第18話:ダメだわ、この子。ヘタレにゃんこめ


 今日ほど自分の素直じゃない性格を憎んだことはない。

 修斗からの好意を裏切りと決めつけて、身勝手に踏みにじった。

 自分の心の狭さと嫉妬心が憎い。


「私、もうダメかも」


 ショックのあまり、ぐったりとした状態で、日和の布団に潜り込んでいた。

 すすり泣きながら、姉を抱きしめる。


「あのー、ゆーちゃん?」


 心配する姉に声をかけられるも何も答えられず。

 失意の妹を慰める優しい姉は困った顔をしながら、


「どうしたの?」

「……私はホントにダメな子です」


 昔から優雨がこんな風に姉に甘えるのは決まって泣きそうな時だ。

 それは日和が高校生になる前、4年前の春の事。

 元々、彼女たちは別の場所で暮らしていたのだが、日和の高校進学を機に両親が今暮らしているマンションに引っ越しを決めたのだった。

 それに伴って優雨は小学校時代の友人との別れをしなくてはいけなくなった。

 誰一人友人のいない、学区の違う中学への進学をよぎなくされた。

 

『お姉ちゃん、私、中学でやっていけるか分からない』


 その不安から優雨は今のように日和に夜な夜な抱きついてきたのを思い出す。

 強気な性格で誤解されやすいが、優雨はメンタルが非常に弱く人見知りな所がある。

 その反面、心を許した相手にはとことん自分を見せる子でもあるが。


「あの頃と同じか。ゆーちゃん、変わったと思ったんだけどなぁ」


 結局、優雨はすぐに修斗と仲良くなり、友達も増えて不安はなくなった。

 人の出会いが彼女を支えて変えてくれたはずだった。


「変わってなかったのは残念だわ」


 些細なことで落ち込みやすい。

 失意の彼女の頭を撫でながら日和は、


「シュー君と何があったの?」


 こんな風に弱り切った姿を見せるのは彼が原因しかない。

 沈黙し続けてきた彼女はようやく重い口を開く。

 彼の部屋で起きた出来事。

 それは優雨にとっては理不尽なものだった。


「鈍感なアイツがようやく私の気持ちに気づいてくれたって思ったの」

「シュー君、鈍い子だものね?」

「でも、違った。アイツはただ、別の子にそそのかされただけだったのよ」


 なのに、期待してしまった。

 自分たちの関係を変える日がきたのだ、と誤解した。

 修斗に撫でられて嬉しくて、甘えたくて。

 優雨はその身を委ねたのに。

 現実は違い、修斗はただ美織の言葉に踊らされていただけだったのだ。

 人の気持ちにも気づいてくれない。

 嫉妬心が膨らみ、爆発してしまった。

 感情的になった優雨の行動は後悔しかない。


「……だから、アイツのこと、ぶん殴った」

「は?」

「全力で二発も殴った。私、自分が嫌になる」

「い、いやいや、殴られた彼は大丈夫なの? ゆーちゃんのパンチ、結構痛いでしょ」

「顔面だから腫れたかも」

「……今すぐ謝ってきなさい。お姉ちゃんもフォローしきれません」


 これには日和も他に言葉でない。

 優雨の怒りも理解できるが手をあげた方が悪い。

 それなのに、彼女はぷいっと拗ねてふてされる。


「やだ。謝らないから。私、悪いけど悪くない」

「何なの、その態度。子供ですか」

「だって、今回は修斗が全部悪いんだもの」


 あくまでも被害者は優雨だと言い切る。


「素直じゃない子だなぁ。ゆーちゃん、その性格は直しなさい」

「直せるものなら直したい。でも、無理!」

「……もうっ。こんな風に喧嘩して、どーするの?」


 呆れながら日和は抱きついてくる優雨をなだめる。

 まるで駄々をこねるお子様だ。


「シュー君に嫌われちゃうわよ?」

「……それは困る」

「というか、自分を殴った相手を好きになることは多分ない」

「やめて!? 私は今、すごく死にたい気分だから」

「それだけ自己嫌悪してるなら謝ってきたら? 今なら傷も浅いはず」

「私から折れるのだけは嫌だ。今回の件は修斗に責任があるもの」


 気持ちはわかる。

 それでも、日和は彼女に囁くのだ。


「ゆーちゃん。人間の関係って終わる時はあっさりと終わるもの。取り返しのつかなくなる前に、何とかした方がいいに決まってる」

「で、でも……やだ。私からは謝らないから」


 女の子にも意地があるとばかりに、優雨はふてくされた。


「そんなんじゃホントに嫌われるからね?」

「……全部、修斗のせいだもの」

「ゆーちゃんっ」

「やだやだ。もう知りません。寝ます、おやすみ」


 聞きたくないとばかりに、そのまま、姉の隣でふて寝してしまうのだった。

 どうしようもない子である。


「……ダメだわ、この子。ヘタレにゃんこめ」


 もはや、自分の妹の臆病さには呆れるしかない。

 どうしてここまで素直じゃないのか。

 寝てしまった彼女の寝顔を見つめながら、


「自分の気持ちを伝えらない。その苦しみに耐えてきたのに」


 もしも、本当にダメになってしまったら。

 最後の最後でこんな終わり方じゃ恋愛がトラウマになる。


「このままじゃ、この子たちはダメになる。仕方ないなぁ」


 日和は何とかしてやりたいと思い、スマホを取り出すのだった。

 姉として困ってる妹を救ってあげたかった。

 

 

 

 

 翌朝、修斗は自転車置き場に重苦しい空気を背負いながら待っていた。

 昨夜の事である。

 自分の失態にいじけていた日和から電話をもらった。


『私が口を出すのは筋違いかもしれない。でも、ゆーちゃんも反省してるので暴力事件は目をつむってくれないかな? 今回は許してあげて?』

「その件は俺も反省してるのでいいんですが。アイツ、怒ってます?」

『いろんな意味で困惑もしてるみたい。だから、シュー君が折れてくれないかな』


 今回は修斗の方に折れてもらい、優雨に謝罪してもらいたい。

 そう日和は頼み込んだのだった。

 お互いが折れないままですれ違うのは最悪の結果を招く。

 優雨に対しての負い目は修斗もあり、反省していた。

 だからこそ、謝ろうと眠れずに悩んでいたのだが。


「……アイツ、中々来ないな?」


 自転車置き場に来ない優雨を待ち続けていた。

 すると、日和から連絡がきた。

 電話越しで彼女はため息がちに『ごめんね、シュー君』と前置きする。


『ゆーちゃんが逃亡しました。朝早く、お母さんに学校に送ってもらったみたい』

「ま、マジっすか」

『シュー君と顔を合わせたくなかったのね。昨日の今日でしょ?』

「アイツらしいけど。はぁ……」

『うちの妹がヘタレにゃんこでごめんねぇ?』


 逃げ出した優雨は修斗と会うのも躊躇った。

 一言も挨拶もなく、会いたくないという意思表示。

 これは厄介なことになりそうな予感がする。


「アイツを傷つけたのは俺の責任ですから。ここは俺が何とかします」

『ゆーちゃんのことは、シュー君に任せるわ。あの子を見捨てないであげて?』

「ういっす。日和さんにも面倒をかけてますね」

『別に何でもないことだよ。私の願いは二人が仲良くして欲しいだけだもの』


 そんな日和は修斗を励ますように、


『だからね、シュー君もちゃんと自分の気持ちに素直になって?』

「素直に」

『あの子の気持ちを分かってあげて欲しいの。それにはキミも素直にならなきゃダメよ』


 その言葉が彼の胸にも、つきささるのだった。

 

 

 

 

 ひとり登校した修斗を待っていたのは、


「おいおい、修斗。お前、その顔はどうしたんだよ?」

「ガチバトルか? 不良と戦ってきたのか」

「ちげぇよ」

「ならば、一方的にやれた方か。情けねぇ」

「それも違う!」


 優雨の渾身のストレートを浴びて、薄紫色に腫らした頬。

 翌日も痛みが引かず、見事に跡が残ってしまっていた。

 友人たちに声をかけられて、情けない姿に修斗は「見ないでくれ」と嘆く。


「伊瀬さんもすごく機嫌が悪いようだが?」

「なんだよ、お前ら。昨日、あれだけいちゃついてたのに、もう夫婦喧嘩か」

「放っておいてください」


 そう答えることしかできない。

 遠目に優雨に視線を向けるも、あからさまに不貞腐れている。

 話しかける余地すらなかった。


「……俺が悪いんだけどな」


 今回のこと、謝罪したいのだが、それもできそうにない。

 しばらく時間を置くしかないと彼はひとまず諦める。

 無理しても優雨は決して修斗の言葉を聞かないだろう。


「あー、修斗クン? その顔はどうしたの?」


 痛々しい姿にびっくりした様子の美織が声をかける。

 

「昨夜、いろいろとありまして」

「伊瀬さんを襲って返り討ちにあったそうだ」

「違うわ!? アイツと喧嘩しただけ……ハッ」


 つい口から出てしま言葉に「何でもないっす」と否定するも、


「優雨さんと喧嘩?」

「それで凹殴られるとか情けなくね?」

「うるせっ。だから放っておいてと言ってます」


 喧嘩するまでは、甘ったるくてよかったのに。

 どうして、あの時、あんな言葉を口走ってしまったのか。

 自分の行動の責任が重くのしかかる。


「……そっか。修斗クン、可哀想」

「へ?」

「暴力的な彼女に耐えてるのね。慰めてあげよっか」


 美織はふいに修斗を抱きしめた。

 思いもよらぬ行動にクラスメイトがざわつく。


「み、美織さん?」

「修斗クンは優しい子なのに。想いを無下にするなんてひどいじゃない」


 乙女の抱擁にドキドキとさせられてしまう。

 それは優雨に対しての宣戦布告か。

 この美織の行動がクラスを波乱に導くことになる――。

 

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