最終話:だって、ずっと一緒に生きていくんだから


 ふたりが交際してから数年が経過した。

 高校を卒業後、優雨は久しぶりに友人たちに会うことになった。

 先にレストランに来ていた淡雪に「久しぶり」と声をかける。

 その隣では美織が軽く手を挙げて挨拶する。


「こんにちは、淡雪さん。元気にしてた?」

「えぇ。こうして会うのは卒業以来ね」

「淡雪さんは一流大学の大学生かぁ。お兄ちゃんは元気にしてる?」

「私の傍で支えてくれてるわ。彼に甘えるのがすごく好き」

「ブラコンなのも変わらず、か」


 彼女が苦笑すると淡雪は「好きな人の傍にいるのがいいのよ」と答えた。

 その笑みは昔よりもずっと大人らしくて艶っぽい。


「美織も元気してる?」

「それなりに」

「それは何より。アンタとは何だかんだで連絡取りまくってるけど」

「つまらない相談ばかりやめてくれない?」

「そっちの話も聞いてあげてるじゃない」


 すぐに席に座り、注文をする。

 連絡こそとりあっていたが、3人で集まれる機会はこれまで中々なかった。

 今日は久々に友人たちに会えるいい機会だ。


「確か優雨さんは就職したのよね。お仕事の方はどう?」

「んー、順調だったんだけど、実は来月には退職予定なの」

「え? 仕事の方が合わなかったの?」

「私も聞いてないけど? 職場で何かトラブルでもあったわけ?」

「ううん。そういう理由じゃなくて」


 そっと彼女は自分の左手を撫でながら、


「修斗が就職した会社の転勤で、関西の方に飛ばされちゃうことになったの。それに、私も付いていくことにしたんだ。これも、もらったし」


 そう言う彼女の薬指にはきらめき輝く指輪がつけられてる。

 先日買ってもらったばかりの新しい指輪だ。


「それって、もしかして結婚指輪じゃ?」

「あらあら、優雨さんたちもついに結婚するの?」

「イエス。これをもらうのに二年かかったわ。ふふっ」


 それは修斗からプロポーズされてもらったものだ。

 先日、修斗の転勤を機にふたりは結婚することになった。

 転勤で離ればなれになるくらいならば、仕事をやめてでも彼についていく。

 悩んだ末に優雨が決断したことでもある。


「おめでとー」

「よかったじゃない。おめでとう、優雨さん。これはお祝いしなきゃね」

「ありがとう。こういうタイミングだからさ、まだ式とかはあげないけどねぇ」

「そちらは落ち着いてからする感じ?」

「うん。でも、とりあえずはホッと一安心したわ」


 嬉しそうに彼女は「来年までに籍を入れるつもり」と微笑む。

 修斗と結ばれる未来、優雨にとっては願い続けてきたことだ。

 望んできた相手と家族になれる幸せ。


「で、美織。結婚の先輩として私に何かアドバイスを頂戴?」

「……アドバイスをできることが私にあるとでも?」

「あるじゃない。真っ先に結婚してもうすぐママになるんだし」


 隣の席の美織のお腹に視線を向ける。

 ふっくらと膨らむお腹の中には新しい命が芽生えている。


「妊娠、何か月目だっけ?」

「6ヵ月。すくすくと成長中よ。性別は楽しみにして、まだ聞いてないの」

「いいなぁ。美織は高校卒業してからすぐに結婚しちゃったもんねぇ」

「意外だわ。美織が一途なまま、最初に付き合った子と結婚しちゃうなんて」


 あの頃の彼女からは想像できないことだった。


「それはどういう意味かしら、淡雪?」

「高校時代、あれだけ男子と付き合うことを拒否し続けてたじゃない。それがあっさりとひとりの男の子に攻略されちゃってさ」

「そうそう。恋愛観がこじれにこじれまくった美織がよく恋に落ちたと思う」

「優雨にだけは言われたくないや」

「私は素直になれないだけだもん。アンタとは違います」


 美織は高校2年の冬に一人の男子とめぐりあい、恋をすることになった。

 それをからかうように、淡雪と優雨はにやけた顔で、


「今でも覚えてるわ。毎日のように人前で告白してたあの彼の雄姿を」

「何度フラれても彼の心は折れず。美織を口説きまくってた伝説の人」

「そうね。ある意味、彼の執念はすごかったわ」

「ホント素敵だったわよ。愛を囁かれまくって、照れるのも可愛らしかった」

「その果てに、ついに美織要塞が陥落したのも懐かしい話だもの」

「う、うるさいなぁ。昔の話はいいのよ」


 恋愛する気もなく、男子を弄び続けてきた美織だが、一途な想いには弱かった。

 何度告白を断れられても告白してくる男子に心を傾けることになった。

 そして結婚して、まもなく母にもなる。


「人生って分からないものよ。人の出会い次第なのかな」

「そうかもしれない。アンタの運命の相手と出会えてよかったじゃん」

「……まぁ、頼りなくはあるんだけど。私にとっては運命だと思えたんだ」


 美織はお腹を撫でながらそう呟いた。

 人生を変えるのは人の存在が不可欠なのだ。

 二人が結婚したことで、淡雪の方へと視線が集中する。


「それで、残るは淡雪かぁ。……貴方、結婚できるの?」

「どうでしょうか、今はまだまだ無理じゃないかなぁ?」

「……ぐぬぬ。貴方たち、言いたい放題ですね」

「まずはその魂まで染み付いたブラコンを直しなさいな」

「ひどいなぁ。私もいずれは結婚すると思うのよ」

「ふーん。あ、料理がきたわよ。食べましょ」

「……信じてくれてないのが悲しいわ」


 友人たちのつれない反応に嘆き悲しむ淡雪だった。

 運ばれてきた、テーブルに並ぶランチメニュー。


「美味しそう。食べよ、食べよ」

「いただきます」

「せっかく久々に会えたんだもの。今日は楽しみましょう」

「うん。みんなとの再会に乾杯」


 彼女たちは再会を祝い、グラスで乾杯する。

 懐かしい相手との話に盛り上がる。

 女子たちの友情は変わらずに、続いていく――。

 

 

 

 

 帰りに修斗の家を訪れると、部屋の荷物をまとめていた。

 来月には新しい引っ越し先へ転居だ。

 平日は仕事もあるので休日の時間で少しずつまとめている。


「おー、優雨か。久しぶりのお友達との再会はどうだった?」

「淡雪さんは元気そうだった。美織は妊娠してママの顔をしてたわ」

「ははっ、そうか。美織さんはいいお母さんになりそうだ」

「そうかしら? あの猫かぶりな腹黒姫なのに」

「母性溢れるというか、思いやりのある子だからな」

「……えいっ」


 何かむっとしたので優雨は近場にあったクッションを投げつけた。


「優雨さん、何をするんでしょうか」

「アンタってホントに美織を気に入ってたわよねぇ、と思いまして」

「誤解だ。好きとかそういうんじゃないっての」

「それでもムッとした」

「なんで俺の気持ちを信じないのやら」

「昔はハーレムの様に女の子に囲まれて『我が世の春が来た』と叫んでたじゃん」

「懐かしすぎる話を持ち出すなっ!?」


 以前からの疑惑。

 修斗は美織に対して好意があったのではないか。

 昔から嫌な気持ちになるのだけは変わらない。

 徐々に整理されてきた彼女は部屋を見渡しながら、


「ずいぶんと片付いてきたわね」

「来月には引っ越しだからな。お前の方はどうだ?」

「少しずつ片付けてる。持っていける荷物は限られてるからアロマを整理するのが辛い。でも、二人で暮らしていくにはいい機会だったのかもしれないわね」

「そうだな」


 今はお互いに実家暮らし。

 いくら隣同士に住んでいるとはいえ、恋人になってからは不便も多い。

 いつかは家を出て一緒に暮らしていこうと考えていた矢先の出来事でもあった。


「ほら、これもちゃんと段ボールに入れておきなさい」


 ベッドに座りながら段ボールにエロ本を投げ入れる。


「や、やめなさい」


 女性の艶やかな裸体のページがめくれる。

 すぐさま、元の場所に投げ込んで隠した。


「いやらしー」

「お前、何をしやがる」

「私がいるのに処分しない方が悪い。あれ、また新しい本が増えてる?」

「ほ、放っておいてくださいっ」

「ダメ、見せなさい。これでJKものとか読んでたらドン引きする」

「プライバシーの侵害だぁ……あっ」

「……人妻ものならまだしも、熟女系? ないわぁ」

「全然違うからなぁ!? ちゃんと見ろ。いや、見ないで」


 さらに、ベッドの下を覗こうとする優雨を止める修斗だった。

 巨乳系が好きなのが変わらずで、彼女が悪態をつかれまくった。

 それらの本を再び封印してから、


「ホントにアンタはえっちぃやつだわ」

「こほんっ。話を戻すぞ」

「まだまだ小一時間は説教したい気分よ」

「すみません。話を進ませてください」


 本のことは忘れてほしいと謝罪する。

 改めて修斗は彼女に向き合った。


「すまんな。俺の転勤のせいで優雨には無理ばかりさせた。友達とこうして気軽に会うのはもう少なくなるだろう? 悪かったよ」

「そうね。人減関係を変えなくちゃいけないのは寂しいわ」

「それに、仕事もやめることになっただろ」

「転勤ならしょうがないじゃん。私がアンタから離れるとでも?」

「思わないけどさ。だからこそ俺も覚悟を決めたわけで」


 ふたりの指には共通の指輪がはめられている。

 

「いいのよ。私の居場所はアンタの隣って決まってるもの」

「……優雨。ありがと」


 話を聞かされた時、優雨は仕事をやめてでもついてくると言ってくれた。

 だからこそ、これは修斗の覚悟と誠意でもあった。


「それにしても、新人のアンタがなんで本社に呼ばれたわけ?」

「うちの会社って関西に本店があるんだけどな。前にこっちの東京支社にあっちの部長がきて、一緒に仕事をしたんだけど、なぜか気に入られてしまいまして」

「それで、本社勤務に抜擢されたわけ?」

「まぁ、それ以外にも理由はあるんだけどさ。本社勤務なら良いこともであるだろ」

「しっかり出世してくれたら私は何も言いません。頑張って働きなさい」


 ふいに優雨は「おいで」と修斗を誘う。

 荷物の片づけをやめた彼は彼女の隣に座る。

 すぐさま彼の腕にすり寄ると、


「ねぇ、修斗。これだけは覚えておきなさい」

「何を?」

「私の人生はアンタと一緒にあるもの。離れ離れになんてさせてあげない。アンタが行くところにどこまでも付いていくわ」

「優雨……」


 彼女に甘えられながら修斗はうなずいた。

 離れたくないから好きになった。

 離れたくないから結婚した。

 ふたりは離れ離れになるのをすごく嫌がり、その度に距離を縮めてきた。

 これまでも、これからも、その気持ちだけは変わらない。


「ところで、結婚したらお財布はすべて私が管理するってルールは生きてる?」

「そんな横暴な最初からしてない」

「それが夫婦ってものなのに。お金の管理は大事なのよ?」

「お前の場合は全部を手に入れそうで怖いんだい」


 そう言いつつも、もたれかかる優雨の髪を撫でる。

 愛しい恋人の存在。

 もうすぐ夫婦として関係が変わっていく。


「んー。早く家族も増やさないとねぇ」

「……増やすって言い方はどうかと」

「だって、美織を見て思ったの。私も可愛い赤ちゃんが欲しい」

「もうちょい待ってください」

「生活がもう少し安定したらそっちも頑張らないとね」


 可愛らしく頬を赤らめる優雨を抱きしめた。


「そうだな。お前との子供なら欲しいよ」

「当り前じゃない。だって、ずっと一緒に生きていくんだから」


 自分たちの人生をどう生きていくのか。

 これからは、それを二人で決めていく。


「愛してるわ、修斗。早く私をママにしてよ」

「努力します」

「よろしい……んぅっ」


 そっと唇を重ねて、愛を確かめ合う。


「幸せになりましょ。それが一番なんだもの――」


 これから先も二人の関係を深め合い、共に歩んでいけると信じてる。

 何よりも笑顔の可愛い優雨を幸せにしてやりたい。

 見つめる優雨の瞳に修斗はそう心の中で誓うのだった。


【 THE END 】



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俺の彼女は猫系女子 南条仁 @yamato2199

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