早く、クノールの次撃が迫っていたからだ。続いて鉄同士が噛み合い擦れる嫌な音。


「(とはっ――)」

 ――ッギィ


 防いだのはグルカ。

 彼越しの・・・・胴抜きを狙って突き出されたクノールの剣先を、辛うじて反らし凌ぎきる。

 受け損なえば深傷を負う無慈悲な一撃。

 “駒”として欲しがりながら、勝利のためなら平然と切り捨てる行為は、この男ならば当然の選択か。

 ならば味方越しに・・・・・本気で攻撃したグドゥの方がタチが悪いと言えまいか。少なくとも、グルカにとってはそうであったろう。


「(おい、てめ何の――)」

    ドガッ

「(ぐおっ……)」


 皆まで云わせず、グドゥの蹴りが足下の石槍を根元付近から断ち切るように壊してのけ、その衝撃で激痛に襲われグルカの抗議が苦鳴に変わる。

 言葉もなく身体を強張らせるしかできぬ苦痛とはどれほどのものなのか。

 だが、彼が自由になったのは確かだ。

 ただし、その苦痛が落ち着き解放感に胸を撫で下ろすまでの時間をクノールが与えるはずもなかったが。



 ――――ィア!!!!



 放たれるは金色の軌跡。

 絶好の機会を逃さず、クノールは二人まとめて葬れる一撃必殺の技を情け容赦なく叩き込んでくる。

 そこにあるのは“死んだらそれまで”という実力重視の『俗物軍団グレムリン』らしいシンプルで苛烈な考え。

 エデストの代わりとするなら、死線のひとつやふたつ、くぐれる者でなければ無用だと。同時に剣技スキルをこれ以上ないタイミングで放った以上、クノールが戦闘終了の手応えを感じ取っていたとしても当然のこと。

 遅れて迎撃に入ったグドゥの動きにも、彼の剣

筋を鈍らせる効果などあるはずもなかった。それが。


「なに?!」


 思わぬ結果がクノールを叫ばせる。

 ありえない。

 なぜなら彼が放ったのは、戦闘士が“決め技”として絶対の信頼を寄せる剣技スキルのひとつ『孤月刃』。

 神のことわりに沿う最も理想的な斬撃なればこそ、蛮族の振るう剣鉈など容易に叩き折るのが道理――それが拮抗して互いに弾かれ合う・・・・・など、彼にしてみれば“引き分け”どころか“負けるも同じ”の受け入れ難い結末。そして、いまだかつて味わったことのない屈辱でもあった。

 その一瞬の動揺に、今度はグドゥが隙を突いて踏み込みざまの一撃を放つ。



 ブンッッッ!!

「――くっ」



 唸り来る斬撃に思わずクノールが一歩下がる。いや、下げさせられた・・・・・・・のか。

 無理もない。

 空振りなのに、空気を振るわせる一撃には、濃密な“何かの力”が込められており、それに加えて大振りな一撃であったことも迫力を感じさせる演出・・であったに違いない。

 そうしたことの意図・・が、悶絶中のグルカを庇う形で立ち塞がるグドゥの位置取りに表れていた。

 はじめから、それが狙いであったのだ。

 だがクノールはそれを声高に嘲ることで、一瞬浮かべた恥辱を塗りつぶす。


「馬鹿が。庇いながら戦えるものか。今のは――」

「(モンダイナイ。ニモツニ、ナラン)」


 クノールが嘲りを凍り付かせ、その内に殺気を膨らませた。格下と見なしていた蛮族に侮辱されたのだ。“駒にする”というプランは、欠片すら残さず頭から消し飛んだに違いない。


「……貴様には、足の裏を舐めさせてやるっ」


 クノールが鋭く半歩踏み込み、怒りのこもる突きを放った。躱せば背後のグルカが――という距離感ではない。

 だが、頭でそうだと分かっていても、仲間への思いが無意識に行動を制限してしまう。

 道義心が心を咎め、躊躇させ、合理的に行動することを阻害してしまうのだ――それを見越した上でのエグい攻め。

 当然、その非道な攻撃にグドゥが窮地に立たされるはずであった。彼が普通の人種であったならば。

 それが魔境で暮らす者ならではの心理か、グドゥは殺気のこもる刺突を躊躇なく平然と避け続け、変化をつけた斜め切りを難なく弾いてみせた。その上で、剣速を一段上げて返しの技を放ってみせる。


「ん?!」

「モット、アゲルゾ?」


 それはいつぞやのグルカが行った戯れ。ゆっくりと剣速を上げてゆき、相手が限界を迎えて自滅するまで付き合う無邪気な悪行。強者の気紛れ。

 だが追い込まれるはずのクノールが剣速に剣速で返して、その流れを大きく一変させてしまう。


「ム?」

「速さが自慢か? なら、好きなだけ付き合ってやる」


 不敵に口元を歪めて、クノールがさらに剣速を上げた。二人の手数が一気に膨れ上がり、冷たい殺刃の閃きが間合い内で乱舞する。



 ギャ

   ギ!

 ギャ

   ギ!


 ギャッッッッ!!



 グドゥが剣速を上げればクノールが。

 クノールが剣速を上げればグドゥが。

 じわじわと際限なく上がってゆく剣速に、だが、身体能力ステータスで劣るはずのクノールが特殊個体ユニークの小鬼と互角に渡り合う。


「どうだ?! これが本物の・・・『一級戦士』の力だっ」


 高揚した声でクノールが誇る。まるで無尽蔵に力が湧き上がってくるような底知れぬ声。開きっぱなしの瞳孔がかつてないほどの絶頂を感じていると思わせる。


「どうだ、どうだ、どうだっっ!!」

「――――っ」


 一撃一撃ごとに力強さまで増してゆくように。

 一級戦士に拘るのは、それだけ強い思いがあるからか。そして事実、『俗物軍団グレムリン』における『一級戦士』は特別な存在であった。


 『一級戦士』――

 軍団の規模がさほど大きくないため、肩書きの数は少なく、十人組を率いる班長、百人組を率いる隊長くらいの単純階層になっている。

 それに求められるのは戦術への深い理解と激戦に動じぬ体力と精神力、そして何よりも豊富な戦闘経験であった。

 だからこそ、必然的に年功序列の傾向が強くなってくる。ある程度の年月を経ないと戦闘経験だけは積み上がってこないためだ。こればかりは仕方ないとも言える。

 だが、一級戦士はこれらの肩書きと一線を画す。

 必要なのは絶対的な強さと積み上げた戦果――これに尽きる。求められるものが、審議されるポイントが、絶対的な“個の力”であるためだ。

 いや、あともうひとつ肝心なことがある。

 それは“強さ”に密接に関係することでもある。

 即ち、『昇格アンプリウス』だ。

 最低一度は経験していないと認められない条件が付されており、だからこそ『一級戦士』は文字通りの別格の存在たり得るのだ。

 経験するほどに常人の域を逸脱していく『昇格アンプリウス』こそが、彼らの強さの根底というわけだ。

 

 勢いづくクノールの猛攻に、守勢に回り押し込まれるようなグドゥではない。並外れた身体能力が人種ごときに劣るを許さず、凌駕せよと肉を疼かせる。

 故に二人の剣速は、雨上がりに生まれた虹のごとく、どこまでも伸び上がってゆく。

 逆に言えば、これまで互いに力をセーブしていたことになる。相手の隠しているであろう実力を白日の下に晒さんと、支障物グルカを使って探り合っていたのを取りやめ、力任せに引き出す手法に変えることになったのだと。

 それが両者にとって、“意図せぬ流れ”であったとしても。



 ガッ

   ギ!

 ガッ

   ギ!

     ――――ッキィン!!



 互いに攻防一体で攻めぎ合い、だが武器の重量差が蓄積されて、ついにクノールの剣をグドゥの剣鉈が大きく弾き返した。

 跳ね上がる長剣。

 そこでリズムの狂いが集中力を乱して“流れ”を断ってしまうものを、クノールの戦歴が刃の停滞を良しとせず、次の一手へと気持ちと技を瞬時に切り替えさせる。

 宙に泳いだ剣を素早く手元に戻し、両の手首を柔らかく保ちつつ剣先を軽めに揺らしてみせて。


得物の差・・・・に救われたな」

「ソウカ?」

「違うというなら、これを躱してみろよ――」


 挑発的な態度でクノールが放つはほぼ左右同時挟撃かと見紛う上級難度の剣技スキル『三日月ノ端刃はじん』。



 ヒュ――――ァン!!



 技名のごとく、三日月の両刃を思わせる黄金の剣尖がグドゥの両脇から一気に襲い掛かり、だが、それすらも剣鉈の黒い疾風できれいに迎撃されてしまう。

 従来の剣鉈で一方を、背より抜き放つ新たな剣鉈で残る端刃を――腕を十字に交錯させる形で二陣の風が巻き、小気味よく弾き返した。



 ギキッ――――……ン



 夜空に浮かぶ新月に、刃物を打ち付ければそのような澄んだ音を響かせたであろうか。

 そんな誰もが耳を澄ませてしまう美しき響きに一瞬たりとも惑わされず、クノールが柔らかく手首を返しざまに即座の次撃を討ち放つ。

 上段から描かれる二筋の光刃は、電光石火の『双牙斬』。


 それはあまりに異常な光景だ。


 確かに、単発の技を小刻みに放てる技倆は上級者ならば必須の技倆。だが小刻みどころか時間差タイムラグなしで剣技から剣技へ繋ぐのは『銀翼級』でも到達できぬ至技というべきもの。

 あえて語弊を恐れず云うならば“進んで止まる”は自然の摂理であり、それ故技の終わりには絶体不可避の“硬直”が運命づけられる。

 ならば武術の命題とは、攻撃直後や回避直後の肉体凍結をいかに速く解くのかが命題だと言えまいか。

 それをクノールは『異能アビリティ』である『硬直無効リジッド・フリー』で易々と乗り越え、“達人”と謳われる者達の領域へ踏み込んでみせる。


 あたかも風吹かぬ平らな草原を歩むがごとく。


 無論、肉体への負担がなくなるわけではない以上、実質二連ダブルくらいが限度になるが、それでも剣技スキルが連続する電光石火のコンビネーションを躱せる者などそうはいない。

 少なくとも、純粋な近接戦闘ならば勝率は著しく高くなる。当然ながら、実戦ではいまだに無敗。

 “連なりのクノール”――それが『俗物軍団グレムリン』における彼の異名でもあった。

 だが、上から突き立てられる魔獣の牙がごとき二つの剣閃に、グドゥは一度交差させた腕を逆に振り払う要領で、二本の剣鉈を走らせ再び迎撃する。



 ――ギャリンッ

「むぅ?!」



 今度は弾き返さずに。

 がっちりと挟み込み、そのまま下方へ流れるように剣鉈ごと剣を捻り落とし込んで――されるがまま上半身を無防備とするクノールへ、グドゥはあろうことか剣鉈を手放し、裏拳でもって顔面を強襲する。



「ちぃ――」

 ――ボッ



 空気を抉り抜く拳を信じがたい反射神経でクノールがギリギリ避ける。いや、どちらかといえば予測していたような動きだ。

 決定打ともいえた攻撃を無傷で切り抜け、クノールはそのまま一、二歩下がって間合いを空けた。


「……得物に四肢、使えるものなら何でも武器とする。お前らの戦い方・・・・・・・は、見ているからな」


 それが洞察のネタだというのだろう。それでも積み上げた戦闘経験値が高くなければ、それに見合うだけの身体能力も伴わなければ、今の結果は決して起こりえない。

 その自信がクノールに語らせる。


「一流の戦士は戦い方を学習するものだ。もうお前達の戦い方は――俺には通用しない」

「ソレハチガウ」


 はっきりとした否定。しかしながら一方で、同じく確信する者・・・・・の声でもあった。


「シレバカテル、チガウ。タタカイハ――モット、カコク」


 クノールの言葉でグドゥが惑わされることはない。相手を知ることで戦いが有利になったとしても、それが勝利を保証するものでないことを十分に知るが故に。

 クノールは知らない。

 戦闘経験というならば、大陸屈指の危険地帯“魔境”で生き抜くグドゥを越える人間がいるはずもないことを。例え職業軍人であろうとも、小鬼コボルド特殊個体ユニークであるがために百年以上を“魔境”で生きてきた経験値に到底及ぶはずもないことを。

 何も知らぬからこそ、クノールはあくまで高みから告げるのだ。


「ふん。蛮族が戦いを語るか。まあ、剣技スキルを防いだのは褒めてやってもいい。だが、単発剣技スキルくらい上位者ならば防いで当然。むしろ、その上位者との戦いに、お前の剣・・・・が通じるか否かが問題だ」

「オレノ、ケン?」


 「そうだ」と応じるクノールに侮蔑がこもる。


「見たところ、所詮は敏捷力と反応速度に頼るだけの野性の剣・・・・。もちろん、時に戦いの創造性も垣間見れたがそこまでだ。やはり大事なものが欠けている」

「……」

「教えてやろう。その身でとくと味わうがいい。そしてこの俺との詰められぬ差を思い知り、心の底から俺に跪け」


 一方的に勝手に告げて、クノールは深い呼吸をはじめながら両手で剣を構えた。それだけで威圧感が増したように感じられたのは気のせいか?


「見逃すなよ? “繰り出すすべてが剣技スキル”と謳われる――“連なりの剣”を」

「!」


 聞き覚えのある言い回しに、グドゥが注意を向ける余裕はなかった。

 クノールの圧力がさらに増したためだ。

 言葉にすることで気持ちを乗せて、戦意を高めるのはテクニックのひとつだ。そこに独自の呼吸が加わって、クノールの体内で確かに何かのエネルギーが練り上げられていく。

 それをグドゥは“魔力”のうねり・・・として感じ取る。

 危険なものであると。

 絶対的な魔力量は小さいのに、練り上げられた魔力には怪物達が纏うそれとは明らかに違う強靱さ・・・が備わっていた。


「(……むぅ)」


 背後の小さな呻きはグルカだろう。彼もまた、クノールの強さが一段階アップしたことを感じ取ったに違いない。

 当然、その程度で気圧されるグドゥではなく、むしろ反発する気の高まりを背後から感じて語気強く自制を促す。


「(グルカ、見ていろ――)」

「(?!)」

「(その拳の怪我……またアツくなったな?)」


 思わぬリーダー格の指摘に、広間の隅へじりじりと退散しかけていたグルカがびくりと震える。言い訳しようとして口を開き、すぐに諦めたようにむっつりと閉ざした。

 自覚はあるらしい。

 ならば、伝えたいことが分かるはずだ。


「(いつでも気持ちを冷水のごとく)」

「(!)」

「(芯を強めて、末子はゆるめて――)」


 それは、彼らがあの方達・・・・から教えを受けた業の極意。

 解するに困難で、体現するにはさらなる辛苦が伴うもの。

 それでも発達した知力を酷使して理解に努め、長寿に飽かせて基本動作を繰り返す――彼らは日々、その教えを守り続けたのだ。

 二十年、三十年。それよりずっと……。

 人種ならば老いさらばえる長き刻を費やして。

 だがそれでもなお。


「(我らにとっては道半ば・・・――)」

「(けど、その道を踏み外したことはねえっ)」


 グドゥの言葉にグルカが痛みを越えて応じる。

 そこに込められし思いは、彼らが唯一、理解でき実践してきた極意――業を積み重ねてきた・・・・・・・自負。

 特にグドゥこそは、四人の誰よりも深く極意の理念に通じ、体現できる者なれば。


 見ていろ、とグドゥが云った。

 

 それは自分達が心酔した“練なる太刀筋”がいかほどのものか、見せてやるとの意。

 今ここに、グドゥによる“練り上げた業”とクノールによる“異能が導く神技”がぶつかりあう。

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