第20話:先輩のために頑張ってみた
ふたりが付き合い始めて、最初のデートだ。
騒がしい所が苦手な綺羅にとって、自分に合わせてくれる弘樹は有難い。
公園内を案内する綺羅は懐かしそうに、
「子供の頃はここによく遊びに来てたの」
彼女はそう言って池沿いの遊歩道を弘樹と手を繋ぎながら歩く。
「私は騒がしい場所が苦手だったから、よくひとりでここに来てた」
「ひとりかよ。一緒に遊ぶ友達とかいなかったのか?」
「……人生で数える程度の友達しかいない私に遊び仲間がいるとでも?」
「真顔で、はっきりと堂々と言う事ではないな」
ここでひとりで遊ぶか、図書館で本を読むか。
ほとんど二択の寂しい子供時代を過ごしていたと白状する。
友人を作らない綺羅らしい時間の潰し方であった。
「最近も良く来るのか?」
「ううん。中学に入ったくらいからあまりこなくなった。部活もしてたし」
「へー。初耳だ、何の部活をしてたんだ?」
「帰宅部」
「恋人に意地悪してもいいですか、いいよね?」
弘樹は思わず綺羅の頬に手をかけながら、
「きーらー」
頬を軽く引っ張られると彼女は「やめて」とその手を離させる。
「……冗談よ。今は帰宅部だけど、中学の時はホントに部活してたの」
「何部だ? 運動系じゃなさそうだが」
「文科系の園芸部。学校で花を育てていた。こっちに来ることも少なくなってた」
「園芸部だったんだ。高校ではしなかったのか?」
現在、通っている高校にも当然、園芸部はあった。
そこに入らなかったのは、単純な理由である。
「高校の園芸部は人が多いからやめたの。花は見てるだけでいいから」
「ホントにお前って人見知りだよな」
「放っておいて。下手に人間と関わるのは苦手」
「……その性格を何とかしなさい」
ますます綺羅の未来が心配になる弘樹である。
自ら孤独を選ぶ生き方は推奨できるものでもない。
――昔、何かしら嫌な目にあわされたんだろうな。
きっと、その手の類の過去があるのだと思う。
人が人を嫌いになるのにはきっとそれなりの理由があるのだろう。
「この先にね、小さいけどもフラワーガーデンがあるの」
「植物園みたいなもの?」
「そこまで大したものじゃないけど、季節の花とか植えてる花壇があるの。テニス場の隣にあるんだ。そこが好きで、よく行ってた」
綺羅について行くと、たくさんの花が植えられている花壇が見えてくる。
手入れのされている花壇は弘樹達以外にも数組カップルが花を眺めていた。
「綺羅って花が好きって言ってたな。どういう花が好きなんだ?」
「この時期だとサイネリアとかカーネーションとか」
「あぁ、カーネーションはさすがに知ってる。もうすぐ母の日だからな」
弘樹の両親の花屋もこの時期はカーネーションをよく扱ってる。
そして、その時期は忙しいので姉とそろって手伝いさせられるのである。
「サイネリアは……あった、あの花だよ。可愛いでしょう」
綺羅が指をさした先には彩り豊かな花が咲いていた。
細長い花びらがいくつもついた可愛らしい花だ。
「サイネリアって菊に似てるな」
「キク科だからね。でも、本当の名前はシネラリア。日本語だと、死を連想させるからサイネリアって呼ばれる事が多いの」
「死ね、か。確かに縁起の悪い名前だな」
「シネラリアはラテン語で灰って意味の言葉から来てるんだって」
「外国語が起源だと日本語になったら、ややこしくなる言葉って結構あるよな」
「ヒロ先輩もHEROだと、ただのエッチな変態に」
「それは綺羅が嫌がらせで呼んでるだけだ。お願いやからヒーローって呼ぶなぁ」
言葉の印象によって花の印象も変わるもの。
可愛らしい花にはそれに似合う名前を付けてあげてもらいたい。
「先輩の家にもお花がたくさんあるよね」
「まぁな。親の仕事柄ってだけで俺はあんまり興味ない」
「もったいない。ペラルゴニウムやネメシア、ダイアンサスも咲いていたのに」
「そ、それは魔法の呪文か何かですか?」
聞き慣れない横文字にそう呟くと、綺羅から呆れた顔をされてしまった。
まるでダンジョンのボスのような名前である。
「お花屋さんの息子のくせに。もうちょっと花に興味を持てば?」
「こちらを睨みつけないでくれ」
「はぁ。ヒロ先輩じゃ仕方ないか」
「がっかりして納得しないでくれ。そうだな。俺でも知ってる花と言えば……」
周囲を見渡してみると、見慣れたオレンジ色の花が目についた。
小さな花びらがたくさんついたその花は近所でもよく見かけるものだ。
「おっ、この花とかよく見るよな」
「それはナガミヒナゲシ」
「ヒナゲシ?」
「そう。花は綺麗だけど雑草のひとつ。種が風で飛んできたんでしょ」
「……なんだ、雑草だったのか」
言われてみれば、どこかの家の塀の隙間に生えてたりしたのを思い出した。
「まるで、先輩みたいね」
「待てい。誰が雑草だ、全然褒めてないよな?」
「雑草という名の花はこの世にはない。世間の人々が名前を知らないだけ」
「……俺の印象が他人から薄いという意味ですか」
「いいえ。雑草のように踏みつけられても誰にも見向きもしないだけ」
さらにひどい事を言う恋人である。
「どうせ、俺なんて……」
「ごめん、冗談。怒った?」
「怒りはしないけどさ。確かに俺は綺羅みたいな可愛い花ではないけどね」
「……ふふっ。先輩に似合わない台詞」
そうは言っても、どこかご機嫌の様子の綺羅である。
彼女は別の方の花壇を指さすと同じように見えるが色の違う花が咲いている。
「あっちの方が本物のヒナゲシ。あちらは雑草じゃなくて花扱いなの。ポピーとか、コクリコって名前で呼ばれてる。花言葉は恋の予感。素敵な花よ」
「似てるようで違うのか。それにしても物知りだ。綺羅は花が好きなんだな」
「大好き。花は人みたいにうるさくないし、見ているだけで癒されるから好き」
「世の中に喋る花があったら面白そうだ」
「それなら私は容赦なく花を切る。うるさいのはホントに嫌い」
「やめてあげてください」
いつもと違って花の事になると饒舌だ。
花を眺めながらふたりの時間を過ごす。
綺羅としばらくの間、フラワーガーデンを満喫した。
「……また先輩の家に行ってもいい? ここにはない花の種類が多いから」
「おぅ。いつでも歓迎だぞ」
「先輩の部屋にはもう行きたくないけど。アレとかコレとか」
「その件はもう忘れて下さい」
その手の類の本の方は厳重に綺羅の見えない所にすべて移動しました。
「あれから新しい本は入荷してないんだ、勘弁してくれ」
「次に見つけたらお仕置き。先輩の性癖を周囲にバラす」
「綺羅にできるものならやってみな。他人に話しかけることができるかな?」
「くっ。現実的に無理だったわ。性癖をネットに書き込むことしかできない」
「それはマジでやめて!?」
「巨乳大好きなHERO先輩。大きな胸の子が大好きなのね」
「だから誤解やで」
「部屋のタンスの中には女性ものの下着がびっしりと……変態さんめ」
「捏造記事じゃん。その拡散はダメっす。俺の将来が潰れます」
その後は綺羅の手作りのお弁当を食べることになった。
期待のランチタイムだ。
弘樹に預けていたバッグの中には美味しそうなお弁当が入っていた。
「おー、ちゃんとしたお弁当だ。……いつものサンドイッチとは違う」
「先輩には私がちゃんと料理ができる所を見せたいから」
「頑張ってくれたわけだな。いただきます」
姉以外の女の子の手作りのお弁当なんて人生で初めてだ。
弘樹はまず、だし巻き卵を食べてみるがこれが美味しい。
「……これって綺羅がひとりで作ったのか?」
「うん。作ってる途中で隣で姉が冷やかしてきてウザかったけども」
「そっか。本当に料理ができるんだな。美味しいよ」
「……よかった」
ホッとした表情の綺羅。
本当にどの料理も美味しくて弘樹としては大満足である。
「こっちはなんだ? 野菜を肉で巻いてる?」
「肉のキュウリ巻き。意外と相性がいいの。食べてみて」
「……なるほどなぁ。これは触感もよくてお気に入りだ。何でも上手に作るな」
「えへへ。先輩のために頑張ってみた」
その一言にグッとくる。
「そういや、お姉ちゃんが帰ってきてるんだって?」
「まぁね。うるさい姉が家にいる。GWに帰って来なくてもいいのに」
「そこまで言わなくても。姉妹仲がよくないって話は聞いてる。明るい人だって話だから物静かな綺羅とは相性が良くないのかもね」
「というか、単純にうるさいだけなんだもの。夢でも会いたくない」
「でも、綺羅の姉だからきっと美人なんだろなぁ。どんな女性なんだろう」
ふっと綺羅の表情が曇りがちになる。
「やっぱり、綺羅に似て綺麗な人だったりするんだろ?」
「昔はモテたらしいよ。青春が枯れるまでは人気だったみたい」
「なにそれ。まぁ、一度くらい会ってみたいな」
年上美人に弱い弘樹とすれば気になる。
だが、そんな弘樹に綺羅の逆襲。
「ヒロ先輩っ」
いきなり弘樹の頬をむにっと引っ張りながら、
「……お姉ちゃんの事が気になるの?」
「へ? い、いや、そういうわけでは……」
「私の姉になびいたら、絶対に許さない。絶対に許さない」
大事なことだから2回も睨まれながら言われました。
威嚇する猫のような視線を向けられて弘樹は「りょ、了解」と小さく頷いた。
「あんな変な姉に会わせたらろくなことがない」
「そこまで言うか」
「あと先輩は巨乳美女好きだから余計にダメ」
「その偏見はやめようぜ」
再び食事を続けながら、弘樹は思う。
――びっくりした。お姉ちゃんの話題でこんな綺羅の顔を見ることになるなんて。
姉の話題が出た時から彼女の機嫌がよろしくない。
それはただの嫌いとは違う、別の意味ではないか。
――嫉妬とかしてくれたりしてるのかね? 取られたくないとか。
そうだとしたら心配は無用なのに。
弘樹には綺羅しか見えてない。
「姉の話はもういい。味付けの方はどう? 男の子が好きそうな濃い目にしたの」
「そこはばっちりだぜ。俺好みだよ。薄いよりも濃い方が好きだ」
「よかった。男の子の好みが分からなくて、ママに相談してみた」
「お兄ちゃんはこういう系が好きだったんだ」
「多分ね。微妙に私たちと味付けが違ってたみたい」
この手作りのコロッケも美味しくて、味もかなり弘樹が好きなやつだ。
綺羅が料理上手なのが良く分かった。
「いろいろと考えてくれてるんだな。ありがとう」
「うん。……だって、先輩のために作りたかったんだもの」
弘樹が褒めて頭を撫でると彼女はくすぐったそうにされるがままにされる。
「……んっ」
どうやら綺羅は撫でられるのが好きらしい。
――やべぇ、アレキサンダーみたいな反応を見せてくれるじゃないか。
リアル子猫と同じ仕草をされてちょっと萌えた。
食後はのんびりとしながら公園内での時間を楽しんでいた。
お昼の3時を過ぎたあたりで天候が曇ってくる。
「本当に曇ってきたな。どうしようか。なぁ、綺羅……?」
彼女は池を泳ぐカルガモの親子を眺めていた。
「ヒナ、可愛い……小さいのにちゃんと泳いでる」
まだ小さなヒナが何羽か親の後ろを元気に泳いでついて回る。
「ふふっ。可愛すぎ」
生まれて間もないヒナはモコモコしたぬいぐるみのようだった。
弘樹が「綺羅」と声をかけるとこちらに振り返る。
「……なに、ヒロ先輩?」
付き合い始めてからキスしたいとか考えるようになって。
思わず、キスしたい衝動に駆られる。
勢いで弘樹は綺羅の身体を引き寄せる。
「あっ」
見つめ合う視線、近付く距離。
甘く香る綺羅の匂い。
緊張しながらも弘樹達の唇が近づいていく。
「……ぁっ……」
あと少しで唇が触れそうになる寸前だった。
「――だ、ダメっ!」
なぜか、綺羅が弘樹の行動を拒絶したのだ。
それは彼らにとって”愛の試練”の始まりだった――。
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